第20話 探偵の裁き
瑠衣 美豚です。
前回の続きになります。
楽しく読んでいただけますと幸いです。
【ミッシュ視点】
「――どうか、私を裁いてはいただけませんか?」
「この三十年間、私を苛み続けた罪の記憶。その最後のページを閉じるのは、あなたにこそふさわしい」
彼女は、その身に宿る全ての魔力を解放した。それは、攻撃のためではない。ただ、無防備に自らの魂を、私たちの前に差し出すためだった。彼女の体から、禍々しく、そしてどこまでも悲しい「贖罪」のオーラが立ち上る。
わたしは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
そして、セオの横顔を見る。彼は、一体どうするんだろう。
セオは、しばらく黙っていた。やがて彼は、静かに口を開いた。
「……断る」
「え……?」
「私は、あなたを裁かない。……だが」
彼は、わたしの方をちらりと見た。
「――その呪われた力だけは、ここで断ち切らせてもらう」
セオは、マダム・ロアンに向かって告げた。
「あなたの異能の発動条件は、『相手の罪を自覚させること』。そして、その罪を悔いた者の魂を、『解放』する。……ならば、その力をあなた自身に向ければ、どうなる?」
「……!」
「あなた自身の三十年間の罪を、あなた自身が今ここで見つめ直すんだ。そして、心から悔い、自らの魂を『解放』することを望め!」
それは、あまりにも残酷な要求だった。自らの最も見たくない罪と、正面から向き合えと彼は言うのだ。マダム・ロアンの瞳から、涙が溢れ出す。彼女は、三十年前のあの日の光景を見ていた。愛する人を裏切った、自分の姿を。
「……ああ……あああああっ!」
彼女の体から噴き出すオーラの色が変わった。それは、もはやただの魔力ではなかった。彼女の魂そのもの。三十年分の後悔と悲しみが凝縮された、光の奔流。
「――ミッシュ、今だ!」
セオの声が、飛ぶ。
「彼女の魂が肉体から完全に解き放たれるその前に! 彼女と異能とを繋ぐ、『理の糸』を断ち斬れ!」
わたしは、迷わなかった。剣を、抜き放つ。
(さようなら、マダム・ロアン。……いいえ、ロアンさん)
わたしの魂の刃が、彼女の魂に触れるか触れないかの、そのギリギリの一点を、正確に通り過ぎていく。
ぶつり、と。何かが断ち切れる音がした。
マダム・ロアンの体から、全ての光が消え去った。
彼女は、もはや使徒ではなかった。ただ、静かに涙を流す、一人の人間の老婆に戻っていた。
そして、セオは彼女に、あの裁きの言葉を告げるのだ。
「生きろ」と。
マダム・ロアンは、その場に崩れ落ちた。そして、子供のように声を上げて泣き始めた。三十年間、ずっと心の奥底に溜め込んできた、全ての後悔と悲しみを吐き出すかのように。
わたしは、もう彼女を見ていられなかった。あまりにも残酷で、そして、あまりにも正しい裁きだったから。
セオは、そんな彼女に背を向けた。そして、わたしに言った。
「……行くぞ、ミッシュ。ここには、もう使徒はいない。ただ、一人の罪人が残っただけだ」
「……うん」
わたしは、こくりと頷いた。
わたしたちは、誰に見送られるでもなく、静かにその忘れられた街を後にした。背後で、いつまでも続く老婆の嗚咽を聞きながら。
◆
【セオ視点】
馬車に揺られながら、私は、窓の外を流れる景色を見ていた。隣では、ミッシュが眠っている。彼女も、疲れたのだろう。
(……甘いな、私も)
私は、心の中で自嘲した。私がマダム・ロアンを生かした、本当の理由。それは、彼女に永遠の贖罪を与えるためなどではない。
ただ、殺せなかったのだ。あのペトルーシュとは、違う。彼女の魂の中には、歪んではいるが、確かに「他者を救いたい」という、**純粋な「光」**が見えてしまったから。
そして、その僅かな光を、この手で消し去ることが、私にはできなかった。
人の心は、私が思っているよりも、ずっと複雑で厄介だ。白でも黒でもない。ただ、無限の灰色のグラデーションが広がっているだけ。そんな単純なことに、私は今更ながら気づかされている。
エリジアで会った時の、あのマダム・ロアンの姿を思い出していた。あの厳格で、人を寄せ付けない態度は、全て**彼女が三十年間被り続けてきた『鎧』**だったのだろう。
誰よりも罪の意識に苛まれ、裁かれることを恐れていたからこそ、彼女は誰よりも厳しく他者を裁く、「評論家」という仮面を必要とした。
(……全く、退屈しない世界だ)
私は、眠っているミッシュの、そのあどけない寝顔を見つめた。この女がいなければ、私はきっと、迷うことなくマダム・ロアンを断罪いただろう。彼女の存在が、私の完璧な論理を少しずつ侵食し、そして変えていく。それが、良いことなのか、悪いことなのか。その答えを、今の私には、まだ知る由もなかった。
(第20話 了)
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本作は「ライトミステリー×アクション」をテーマに、世界の有名な歴史物語・戯曲や古典文学・童話・都市伝説を、二つ以上組み合わせて事件を描いています。
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