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調査7 尾田あど

「カメラ、届いたか? それは良かった。堀江に選んでもらってな」


 電話越しに宮野シンイチと話しながら高橋ディレクターは、手に持っている写真をじっと見ていた。

 宮野シンイチは、カメラを我々に譲った後、もう関わりたくない、ということで電話や郵送での対応を依頼してきた。それは当然であるような気がして、高橋ディレクターは承諾した。彼女自身もカメラには、いや、正確にはあのアクチュエータ高と名乗った男と関わりたくないというのがあったのか、問題のカメラに関しても早々に天内祐希へと送り付けた。

 おかげで私と五条は、金銭的な保証がある程度されたことで安堵をしていた。

 問題のカメラとアルバムは、今日のテレビ局の撮影で公開されるそうだ。番組内で実際にカメラを用いて、本当に呪いのカメラであるという事を証明するため、生放送とするらしい。観覧席に観客をいれてまでその信憑性を証明したい辺りが、本気度をうかがわせる。

 ご丁寧にも、我々SOC企画にも参加の招待がきていた。しかし、それを高橋ディレクターは忙しい、と断った。


「Sonyのカメラって高いんだな」


 宮野シンイチとの通話を切った高橋ディレクターは私にそう言った。

 適当に笑って濁す。私が選んだのは、Sonyのαシリーズだ。少なくとも素人のカメラマンが使うにしては十二分以上の性能を持っているであろうが、それでも、彼が受け取るにはまだ足りない程度の報酬だとは思っている。高橋ディレクターも、それをそう思っているのか、金額に関しては文句を言っても、それにするなと拒絶する事もなかった。

 実際の所、天内からいくら支払われたのか私は知らないが、カメラを購入に文句を言わないくらいには貰ったのかもしれない。


「それでどうしてまた呼んでるんですか」


 SOC企画の会議室で五条アシスタントと私は椅子に座っていた。また、再び、高橋ディレクターから呼び出されたのである。理由としては心当たりはない。もはや、呪いのカメラもアルバムもすでに発見し、天内の元に送られた。私たちの目的としては果たしたはずだ。

 高橋ディレクターは、私たちの顔をそれぞれ見て、呆れたという顔を見せた。

 テーブルの上に、写真を置いて、それを叩く。


「おいおい。俺たちはこの赤い女の謎を追うのが筋だろうがよ」

「え、でも、もう、どうにも追いようがないじゃないですか。あのなんでしたっけ、アクセラレータさん? が言っていたことが本当かどうかを調べる必要があるとは思えないのですけども、どうでしょう。もう、終わりとして」

「俺もそうは思ったけどな。尾田あどっていう名前、それがどうにも心に残ってな。それで調べたんだよ。尾田あど。いたんだよ」


 高橋ディレクターは、資料の束をテーブルの上に置いた。それは尾田あどについての情報がびっしりと書かれていた。私はゆっくりとそれに目を通す、五条アシスタントはそんな私を見て、渋々という様子で資料を手に取った。

 かいつまんで説明すると、尾田あどというのは、ファッションモデルだ。地方から上京してきて、街のモデル事務所へと所属することになった。しかし、売れる事はなかった。多少なりともスタイルが良いという事でモデルとしての仕事はしていた様子であるが、それ一つで食べて行けるような才能は彼女にはなかった。

 しかし、彼女は別にモデルとしてトップに立つことを目的としていなかった。

 自分が多くの人の目に触れる、というのが一番の目的だったのだ。

 そんな彼女であったが、モデルを引退を余儀なくされる。大病を患ったのだ。長期的な療養を必要としており、かつ、治る見込みがない。それを知った彼女がどれほどの絶望を抱いたのか、想像に難くなかった。


「それで、この尾田あどはどうなったんですか」

「行方不明になった」


 資料の最後には、尾田あどの姿を映した写真があった。いかにも未来に希望を持った女性というような女性だった。写真の服装から見るに、すでに何十年も前の物であろうと思う。失踪した日付というのも今から四十年ほど前の事であり、今はきっと、幾分か年老いているはずだ。


「問題は、その尾田あどとアクチェータ高がどこで知り合ったか。これはすでに調べがついている。と、いうよりも。アクチェータ高の居場所というのがわかっていてな。そこで」

