調査5 ストーカー
宮野シンイチの居所を掴むのは簡単すぎたので省略する。
普段はサラリーマンとして、中小企業の一営業社員として働く彼は、趣味としてカメラをたしなむ男だった。家族構成は年老いた両親が地方で農家をしているのと、その地方行政の役所に勤める公務員の姉がいるらしい。好きなタイプは、深田恭子とのことである。
何故、それほど詳しいのかというと、それは。
「頼むよ! 目隠しをとってくれよ!」
今、その宮野シンイチは、SOC企画の車に拉致監禁されており、尋問の結果として得ることができた。
宮野シンイチの居所を掴んだ我々は、即座に車を飛ばした。そして、会社から自宅アパートに帰宅した彼に、自称深田恭子似と自負する高橋ディレクターが声をかけて車の近くへと誘導すると、五条アシスタントが背後から羽交い絞めにした。そして、高橋ディレクターにより、拘束をされて車に押し込められたという訳だ。
しばらく車で走り、人気のない山奥までついてから尋問が始まり、そこまでの情報を得る事が出来た。
「本田美奈子を知っているか?」
「知っているよ。俺がカメラで毎日撮っていたんだ。あんたら、あれか、雇われたヤクザか?」
「ちげぇよ、馬鹿」
高橋ディレクターが、宮野シンイチの腹を殴る。呻き声を口から漏らし苦しそうに悶えた。その苦しさは何となく伝わり、私も苦しくなった。
「似たようなものに感じられますけどね」
冷静に五条アシスタントはそう呟く。
ひそかに私も同意していたが、それを表立って表明する勇気はなかった。
「あの、宮野シンイチさん。ちょっとお話を聞きたいことがありまして、少し冷静になってもらえますかね。目隠しも外しますから。あ、私、五条と言います。あと、大声を出さないって約束してもらえますか?」
「わかった。わかった。声を出さない」
宮野の言葉を聞いて五条がゆっくりと目隠しを取り外す。宮野は初め、目隠しされていたことで目がくらんでいたのか眩しそうな顔をしたが、すぐに慣れたのか、怪訝な顔を見せる程度になった。優しげな語り口をしていたのが、目の前にいるのが刺青塗れの五条というのがそういう表情をさせたのかもしれない。
それから、五条は丁寧な言葉で、優しく語りかけた。
自分たちがどういう者であるのか、そして、今回本田美奈子を撮影した写真に写っていた物、そして、そのカメラが目的である、と。
名刺を手渡してはみたが、宮野シンイチはまだ不審がっており、仕方なく、携帯端末で我々が扱った題材を検索して見せたり、ホームページを見せる事でどうにか信用してくれた。
「それで、カメラなんだが、それをこっちに譲ってくれないか?」
「まさか、それを頼むためだけにこんな乱暴な真似に出たのか?」
高橋ディレクターからの頼みに、宮野シンイチは疑問を叫んだ。
呆れた顔をした五条が頭を下げる。
「そうなんですよ、この人、馬鹿なんで」
「あんたら、大変だな」
「恐縮です」
と、五条が詫びたところを、高橋ディレクターが軽く殴った。
そういう情景を見て、宮野シンイチの顔には憐みの感情と、恐れの感情の色が浮かぶ。
本来の目的であるカメラについては、宮野シンイチはぽつぽつと語りだした。元々からカメラを趣味としていた宮野シンイチであったが、長年愛用していたカメラが壊れた。そこで、中古ショップで売っていたものを手に入れたらしい。どこの中古ショップであったかというのも覚えており、そこは私もたまに利用する大手のリサイクルショップだった。
わざわざ、本田美奈子を写真で撮り続けていたのは、一つ、彼女のファンであったからだ。しかし、相引きの瞬間を見てしまい、愛情が憎悪へと変わって、写真を送り続けていたそうである。
「何で週刊誌なんかに送ったんだ?」
「相手の男が憎かったから。破滅すればいいと思ってたんだ」
そんな気持ちで写真を送ったはいいものの、結果として両者の破滅となってしまうであろう事は予測していなかったらしい。
