第15話 馬車の中の安楽椅子
瑠衣 美豚です。
一話完結のお話です。
楽しく読んでいただけますと幸いです。
【ミッシュ視点】
美食の都エリジアを後にして、わたしたちは、北へ向かって街道を進んでいた。次の目的地は、まだ決まっていない。セオは、エリジアで手に入れた大量の古文書と格闘するように、ずっと本を読み続けている。わたしはといえば、窓から風景を眺めるくらいしかやることがなかった。事件のない日常は平和でいいけど、セオがこうして自分の世界にこもってしまうと、わたしはちょっと、退屈する。
「……あ、そうだ」
ふと思いついて、わたしは手を叩いた。
「ねえセオ。推理ゲームしない? 退屈しのぎに」
セオは視線を上げず、そっけなく言った。
「……くだらない」
「そんなこと言わずにさ!」
わたしは身を乗り出す。
「さっき御者さんが話してた、隣村の幽霊の噂、覚えてる? あれ、ちょっと面白そうじゃない?」
御者が語ったのは、こんな話だった。
隣村の外れにある古い風車小屋。そこに、毎晩若い女の幽霊が現れるという。幽霊は風車の最上階の窓辺に立ち、月の満ち欠けに合わせて、悲しげな歌を口ずさむ。その歌は聞く者の胸を締め付けるほど、哀しくて寂しい。そして村の若者たちが次々と、原因不明の熱に倒れている。しかも皆、幽霊の歌を聞いた翌日に高熱を出しているらしい。
「どう? ねえセオ。これ、絶対なにか仕掛けがあると思うんだ」
セオは鼻で笑った。
「子供騙しだ。その話には、少なくとも三つの論理的矛盾がある。言ってやろうか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。せっかくだから勝負しよう? どっちが先に真相にたどり着けるか!」
それにはさすがのセオも反応を示し、目線を上げた。
「……いいだろう。暇つぶしにはなる」
セオは背筋を伸ばし、自信満々に語り出す。
「まず歌声についてだが、これは**『風』の属性魔法を応用した音響トリックだ。** 風車という立地を利用し、小屋の構造を共鳴管に見立て、風の流れで人の声のような音を生み出している。単純な仕掛けだ」
「次に熱病。これは、『土』の属性魔法と薬学の合わせ技だろう。風車小屋の周辺に、幻覚作用のある『アゼン花』の花粉を撒き、風の魔法で拡散させている。若者にだけ効果が強いのは、感受性が豊かだからに過ぎん」
「よって犯人は、土地の乗っ取りを企む悪徳商人。動機は金。……以上が私の推理だ。論理的整合性は完璧だ。異論はあるか?」
わたしは少しだけ考えてから、ゆっくり首を振った。
「ううん、セオの推理はすごく筋が通ってる。でも──」
「でも?」
「でも、あの御者さんが言ってた“歌声”、そんな機械仕掛けの音に聞こえるかな?」
「感情論だな。そんな主観では……」
「ううん違うの。あれは悲しい声だった。すごく人間の心の奥に触れるような……そういう**『匂い』**がした」
セオが黙る。わたしは続ける。
「たぶんね、あの歌は『記憶音』を宿せる、特殊な魔道具の笛で奏でられてるんだよ。亡くなった少女の歌声そのものが録音されてるの。だからあんなに悲しいんだよ」
わたしは御者の言葉を思い返す。“月の満ち欠けに合わせて”、“悲しげな歌声”、“倒れるのは若者だけ”。
「犯人はその少女の恋人だった、薬師の青年だよ」
「……何?」
わたしはうなずいた。
「その少女は昔、この地方で時々流行る**『月影病』で命を落とした。月の魔力に体が蝕まれる病気。恋人だった薬師の青年は彼女を救えなかった後悔から、長年病の研究を続けていたんだ」
「そして彼は、音魔法と薬学を融合させた新しい治療法を開発した。笛の音と共に、微細な『月の魔力への抗体情報』を空気に乗せる。若者にだけ熱の副反応が出たのは、体力があって免疫が強く反応したからだよ」
「つまり幽霊の正体は、亡き少女の声。薬師の青年は彼女の声で村を病から守ろうとしていた。それはただの“鎮魂”ではなく、“予防接種”**だったんだよ」
「どうかな、わたしの推理」
わたしが問いかけるとセオはしばらく本を見つめたまま何も言わなかった。やがて彼は静かに本を閉じ、つぶやいた。
「……ありえない推理だ。証拠が足りなすぎる」
でも、その口元は確かに笑っていた。
「――だが、もしそれが真実だとしたら。確かにそれは、私の“論理”だけでは辿り着けない答えだな」
勝敗はつかなかった。けれどわたしは少しだけ誇らしかった。
だって――いつかわたしのこの“匂い”が彼のすごい頭脳に並べる日が来るかもしれない。そんな希望がふと胸に浮かんだから。
(第15話 了)
お読みいただき、ありがとうございました。
本作は「ライトミステリー×アクション」をテーマに、世界の有名な歴史物語・戯曲や古典文学・童話・都市伝説を、二つ以上組み合わせて事件を描いています。
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