異世界にお呼ばれしたみたい
「うーーーん……」
パソコンの前で、青年――彌山凪は頭を抱えていた。画面に映るのは、カードゲーム『ミラティス2』の試合結果。勝利しているにもかかわらず、その表情は曇っている。
「これ、さすがに“ミラティス”って言えないよな……。ゲームシステムからして別物だし。カードの名前は見覚えあるのもあったけど……それだけなんだよなぁ」
独り言はぼやきに変わる。勝利に価値を感じられないのは、対戦相手ではなく、ゲームそのものに対する失望からだった。
「ああ……あいつと戦いたいなぁ」
ふと、彼の瞳がパソコン上の写真を見つめる。画質は荒いが女性キャラクターだろうか?爆炎を背に凛とした気配を感じさせる。『あいつ』――動画で一度だけ見た、神業のようなプレイを見せた伝説のプレイヤー。ネット上では“神ちゃん”と呼ばれていた。
「無敗なのに大会にも出てないし、動画もたった一本だけ……何者なんだよ……」
憧れ、というには生々しい。そこにあったのは、魂のどこかを焼くような執着だった。
「『ミラティス2』が出れば、また見られると思ったのに……。これじゃ神ちゃん、絶対にやらないだろ……」
吐息交じりに、熱を孕んだ言葉がこぼれる。
「ほんとの『ミラティス』、やってみたいなあ……」
どうやら実際にやったことはないようだった。
トゥーン――。
「……ん? メール?」
通知音とともに、画面に見慣れぬウィンドウが開いた。黒い背景に、白い文字が浮かび上がる。
―初めまして。急な訪問、失礼します。 あなたの“評価”はしっかりと届いています。 私も『ミラティス2』をプレイしてみましたが、正直、ゴミでした。
「……は? 評価……?」
思わず立ち上がる凪。画面を凝視する。
―そこで提案です。 “本物のミラティス”に、あなたをご招待しようと思います。 良いお返事を、お待ちしています。
「な、なんだよこれ……? ハッキング? 冗談……?」
―答えを、お聞きしても?
「ちょ、ちょっと待てって……! ミラティスは、やりたいけど……でもそれよりまずプライバシーとか、セキュリティとか……てか声聞こえてるの??」
「ありがとう!君みたいな人を探してたんだ!」
唐突に、耳ではなく、頭の奥に響く声。甘く、軽やかで、だが抗いがたい力を孕んでいた。
「さっそく、ミラティスにご招待~♪」
「な、なになになに!?」
パソコンの周囲が歪み、影が渦を巻くように膨らんでいく。重力が逆転したかのように、凪の身体が引きずられていく。
「うわああああああ!!」
最後に聞こえたのは、陽気な声だった。
「ミラティスの世界、楽しんでね!じゃっ☆」
……。
蝉の声が、静寂の中にこだまする。冷房の音だけが、部屋に残っていた。
目覚めた場所は、石造りの荘厳な神殿だった。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「っ……ここは……?」
彌山凪は、冷たい床に両手をつきながら、顔を上げる。そこには、かつて画面越しにしか見たことのなかった景色が広がっていた。
「これ……『ミラティス』の……神殿?」
重厚な柱、天上から差し込む神々しい光。見覚えのある構造。それはまさしく、何度も見返したゲームの始まりの地だった。
「夢……じゃない?」
つぶやいたそのとき、頭の中に声が響く。
《キミの望む力は?》
「……っ?」
《攻の力、自ら道を切り開く大いなる力。世界を切り裂く破滅の力》
《守の力、悪意を無に帰す大いなる力。世界を閉ざす拒絶の力》
《魔の力、万象を紐解く大いなる力。世界を揺るがす混沌の力》
「これはっ……!」
ミラティスでのチュートリアルと同じ問いかけ。答えに応じたカードが初期デッキとして配られる仕様だった、、、はず。
「どれがいいんだ?初期のカードが違うだけで後からどのカードも手に入れられたはずだけど…」
迷いながらも口元には笑みが浮かぶ。夢にまで見たミラティスを実際にプレイできるとは。
「混沌の力か。格好いいし魔の力にしようかな。」
青白い光が掌から迸り、空間に編まれるように、カードが形作られていく。それは物質ではない。魔力の織り成す編み物のような、だが確かに“そこにある”存在。
「おおぉ……カードが……!」
ゴクリと唾を呑み込んだ、そのときだった。
「……なんだ?」
神殿の奥から、物音がした。立ち上がり、音のする方を見つめる。そこから現れたのは、短剣を携えた小柄な獣――いや、人型の魔物。
「ゴブリン……!?」
ゲーム等で幾度も見てきた魔物。しかしどのゲームでも感じたことのない殺気。
このゴブリンは生きていると確信する。獣のような目で、凪を狙っている。
「…これもチュートリアルだよな?」
視界に浮かぶ5枚のカード。マナなどの説明はないが、ミラティスと同じならば問題ない。
「召喚、スライム!」
カードバトルではなく、命を懸けた現実の戦い。凪の物語は、今ここから始まった――。