「ちょっと、待ってくださいよ?」


 五条アシスタントが両の手を広げて話を遮った。

 なんとなく高橋ディレクターが言いたいことがわかったのだ。


「絶対に行く」

「嫌です! やばい人に絡みに行くのは勘弁してください。本当に、販売できなくなりますよ」

「インターネットではなぁ! 販売ルートなんて関係ねえんだよ!」

「倫理的に終わってますって、だって、あの人、精神病か何かですって」

「関係ねぇよ! 真相がすぐにわかるかもしれないんだ。それを黙って見逃す、それこそ、マスメディアとしては、番組制作として終わりだろうがよ! だいたいよ、こんな不完全な燃焼で終えられるわけがねぇだろうが!」


 高橋ディレクターが言った。

 理由はどうであれ、もう、そこまで決めているとなると、頑としてその意向を変える事はないだろう。

 五条アシスタントは髪の毛を掻きむしると、しょうがない、というように降参した。

 それからはとんとん拍子に話が進んでいった。車を手配し、五条アシスタントは高橋ディレクターがカーナビに入力した住所へと運転をする。アクチェータ高の住所は、準工業地域の住宅地だった。道路を工場の車が走り、大通りに近い箇所は工場が建っている。

 そんな工場と工場が建ち並ぶ長屋住宅の一つが、アクチェータ高の住所地であるそうだ。

 近くの駐車場に車を停めて、三人で歩いて家へと向かう。

 どれがアクチェータ高の家か、すぐに分かった。


「なんですか、アレ」


 長屋というのは妙にくたびれた家が立ち並ぶものである。テラスハウスと気取った名前をしていたりする物があったりはするが、基本的にはボロボロである。しかし、それでも住んでいる人間がいるので、外観に気を使い修繕の痕跡があったりと家としての面子を保とうとするものが多い。

 が、その家、アクチェータ高の家は違った。

 あまりにも外観に関心がない。何年も動かしていないのか、蔦や葛が閉めきられた雨戸を覆っていた。その雨戸を伝って蔦や葛が屋根まで這っており、手入れの行き届いていないというのが一目瞭然である。また、敷地内ギリギリにエアコンの室外機のジャンク品らしきものが積まれており、さながらゴミ屋敷の様相だ。さらに言うと、家の中からは何かしら微かな音律のようなものが聞こえてくる。

 少なくとも私が近隣住民であれば、行政に相談するのは間違いない。

 一見すると人が住んでいるようには見えない。家の中から聞こえてくる音楽は人が居住する証のような気がするし、家の正面、玄関の前に立つと、かろうじて人が出入りできるであろう隙間が見えた。それを通って、玄関前になんとかたどりつくと、それに合わせて聞こえてくる音楽も大きくなってきた。

 玄関のガラス扉を高橋ディレクターが叩く。


「おい、高。入らせてもらうぞ!」


 応答がない事を良い事に、高橋ディレクターは玄関扉に手をかけ、開けた。

 問答無用というその態度に、嫌な予感がちらりと脳裏をよぎる。

 玄関には靴がいくつか散らばっていた。それはボロボロの靴がいくつもいくつも捨てるように放ってあり、使っているのであろうかという靴だけが丁寧にそろえてあった。玄関から見える範囲も全てが物で溢れている。玄関扉を開けてからも、やはり、音楽は聞こえてくる。

 それと同時に、独特の臭いがする。

 何日も洗っていない体の臭い、汗とか人の身体が発する悪臭だ。


「誰もいないんですかね」


 音楽が聞こえてくる廊下の奥へと顔を向けながら、五条アシスタントが言った。

 一歩、家の中へと足を踏み入れた。家の敷地に入るというのはどこか緊張する。

 家の中は、物が溢れていた。玄関や外観からもわかるように、中も同様の有様だ。慎重に落ち着いて進む。もはや物で溢れて使い物にならない台所には目もくれず、襖を開けていく。どこかに高が潜んでいるかもしれない。包丁をこちらへと振りかざしてくるかもしれない、と思うと緊張が解けない。

 しかし、全ての部屋を検めた所であっても、高がどこかに潜んでいる事はなかった。

 が、彼が寝床に使っていたであろう和室で、手記があった。


「どこに行ったのか、これに書き残されてないですかね」


 五条アシスタントが手記のノートをぱらぱらとめくり始めた。

 が、その表情がどんどんと驚きと戦慄のものに変わっていく。


「こ、これって」

「なんだ。何が書いてあるんだ?」


 高橋ディレクターが五条の手から、手記を取り上げて目を通した。

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