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異世界探偵は神を追う  作者: 瑠衣 美豚
19/20

第19話 マダム・ロアンの告白

瑠衣 美豚です。

続きになります。

楽しく読んでいただけますと幸いです。

【ミッシュ視点】


セオの仮説は、あまりにも重く、そして冷たい響きを持っていた。三十年間忘れ去られていた、巨大な犯罪現場。わたしたちは、その中心に、今、立っている。


焚き火の炎が、パチリと音を立てる。わたしは、セオの横顔を見た。彼の瞳は、もう手元の資料ではなく、丘の上のあの古びた教会だけを見据えていた。


「……行くぞ、ミッシュ」


「うん」


わたしたちは、再びあの教会へと向かった。扉を開けると、マダム・ロアンは、やはり祭壇の前で静かに祈りを捧げていた。わたしたちの足音に気づくと、彼女はゆっくりとこちらを振り返る。その顔には、もう昨日のような拒絶の色はない。全てを覚悟した者の、静かな諦観だけが浮かんでいた。


「……お気づきになられましたか、探偵さん」


彼女は、静かに言った。


「この煤の谷に眠る、罪のその深さに」


「ええ」


セオは、静かに頷いた。


「だが、まだ最後のピースが足りない。三十年前にここで一体何があったのか。そして、あなたはなぜここにいるのか。……全て、話していただきたい、マダム・ロアン」


彼のその言葉は、命令ではなかった。ただ、真実を知りたいと願う、一人の探偵としての、純粋な問いかけだった。


マダム・ロアンは、しばらく目を伏せていた。やがて彼女は、まるで懺悔でもするかのように、その重い口を開いた。それは、彼女が三十年間たった一人で背負い続けてきた、罪の告白だった。


「……あれは、三十年前。私はまだ、マダム・ロアンではありませんでした」


彼女の声は、遠い過去を見つめていた。


「ただのロアンという名の、一人の若く、そして傲慢な魔法使い。……私はこの街の鉱山で、古代魔術の研究をしていました。誰にも認められず、ただ己の知的好奇心だけを満たすために」


彼女は、そこで一度言葉を止め、そして震える声で続けた。三十年前に、この街で起きた全ての悲劇を。名もなき鉱夫の死。街の人々の隠蔽工作。そして、自らの力が暴走し、街中に罪の記憶をばら撒いてしまった、あの地獄の日のことを。


彼女は、その全てを、まるで他人事のように淡々と語った。そう、まるで自分は、その悲劇の舞台をただ見ていただけの、『傍観者』であったかのように。

彼女が全てを語り終え、教会に重い沈黙が落ちた、その時だった。


「――待ってください」


セオが、静かに、しかし鋭く、その沈黙を破った。その瞳は、絶対零度の光を宿していた。


「あなたは、一つだけ嘘をついている」


マダム・ロアンの顔から、血の気が引いた。


「あなたは今、この悲劇の『傍観者』であったかのように語った。……だが、あなたは本当は、その中心にいたはずだ。あの三十年前の集団殺人の、『当事者』として。……それも、最も罪深い『共犯者』の一人としてね。そうですね?」


セオは、懐からあの黒く塗りつぶされた労働者名簿を取り出した。


「この消された名前。そして、あなたがいつも口ずさんでいる、あの悲しい子守唄。……あまりにも、符合が合いすぎる」


それは、もはや質問ではなかった。揺るぎない、事実の指摘。マダム・ロアンは、観念したように、がくりと膝をついた。そして、語り始めた。彼女が三十年間、誰にも話すことのできなかった、本当の罪の記憶を。


三十年前、若き魔法使いであったロアンは、あの名もなき鉱夫と、恋仲にあったのだという。彼もまたよそ者で、彼女と同じ孤独を抱えていたから。そして、あの子守唄は、彼が故郷の母親を思い出しながら、彼女のためだけに歌ってくれた、二人の愛の歌だった。


だが、彼があの最後の、そして最大の鉱脈を発見した、その日。

それまで、何年も新たな鉱脈が見つからず、閉山の危機に瀕していたこの街の、人々の欲望が暴走した彼らは、ロアンに選択を迫った。


「あの男と共に死ぬか。それとも、あの男を見捨て、我々と共に富を分かち合うか」と。


「……私は」


彼女の声は、震えていた。


「私は、彼を裏切った。自分の命と、そして未来の名声のために、彼を見殺しにしたのです。……落盤事故の引き金を引いたのは、この私の魔法でした」


彼女が愛する人を裏切り、その命を奪った、まさにその瞬間。彼女が人生で最大で、そして最も悍ましい「罪」を犯した、その瞬間。彼女の魂は、アークの力の欠片――『贖罪』を司る、その力の波長と完璧に共鳴してしまった。そして、彼女は目覚めてしまったのだ。自らが犯した「罪」によって。第7使徒、『贖罪者』として。


「……そして、目覚めたばかりの私の異能は、暴走した。私の罪悪感が街中に溢れ出し、それが引き金となって、他の住民たちの心の中に眠っていた、罪の記憶をもこじ開けてしまったのです」


ロアンは、自分の犯した罪から目を背け、過去を捨て、エリジアで料理評論家として新たな人生を始めた。だが、罪悪感が消えることはなかった。


「そして、ひと月前。エリジアでのあの晩餐会。あの忌ましい事件を目の当たりにして、私は思い知らされたのです。人間の嫉妬や憎悪が、どれほど醜く、そして救いようのない悲劇を生み出すのかを」


彼女の視線が、ふとセオへと向けられる。


「そして、あなたという絶対的な**『裁き』**の光の前に、その醜態を晒した者たちの姿を見て。……私は、決意したのです。もう、逃げるのはやめよう、と」


彼女は、この街に戻ってきた。そして、使徒としての力を今度こそ制御し、三十年間罪の記憶に囚われ続けていた僅かな生存者たちを、一人、また一人と「解放」していった。


「私の異能は、罪を暴くだけではありません。その罪を自覚し、心から悔いた者の魂を、その苦しみから解き放ち、安らかな眠りへと導くこともできるのです」


彼女は、そう言って、新しい墓石を愛おしそうに撫たた。


「この方は、昨日私が最後に看取った方。……この街の最後の住人でした。彼は、死ぬ瞬間、私にこう言ってくれました。『ありがとう』と」


わたしは、もう何も言えなかった。彼女がやっていることは、確かに魂の収奪だ。でもそれは、同時に、彼女なりの歪んで、そしてあまりにも悲しい「救済」の形でもあったのだ。


「……あなたの話は、わかりました」


セオが、静かに言った。


「だがそれでも、あなたは罪を犯した。三十年前も、そして今も。その罪を、償う時です、マダム・ロアン」


「ええ。わかっておりますわ」


彼女は、穏やかに微笑んだ。


「ですから、あなたにお願いがありますの、探偵さん」


彼女は、セオをまっすぐに見つめた。その瞳には、もう一片の迷いもなかった。


「――どうか、私を裁いてはいただけませんか?」


「この三十年間、私を苛み続けた罪の記憶。その最後のページを閉じるのは、あなたにこそふさふさわしい」


(第19話 了)

お読みいただき、ありがとうございました。


本作は「ライトミステリー×アクション」をテーマに、世界の有名な歴史物語・戯曲や古典文学・童話・都市伝説を、二つ以上組み合わせて事件を描いています。

もし元になった物語が分かった方は、ぜひ感想欄で教えていただけると嬉しいです。

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