「そのカメラは今どこにあるんだ」
「家にあります」
「譲ってくれって言ったら、譲ってくれるのか」
高橋ディレクターが高飛車に言う。
宮野シンイチは、拘束から解かれた腕を組んで、しばらく考え込んだ後に「別の代替カメラを提供してくれるなら」という条件を提示してきた。それであれば、何とかなるような気がする。カメラ一台を購入することくらいは、天内への経費請求とすればいい。
「交渉成立だな」
と、宮野シンイチと高橋ディレクターが握手をした。
それから、今度は宮野シンイチは自由なままに、車を走らせた。まさか自分が自宅からかなり離れた山奥まで連れてこられているとは思っていなかったのか。移動の最中は常に戦慄した表情で、車の窓から外を眺めていたが、だんだんと宮野シンイチの見慣れた風景が多くなってきて、安堵した表情が見えてくる。
アパート近くに停まると宮野シンイチは五条アシスタントと共に車から降りて、カメラを取りに向かう。しばらく待つと、カメラを持った宮野シンイチと五条アシスタントが戻ってきた。後部座席に座った彼らを高橋ディレクターは興味津々という風に見る。
「それが例のカメラか」
宮野シンイチは首を縦に振る。
その手にあるカメラは、古臭い印象を受けた。なんの変哲もない古臭さだ。確かに中古ショップで激安で手に入れたというのも納得である。細かな傷がどこかしらにあり、かなり使い古された、使い込まれたのであろうなと言うのが感じ取れた。が、意外だったのは、デジタルカメラだったことだ。昔ながらのフィルムカメラではない。
それを受け取ろうと、高橋ディレクターが手を伸ばす。
が、それをひょいと宮野シンイチは避ける。
「物々交換です。そちらの提供してくれるカメラを出してください」
「しっかりしてんなぁ、うちの事務所までついてこい」
高橋ディレクターはぶつくさと文句を言ったが、納得と承知する他ない。
そのまま、車は再び走り出して、SOC企画のある事務所へと一行は戻った。いつもの会議室へと宮野シンイチを案内して待たせる。その間に、高橋ディレクターは五条アシスタントにはカメラを探すように命じて、検証をさせて欲しいと宮野シンイチに申し出た。
と、いうのも、本当にそのカメラがあの赤いワンピースの女を必ず映すのか。本当に、あのアルバムの写真全てを撮ったカメラであったのか。
確認をしなければ、交渉は正式に成立しない。
宮野シンイチはそれに承知し、カメラを構えて、高橋ディレクターをパシャリと一枚撮った。
「おい、勝手に撮るなよ」
と、高橋ディレクターはぼやいたが、宮野シンイチは暖簾に腕押しというように興味なさそうである。
さっそくメモリカードを取り出して、パソコンに読み込ませる。
遅い読み込みの中、ヤキモキとしていたが、ついに画像が表示される。
「マジかよ」
宮野シンイチが感嘆の声をぽろりと口から漏らした。
写っている。
高橋ディレクターの後ろ、会議室の隅に立つワンピースの女が映っているのだ。もちろん、そこには誰もいない。会議室には、私と高橋ディレクター、そして、宮野シンイチの三人しかいない。それであるのに、確かに赤いワンピースの女が映っている。顔を何かの布で隠した赤いワンピースの女が。
「本物じゃないか」
パソコンのモニターを見ながら、高橋ディレクターが興奮を抑えつけるというような口で言った。
隣に立って覗き込む宮野シンイチも、初めて認識したのか、驚きの表情を浮かべている。
「写ってる」
「信じてなかったのかよ」
「だって僕、今まで使ってたけど、気にしたことなかったから。じゃあ、他の送った写真にも」
「写ってたぞ。見落としが過ぎるぞ」
会議室の扉が開いた。
五条アシスタントがカメラを持ってきたのか、と思い、三人してパソコンのモニターから目を話して、会議室の入り口へと目を向けた。
違った。
会議室の扉を開けて、中に入ってきた男の手には、包丁が握られていた。