第13話 晩餐会のメニュー
瑠衣 美豚です。
前回の続きになります。
楽しく読んでいただけますと幸いです。
【ミッシュ視点】
「二人の殺人者……。探偵さん、あなたは我々全員を疑っているのかね?」
ワイン商のガストンが不快感を隠そうともせずセオを睨みつけた。大広間の空気は、まるで凍りついたガラスのように張り詰めて、誰もが互いを斜めに見ている。
「もちろんその可能性もあります」
セオは平然と答えた。
「ですがまずは一つずつ事実を確認しましょう。……ミッシュ」
名前を呼ばれ、わたしは肩をびくりとさせた。
「あの厨房に残された手つかずのアイスクリーム。そこから何か特別な『匂い』はしなかったか?」
「え、あ、うん……」
わたしは必死に記憶を辿り寄せた。あの赤い粉末がかかったアイスクリーム。
「……したよ。すごく奇妙な匂い。甘いお菓子の匂いとそれから誰かの強い『後悔』の匂いが混じってた……」
「……後悔か。面白い」
セオは満足げに頷いた。
「次にジュリアン氏が刺されたナイフ。あれは彼の仕事道具でしたね隊長?」
「ああ。彼がいつも厨房で使っていた肉切り包丁だ。柄には彼のイニシャルも刻まれている」
隊長の声は、どこか重たく湿っていた。
「では、最後の質問です」
セオは主催者であったバルトーク侯爵の席へと歩み寄った。そして彼が口にするはずだったアイスクリームが乗っていた銀の皿を指さした。
「この皿だけが奇妙なほど冷たくない。……まるで直前まで誰かが温かい手で触っていたかのようです。使用人たちは皆手袋をしていました。……この中でこの皿に直接触れることが可能だった人物は誰ですかな?」
セオのその一見バラバラに見える三つの質問。でも、わたしにはわかった。彼の頭の中ではすでにもう全てのピースが一つ恐ろしい絵を完成させようとしている。
セオはゆっくりと大広間の中央に進み出た。そしてまるで舞台の上の役者のように静かに語り始めた。
「――皆様。この晩餐会の本当の『メニュー』をお教えしましょう」
彼は一枚の羊皮紙を取り出した。それはこの晩餐会で配られた本物の献立表だった。
「まず一品目。『後悔の味がするアイスクリーム』。これを食べたのは料理長のジュリアン氏です」
セオは若き天才料理人ジュリアンが抱えていた秘密を暴き立てる。
彼は数年前ある料理コンテストで優勝するためにライバルのレシピを盗んでいた。そのことをずっと誰にも言えず後悔の念に苛まれていたのだと。
「そして、その彼の罪を知っていた人物が一人だけいた。……料理評論家のマダム・ロアン、あなたですね」
全ての視線が、マダム・ロアンに突き刺さった。誰もが彼女が狼狽し、否定すると思った。
だが、彼女は違った。
扇子で隠されたその口元が、ほんの僅かに笑みの形に歪んだのを、わたしは見逃さなかった。それは、喜びではない。安堵だ。まるで、長く待ち望んだ“裁き”がようやく訪れたことを、静かに受け入れるかのような、不気味な笑み。
彼女は何も答えなかった。ただ静かに、目を伏せるだけ。その異常な態度に、わたしは背筋が凍るような感覚を覚えた。
「あなたはジュリアン氏のその過去の罪をネタに彼を脅迫していた。そして今夜彼にこう命じた。『バルトーク侯爵を殺しなさい』と。……もし断れば彼の過去を全て暴露すると脅してね」
「……」
「ジュリアン氏は悩んだ末あなたの命令に従うことを決意した。そして自らの罪を悔いながら最後となるであろうデザートを食べた。あの手つかずのアイスクリームは彼が『遅効性の毒』を飲んだ何よりの証拠なのです。彼は侯爵を殺した後自らも死ぬつもりだった」
だが、とセオは続ける。
「二品目のメニュー。『嫉妬に濡れた銀の皿』。これを用意したのは全く別の人物です」
「ジュリアン氏が侯爵のアイスクリームに毒を盛る。その瞬間を偶然目撃してしまった人物がいた。……そしてその人物はその千載一遇の好機を利用したのです」
セオは後妻のイザベラ夫人へと向き直った。
「あなたは夫である侯爵を憎んでいた。そして彼の財産を狙っていた。あなたはジュリアン氏が毒を盛ったその皿をそっと手に取り『解毒剤ですわ』と偽って別の魔法薬を混ぜ込んだのです。……侯爵に至高の快楽を与えながら殺すあの悍ましい魔法薬を」
「そ、そんな……!」
イザベラ夫人が悲鳴を上げる。
「そして最後のメインディッシュ。『左利きの殺人者』」
「ジュリアン氏は毒によって死ぬはずだった。だがその前に彼は誰かにナイフで刺された。……なぜか? それは犯人が彼が毒を飲んだことを知らなかったからです」
セオはゆっくりとワイン商のガストンへと歩み寄った。
「あなただけですよガストン殿。あなたが左利きであることをこの場で隠していたのは。あなたは侯爵とは長年のライバル。そして彼の傲慢なやり方に殺意を抱いていた。あなたは侯爵を殺すためにこの晩餐会へやってきた。……しかしあなたの目の前でジュリアン氏が先に侯爵を毒殺してしまった」
「……」
「あなたは焦った。このままではジュリアンが全てを自白してしまうと。だからあなたは厨房へ先回りし彼を殺害した。そして自らの利き腕とは逆の右手で偽りのダイイング・メッセージを捏造した。全ては罪をなすりつけるために」
「……黙れ」
ガストンが低い声で呻いた。
「これで全ての役者が揃いました」
セオは静かに宣言した。
「侯爵を殺したのはジュリアンとイザベラ夫人。そしてそのジュリアンを殺したのはガストン。マダム・ロアンはその全てのきっかけを作った教唆犯」
彼の推理は完璧だった。全ての辻褄が合っている。
なのに、どうしてだろう。彼のその表情には、謎が解けたはずの探偵が浮かべるべき歓喜の色が、全くなかった。
むしろ、まるでどこか一つだけ、ピースの足りないパズルを前にしたかのような苛立ちと焦燥の色だけが、浮かんでいた。
「この晩餐会には四人もの犯人が存在していたのです。それぞれがそれぞれの欲望のために動きそしてその偶然がこの奇妙な悲劇を生み出した」
これが事件の全貌。
あまりにも複雑でそして救いのない人間の業。わたしはようやく全てが終わったのだと安堵の息をついた。
だがセオの表情はまだ晴れなかった。それどころか彼の眉間にはこれまでで最も深いシワが刻まれていた。まるで解けるはずのない数式を前にした数学者のように。
「……おかしい」
彼は誰に言うでもなく呟いた。
「……ロジックが合わない。この推理にはまだ致命的な欠陥がある。だがそれが何なのか……」
わたしは彼のその苦悩する姿を初めて見た気がした。いつも全ての答えを知っているはずの彼が迷っている。わたしは勇気を出してずっと心に引っかかっていた素朴な疑問を口にしてみた。
「……あのねセオ。わたしずっと気になってたんだけど……」
「何だミッシュ」
「そのジュリアンさんに最初に毒を飲ませたのは一体誰なの……? マダム・ロアンは脅迫しただけなんでしょう?」
(第13話 了)
お読みいただき、ありがとうございました。
本作は「ライトミステリー×アクション」をテーマに、世界の有名な歴史物語・戯曲や古典文学・童話・都市伝説を、二つ以上組み合わせて事件を描いています。
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