調査1 事務所にて
SOC企画の事務所が入っているビル。その一室に私こと堀江が呼び出され、集合時間よりニ十分遅れて到着した。遅刻の理由というのは、ビデオカメラの所為だ。前回の撮影と記録の時に使っていたビデオカメラであるのだが、あれ以降、調子が悪くなってしまった。天下のSony製品であったというのに、いや、だからこそか、修理に持ち込んでいたのだ。それを受け取りに行く為に、馴染みのお店へと寄り道していたのが、時間を食ってしまった。
すでに事務所の机には、高橋ディレクター兼社長と、五条アシスタントがおり、二人してプリントと睨めっこしていた。
「遅いぞ」
と、高橋ディレクターから言われて、もうすでに企画は始まっている旨を告げられた。
私はカメラの録画を回しながら同じく、椅子に座る。
読者投稿がプリントアウトされているその紙に私が目を通すまで、二人は特に何も語ろうとはしなかった。
「堀江、五条、これをどう思う」
読者投稿がプリントアウトされた紙を高橋ディレクターは、テーブルに戻しおいた後そう聞いた。
五条アシスタントは、首に入れられた星の刺青を人差し指でさすりながらプリントに目を通す。
「なんていうか、あれですよね。二つとも共通点があるんですよね」
「そうだな。奇妙な共通点がある」
写真。
そこに映る謎の人物。
「でも、これって偶然でしょ。ありきたりな話ですよ」
「偶然?」
「心霊写真があって、それに知らない人が映っている。これが共通事項なんですよね。だとしたら、そんなのありきたりもありきたりじゃないですか? 例えばですよ。一つ目に映っている人が女性で、二つ目に映っていたのが男性かも知れないじゃないですか。だから、これ二つが、関連しているとは思えないですよ」
五条アシスタントは、プリントをテーブルの上に戻しながら言った。
確かに言う通りでもある。
箇条書きマジック。ある作品と、それ以前に作られた作品B共通点のみを抽出し、箇条書きにすることで、それらの盗作に仕立て上げる、といった手法。要は単なるこじつけに過ぎないのである。今先ほど、我々が目を通した読者投稿は、ただの別々の物語である。
「なんていうか、真夏の心霊特番とかの写真と同じような気がするんですよね。うちでやる必要あります?」
「ある」
高橋ディレクターは、はっきりと言い切った。
からには、何か理由があるのであろう。五条アシスタントは、何も言い返さずに、次の言葉を待った。
「二つある。一つはな。これが俺たちのファンから送られてきたってことだ」
「そんなの理由に」
「なるだろ。これは、この二人はだな。俺たちが調べてくれると思って投稿してきたんだ」
「そうですかね」
「そうに決まってんだよ」
高橋ディレクターが、テーブルをどんと叩いた。
五条アシスタントは怪訝な顔を見せる。
沈黙の二人が見つめ合う、険悪な空気が流れたのを察して、私は話を進めるため、咳ばらいを一つ。
「そ、それで、もう一つの理由はなんですか」
「そうだな。もう一つは、シビアだ。金だ」
親指と人差し指をくっつけてお金のジェスチャーを見せながら、わかりやすい理由を高橋ディレクターは提示した。
それから、今度はおほんとわざとらしい咳払いをして、冷静さを取り戻した風を装い、話を続ける。
高橋ディレクターが話した内容としては、簡単なものであった。確かに、この案件はテレビの案件向けだ。であるからこそ、アルバムであったり、カメラであったりのどちらかが手に入れば、それを元にトークショーであったりを開くことが出来るとテレビマンの知人から持ち掛けられたそうだ。そして、そういうノウハウを持っているそのテレビマンの知人が、高値で企画として買い取るという事らしいのである。
悪くない話である。
こちらの取材記録は、こちらの物として残す。
そして、具体的な物は、高値で売れる。
なるほど、そういう二つの利があるならば、高橋ディレクターが飛びつかない訳もない。
実際、そういう目論見を聞いてからは五条アシスタントも、乗り気に靡いている様子であった。
「まぁ、そういう事なら別に協力はしますけど」
と、五条アシスタントがぽろりと自信なさげに口からこぼしたのを、高橋ディレクターが聞き逃すはずもない。
「よし、じゃあ、SOC企画、第二回目だ」
カメラに向かって、びしっと力強く言い放つ高橋ディレクターは、間違いなく、自信に満ちていた。
「でも、また、前みたいに変な事に巻き込まれないですかね」
対照的なのは、五条アシスタントである。
彼は、少しばかり慎重になりつつある。もとから慎重な性格ではあった。しかし、言ってしまうと、臆病に近づいた。
慎重と臆病は違う。危険に近寄るとき用意して近寄るのを慎重とするならば、臆病は危険から遠ざかろうとする。
五条アシスタントは、臆病になりつつある。
「あ? 大丈夫だって。前も何とかなったんだからよ」
高橋ディレクターは、すっと椅子から立ち上がる。少し緩めのカーゴパンツに、フライトジャケットという恰好だ。そして、取材用機材が色々納められている金属ロッカーへと近寄るとその扉を開けて、中から、私と五条に持たせる機材を取り出してテーブルの上に置く。
「おっと、こいつも持っていかねぇとな」
「た、高橋ディレクター、それ」
高橋ディレクターが一番最後に、取り出したのは、金属バットだった。
あの時と違うのは、南無阿弥陀仏と天上天下唯我独尊と、ヘッド部分にマジックで殴り書きされている点だろう。
「いいだろ? これ、きっと、幸運をもたらしてくれるぜぇ」
そう言うと、グリップ部を持って、バッティングの構えを見せた。
「高橋ディレクター、タイトル、サブタイトル何にします?」
「おぉおし、そうだな。じゃあな。SOC企画 突撃! 心霊VSカルト宗教VSアウトロー Vol.2 呪いのカメラ、アルバム大捜索。スタートだ、この野郎!」
さすがに、スイングすることはなかった。