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異世界探偵は神を追う  作者: 瑠衣 美豚
4/20

第4話 硝子の靴は、血で濡れて

瑠衣 美豚です。

次の事件になります。

楽しく読んでいただけますと幸いです。

【ミッシュ視点】


リブルニアでの、あの奇妙な「顔のない事件」から、一週間。

わたしたちは街道沿いの宿の一室に籠もり、次の目的地を探っていた。


目の前には、セオがあの書斎から持ってきた、巨大な世界地図が広げられている。その地図の上には、今も、無数の付箋と赤い線が、びっしりと書き込まれていた。


「……リブルニアは、空振りだった」


セオは、地図の上の「リブルニア」という文字に、黒いバツ印をつけた。

資料の束を繰る指は迷いがない。視線が地図を泳ぎ、ある一点で止まった。


「工業都市グレンフィオル。――失業率が高く、治安も悪い。そして、ここ数ヶ月で若い娘の失踪が相次いでいる」


「事件扱い、されてないんだよね?」


「ああ。貧しい者が消えても、この街じゃ警備隊は動かん」


その目が、獲物を見つけた狩人のように細くなる。


「腐った土壌ほど、歪んだ花が咲く。……行くぞ、ミッシュ」



灰色の空が、街を押し潰すように垂れ込めていた。

煤けたレンガ造りの建物が並び、通りを行く人々の足取りは重い。

グレンフィオル――全体が深くため息をついているような街。


わたしは、この街に足を踏み入れた瞬間、奇妙な違和感を覚えた。うまく、言葉にはできない。でも、この街の空気は、どこかおかしい。人々の魂が発する「匂い」のハーモニーが、不自然に乱れている。まるで、完璧なオーケストラの演奏の中に、一つだけ調律の狂った楽器が混じっているかのような、僅かな、しかし確実な「不協和音」。


(……いる。この街には、何かがいる)


わたしは、確信していた。


警備隊の詰所で応対したのは、疲れ切った目の隊長だった。セオが神殿の身分証を見せ、失踪事件について問うと、彼は渋々、棚から資料を取り出す。


「これまでの失踪者は二人。どちらも夜更けにダンスホールから帰る途中で消えました。そして……現場に残っていたのは、これだけです」


そう言って彼が差し出したのはガラスケースに収められた、一足の息をのむほど美しい**『硝子の靴』**だった。月光を閉じ込めたような透明感。けれど、それは大人には小さすぎた。


「こんなに小さな靴……?」


「ええ。まるで子供用のですな。これが被害者のものとは思えません。ですが現場にはこれ以外何一つ残されていなかったのです」


セオは黙って靴を見つめる。その瞳の奥で、歯車が唸りを上げて回り始めている。


「……ミッシュ」


彼がわたしを呼ぶ。


「この靴から何か感じるか?」


わたしは、ガラスケースに、そっと手を触れた。

その、瞬間だった。わたしの頭の中に、直接響いてきたのだ。あの、街全体に漂っていた「不協和音」の、発生源。


「……うん。これは、音だ」


わたしは、顔を上げた。


「誰かを、無理やり自分に合わせようとする、歪んだ執着の『旋律』。そして、それが叶った時の、恍惚とした、独りよがりな歓喜の『和音』……。間違いない。これは、使徒の……」


「ああ」


セオはわたしの言葉を引き継いだ。


「『救済』と『絶望』を混ぜ合わせた、悪趣味な芸術家気取りの偽善者……だな」



その夜。わたしとセオは失踪事件が起きたという街の唯一のダンスホールに潜入していた。ホールの中は安酒と汗の匂いに満ち、着飾った若い男女が束の間の享楽に身を委ねている。


「本当にここにまた現れるのかな……」


わたしが不安げに囁くとセオは壁に寄りかかったまま静かに答えた。


「ああ。……ほら、あの隅だ」


彼の視線の先、ホールの隅で一人の少女が泣きじゃくっていた。男にでも振られたのだろうか。彼女の周りだけ空気がどんよりと澱んでいる。そしてその少女の隣にいつの間にか一人の長身の男が、すっと寄り添っていた。銀髪を長く伸ばした貴族のような優雅な立ち振る舞いの男。


「……いたな」


セオの声が低くなる。あれが今回の『王子様』だ。


男は少女にハンカチを差し出し、何かを囁く。そして懐から――あの硝子の靴と同じ物を取り出した。


「ミッシュ、行くぞ!」


わたしとセオは人混みをかき分けその男へと駆け寄った。だが男はわたしたちの存在に気づくとにやりと歪んだ笑みを浮かべた。


「――遅かったな探偵」


男の姿が陽炎のように揺らぐ。次の瞬間わたしたちの目の前に立っていたのは男ではなく、全身を黒い甲冑で覆った巨大な騎士の人形だった。


「なっ……!?」


「これは挨拶代わりだ。今宵の本当の『舞踏会』はこれから始まる」


使徒の声がどこからともなく響き渡る。黒騎士の人形がその手にした巨大な戦斧を、わたしたちへと振り下ろした。わたしは咄嗟にセオを突き飛ばす。そして腰に下げた剣を抜き放った。


「させないっ!」


『理砕きの編鎖剣ルール・ブレイカー』で黒騎士の戦斧を受け止めた。


(第4話 了)

お読みいただき、ありがとうございました。


本作は「ライトミステリー×アクション」をテーマに、世界の有名な歴史物語・戯曲や古典文学・童話・都市伝説を、二つ以上組み合わせて事件を描いています。

もし元になった物語が分かった方は、ぜひ感想欄で教えていただけると嬉しいです。

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