3 なに、これ
数週間ぶりに、帰ることはないと思っていた家に帰ってきた。いろいろ解約しなくて良かった。本当に良かった。解約してたら、退院と同時にホームレスになるところだった。
帰ってきたのはいいものの、家には物があまりない。入院前に家電や家具、服なんか処分できるものは処分してしまった。これから買い直さないといけない。終活が完全に裏目にでてしまった。
必要なものがいろいろ足りない部屋の隅に、見覚えがあるような、ないようなものを発見した。
⋯こんなのあったっけ?
昔、テレビ番組かなんかで見たようなボタンだった。見てたらなんか無性に押したくなって、勢いよく押してみた。
ピンポン!
思っていたよりいい音が鳴った事にテンションも上がり、思わず声をだしてしまった。
「正解は!⋯⋯なんて」
俺、なにやってんだと思った瞬間、景色が一変した。
「え、え、え?」
⋯俺、部屋にいたよね?え、どこよ、ここ。
ちょっと広めの教室みたいなとこに何人か座れそうな長い椅子が何列も並んでいる。その先には何かの像?があった。そばには女性がいて、こちらに気づいて近づいてきた。
「初めて見ますが、どなたでしょうか?」
「どなたって⋯」
⋯コスプレ?
あれ、外国の人だよね?
え、日本語喋ってた?
着ているのは修道服だろうか。普段は見かけない格好だ。頭に被っているベールから少し出ている髪の色は赤く、目の色は緑だ。
「お、俺はユウジといいます」
「ユウジさんですね。私はサシャといいます」
さっき聞こえたのは日本語に間違いないようだ。話が通じている。かなり日本語が上手いようだ。
「あの、ここは一体どこですか?」
「え?ここですか?ここは教会ですよ」
丁寧に答えてはくれたが、一瞬、何言ってんの?と表情が見えたよう気がする。いや、そんな事よりも、
「⋯教会ですか。⋯ん?近くにあったかなぁ」
近くに教会があったなんて初耳だ。普段から教会に行くような習慣がないから、知らなかっただけかもしれない。⋯まぁ、近くに教会があったとして、だ。⋯いつ来たんだろ?
「ユウジさんはどこからいらしたんですか?」
「どこからって、家に居たんですよね。でも気づいたらこちらに来てまして」
「じゃあ、近くにお住まいなんですね。引っ越されてきたんですか?」
「え?いや、何年も住んでますけ⋯」
話してる途中で景色が一変した。
見覚えのある、今日帰ってきたばかりの自分の部屋だ。もちろん、誰もいない。
「今のは夢、だな⋯?」
転がっていたボタンが目に入り、さっきと同じように押してみる。
ピンポン。
同じように音は鳴るものの、何も起こらない。連打してみても連続で音が鳴るだけだった。
ーーーーー
「あれ?いなくなっちゃった。この前も急に消えた人いたけど、もしかして同じ人⋯?」
「サシャ、どうしました?」
「司祭様。前に神託があったと報告した事は覚えてますか?」
「えぇ、覚えていますよ。光の中に現れ、治療をしたらいなくなってしまったという件ですね?」
「そうです。今回は光ってなかったと思うんですけど、いつの間にか知らない人がここにいたんです。とりあえず、その人と話してみたんですけど、急に消えちゃいました」
「⋯同じ人だったんですか」
「わかりません。でも、ここらへんではあまり見かけない黒髪でした。治療した方も黒髪だったので、もしかしたら同じ人なのかもしれません」
「⋯では、またいらっしゃるかもしれませんね」
「じゃあ、その時は治療費をもらわないといけませんね!」
「!?⋯また、あなたは⋯せっかく優秀な聖女なのに」
「聖女だからって、タダ働きは嫌です」
「はぁ⋯、日頃から言ってますよね?」
「わ、わかってます。わかってますよ。あ、掃除してたんだったー」
お説教が始まりそうな気がしたので、逃げるようにその場を離れた。
ユウジさん、って言ったよね。もし、神託の時の人なら治療費払ってくれるかな。