調査3 本田美奈子
アルバムの写真を一枚一枚見ていった所、全ての写真に共通点があった。
一人の女が写っている。
例として取り出した写真を説明する。
その写真は京都の平安神宮の鳥居の前で昼間に撮影されたものだ。平安神宮の前には高さ24メートルの鳥居があり、その前で写真を撮る人は多い。その写真においてもその例に漏れず、家族が並んだところを撮ったものだった。その家族の後ろ、鳥居の脇に一人の赤いワンピースの女が立っている。
それだけの情報であれば、もう、なんてことない映り込みだ。しかし、その赤いワンピースの女の格好が異常そのものでしかない。顔こそ見えないが、それは、顔を何かボロボロの麻袋のようなもので隠しているからだ。何故隠しているのかすらわからない。昼間の、それこそ観光名所でわざわざ顔を隠すような袋を被る必要がない。
二枚目は、とある有名テーマパークだ。そこのテーマパーク内にあるお城を模した建物の前で仲良く映るカップル。何気ない写真の中に、その赤いワンピースの女が居る。同じように袋を被って顔は見えない。
三枚目は、とある家の中の写真。リビングで、誕生日ケーキを前にしている子供が写っている。その後ろにはテレビがあり、真っ黒な画面には、女が写っている。赤いワンピースの女がテレビの画面に反射して写っているのだ。
そのような形で、全ての写真に、その赤いワンピースの女が写っている。どの写真を見ても袋を顔に被って素顔はわからない。
そんな写真が全てのページに収められたアルバムが、SOC企画の会議室のテーブルの上に置かれていた。
「話が違うじゃねぇかよ!」
SOC企画の入っている雑居ビルで、高橋ディレクターは机を挟んで向かいに座る女に食って掛かった。
女の名前は、天内祐希。大手テレビ局のプロデューサーである。もっとも、彼女の名前がじかに番組に出る事はない。あくまで、彼女はプロデューサーという仕事をしているだけであり、番組の終わりの方にずらずらとスタッフの名前が流れるエンディングロールの中に自分の本名が流れるのを好まないのだ。ただ、何も流れないというのはよくないので自分の嘘の名前を流しているそうだ。それについて、苦情が来ることはあまりないらしい。
それもそうだろう。
誰も番組のエンディングロールなんて見ていない。
特に監督ならともかく、プロデューサーは見ていない。
と、いうのが彼女の持論である。真実は知らない。
兎にも角にも、その大手テレビ局プロデューサー、天内祐希は、SOC企画にやってきて、高橋ディレクターと対峙していた。
「落ち着きなさい、高橋。何も話は違ってないわ」
天内祐希は落ち着き払った声で言った。
ペースを握られまいと、高橋ディレクターはイラついた様子で声を荒げる。
「しかし、違うだろうが、俺はカメラとアルバムを」
「アルバムは」
話のペースを握られそうになったのを察知したのか、天内祐希が会話を遮った。
そして、テーブルの上に置かれたアルバムに手を添える。
「アルバムは見つかった。これがそれだという証人もいる。しかし、これ一つでは番組として弱すぎるわ」
「だが」
「それに、私はカメラとアルバムを見つけたら金を出す、と言ったのよ。言った言わないの水掛け論は好まないから、それについて議論するつもりはないわ」
天内が完全に話の主導権を握っている。
余裕綽々と言うように、天内は深く息を吸い込んだ。
どうやら正式契約として何かしらの書面で取り交わしていないらしい。
「カメラを見つけなさい。そうすれば、一つ、番組として面白くなるわ」
「あの、天内さん」
高橋ディレクターの隣に座っていた五条アシスタントが、控えめに割り込むように声を出した。丁寧な口ぶりで話すその姿は少し面白い。
「そこまで言いますけど、カメラが見つからないという可能性もあるじゃないですか。だとすると、我々としては、ちょっと予算的にというか。このアルバムを見つけるまでも費用かかってますし、コストパフォーマンスとして悪くなる可能性があるんですよね。それを考慮すると、あくまで、我々としてはそこまで重要視できないかな、と。何か天内さんにこう確信というかがあるんですかね」
その話を聞き終えて、天内は指を二つ立てた。
「一つ、金はこちらが保障します。先に、取材費用としていくらかを先に振り込む。これで十分?」
「ありがとうございます。契約書を準備しておきます」
「もう一つ。情報を提供してあげるわ。これが、面白くなるという確信」
「情報?」
高橋ディレクターが、不審げに眉を歪めながら疑問を投げかけた。
それを、受け取るように深く頷いた天内は、一枚の名刺をテーブルの上に置く。
なんであろうかと手に取る高橋ディレクターは、一目見てからこちらへと、カメラを持つ私へと名刺を向けた。
そこには
アンダーブリッジガールズ 本田美奈子
と聞き覚えも、見覚えのない名前があった。
「誰だよ」
「私の知人。正確に言うと、私の知人がやっているアイドルグループの一人」
「そのアイドルがなんだってんだ。生憎と、アイドルと共同取材っていうのはうちは企画としてあまり望まないぞ」
「いいえ、このアイドルからの話は聞いていいと思うわ。何故ならね」
にこりと、天内は笑みを見せた。
「この子、面白い話を聞かせてくれたのよ。それが聞いて驚かないでほしいのだけれども。この子、ストーカーに悩まされていてね」
「おいおい、呪いの次はストーカーかよ」
「話を遮らないで。そのストーカーから、写真が送り付けられるのよ。事務所から出るところ、家に出入りするところ、色々と撮影されている写真が送り付けられてくるのだけれども、そこに写っているのよ」
「まさか」
五条アシスタントは頭の中に浮かんだ想像を、そこで止めた。
高橋ディレクターは何も言わない。
天内は全てわかっているよね、とばかりの余裕の顔を見せながら言葉をつづけた。
「赤いワンピースの女が写っているのよ。その写真に」