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異世界探偵は神を追う  作者: 瑠衣 美豚
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第1話 鏡が嘘をつく日

初めまして。

瑠衣 美豚です。


本作は、ライトミステリー×アクションの作品です。ミステリー要素は“本格”というよりも、テンポと推理の面白さを重視していますので、「この事件はどのように解決するのか?」を想像しながらお楽しみいただければ幸いです。


物語の事件は、世界に伝わる有名な歴史物語や戯曲・古典文学、童話、都市伝説などから、必ず二つ以上をモチーフとして構成しています。

「これは何の物語が元になっているのだろう?」と推測しながら読んでいただくと、さらに楽しめるかもしれません。


また、本作のプロローグは第8話・第9話にあたります。

そのため、第1話から読み進めると「話が飛んでいる?」と感じられるかもしれませんが、物語理解には支障ありません。

もしプロローグから読みたい場合は、第8話・第9話からお読みいただいても大丈夫です。


長くなりましたが、お楽しみいただけると幸いです。

第1話 鏡が嘘をつく日


【ミッシュ視点】


わたしたちの、本当の意味で最初の仕事は――

一人の裕福な男が、自らの「顔」を失った、奇怪極まりない事件から始まった。


「……ひどい」


リブルニアの高級住宅街。

神殿からの半ば強引な紹介を受け、織物商アルマン氏の邸宅へ足を踏み入れた。

書斎の扉を開いた瞬間、息が詰まる。


部屋は無残に荒らされていた。しかし、金目の物は手つかず。

高価な調度品は傷一つなく、代わりにそこにあるすべての鏡が――まるで内側から爆ぜたかのように粉々に砕け、分厚い絨毯の上に砕けた宝石のような破片が降り積もっていた。


テーブルの銀の水差しは叩き割られ、こぼれた水が床に広がり、不気味な染みを作っている。

その水面すら、意思を持つかのように細かく波立ち、部屋の景色を映すことを頑なに拒んでいた。


だが、最も異様だったのは――

部屋の奥の壁に飾られた、アルマン氏自身の壮麗な肖像画。

金の額縁に収められた写実的な傑作の「顔」だけが、強い薬品で溶かされたようにぐちゃぐちゃにただれていた。

目鼻立ちは溶け合い、もはや人の顔の形を留めていない。


「警備隊の見立ては事業の失敗を苦にした発狂、自殺……だそうだ」


黒いコートの裾を揺らしながら、セオが淡々と告げる。

その声は温度を持たず、視線は荒廃を測る計測器のように冷ややかだった。

そして――目が動く。

砕けた破片、水面、肖像画、天井。

ほんの数秒のうちに、部屋全体の構造と異物を切り取るように視線が走る。


その目だ――。

人の死を見ても悲しみや苦しみではなく、そこに潜む「法則」だけを探す目。

三年も隣にいてなお、その刃のような視線には背筋が冷える。


「……違う」


思わず首を振った。

この三年、セオの隣で数え切れない事件の「匂い」を嗅ぎ分けてきた私の感覚が、激しく警鐘を鳴らしていた。


「この部屋に残ってるのは、そんな単純な感情の匂いじゃない」


目を閉じる。空気が、ひんやりと震えている。

胸を締めつけるのは、怒りでも絶望でもなく――根源的な恐怖。


そして、どこからともなく、かすかな囁きが耳にまとわりつく。


「……ない……ない……どこにも……ない……」


自分の顔を必死に探しながら、世界を彷徨う声のようだった。


目を開き、震える声で告げる。


「ここには……途方に暮れた『誰か』の喪失感が渦巻いてる」


セオは何も言わず、小さく頷くと、床に落ちていた革装丁の日記を拾い上げた。

ページを繰るたび、几帳面だった文字が狂気に侵されていく。


そして最後のページには、インクが滲むほど何度も何度も書き殴られた言葉。


『私の顔がない。鏡は私を映さない。水もガラスも私の顔を拒絶する。私は誰だ?』


背筋が凍る。

自分の存在が世界から消えていく感覚――狂って当然だ。


視線を巡らせる。

砕けた鏡の破片の間に、一枚のカードが落ちていた。

トランプのようだが、場違いだ。しかも、その下には黒い粉……薬品の匂いがする。


その瞬間、セオが低く呟いた。


「犯人は直接手を下していない。ただ一つの呪いをかけただけだ――

『自分を映すすべてのものから、顔だけが消える』という、悪趣味な呪いをな」


隊長が青ざめる。


「そ、そんな魔法……聞いたことが……!」


セオは答えず、天井を見上げた。

その目は、何もない空中に線を引くように左右へ走り、何かを“計算”しているかのようだ。


「……あったな」


指先が、ゆっくりと空中をなぞる。

その動線の先――天井に張り巡らされた銀色の糸が、光を反射して微かに輝いた。


「一つ。天井の銀糸」

「二つ。机の上の場違いなカード」

「三つ。あの肖像画の顔料」


セオは指で順に示し、目を細める。


「これらを繋ぐのは……古代魔術だ」


「古代魔術……?」


私が問い返すと、セオは短く息をついた。


「三つの鉄則がある。触媒、儀式、そして代償。犯人はこの部屋に、わざとそれを残している」


「触媒は……あの絵の具?」


「正解。魂に作用する希少で違法な顔料だ」


視線が机のカードへ移る。

それは、笑みを浮かべた道化師――ジョーカー。

隊長が何気なく手を伸ばした瞬間――


「触るな!」


鋭い制止。

セオは銀色のピンセットで慎重にカードを摘み上げた。


裏には、機械的で整った筆跡。


『我が名はジャック。霧の都より最高の謎を贈る』


「……ジャック?」

私は首をかしげる


セオの口元がゆっくりと吊り上がった。それは歓喜の笑みだった。待ち望んだ好敵手にようやく出会えた、子供のような純粋で、そしてどこまでも歪んだ笑み。


ああもう。本当に楽しそうだ。人があんなにひどい死に方をしたというのに。時々、本気で彼の心の中を覗いてみたくなる。そこには一体どんな景色が広がっているのだろう。


「忘れられた天才、霧の都からの使者さ」


セオはそう囁いた。


その瞳はもう、この部屋にはなかった。


「――これは挑戦状だ。私という探偵への。『ショーはまだ始まったばかり。私の美しい数式を解き明かせるか?』とね」


(第1話 了)

お読みいただき、ありがとうございました。


本作は「ライトミステリー×アクション」をテーマに、世界の有名な歴史物語・戯曲や古典文学・童話・都市伝説を、二つ以上組み合わせて事件を描いています。

もし元になった物語が分かった方は、ぜひ感想欄で教えていただけると嬉しいです。

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