調査9 後始末
SOC企画の入っている雑居ビルに、私と高橋ディレクターは二人して編集作業に追われていた。
今回のケースにおいては、実害が発生しており、とくに、テレビ局の生放送中に刃物を持った襲撃というセンセーショナルな事件でもあるため、関係各位に対する配慮を求められることとなった。そのため、編集において普段は高橋ディレクターが一人で行う事であるのに、五条アシスタントを含め、私も駆り出されることとなったのだ。
「あとどの程度で、販売にまでもっていけそうです?」
「一週間後には販路に乗せる」
真顔でパソコンを睨みつける高橋ディレクターが言った。
「五条のやつはどこ行きやがった」
「昼飯を買いに行きましたよ」
「そうか。そうだったか」
私は定期的に睡眠をとっているが、高橋ディレクターはあまり寝ていない。おかげで目の下にはクマがくっきりと見えている。そんな生活ばかりをしているから、婚期をどんどん逃すのだと自分で自嘲しているくせして、そういう所での改善がない。最も、それは私も同じではあるのだが。
電源を入れっぱなしにしてあるビデオカメラを手に取る。
結局のところ尾田あどのカメラは破壊され、現物はない。あの手記を信じるならば、カメラが破壊されてなくなったことで、尾田あども同時に消滅したのだと思われる。最も、確証もない。もっとも、アクチェータ・高がその本懐を果たすことができたのは間違いはない。
大木戸博から紹介されたあのグエンという同僚であるが、彼の行方も今の所、不明のままだ。
休憩がてらにお菓子を指でつまみ、口に放り込む。
高橋ディレクターにも個包装のお菓子を差し出すと、パソコンのモニターを睨んだままに受け取った。
と、その時、あわただしい足音が聞こえてきたと思うと、扉が勢いよく開けられた。流石にそれには高橋ディレクターも目線を向けるほかなく、関心を引いた。扉を開けて入ってきたのは、五条アシスタントだった。彼は肩で息をしながら、口と目を大きく開けている。
「どうしたんだ、そんな慌てて」
「テレビ。テレビってありましたっけ」
「ないよ。今時、テレビなんて見ないからな」
「じゃ、じゃあ、ネットで」
五条アシスタントは、作業中の高橋ディレクターのパソコンへと近寄ると、インターネット検索を始めた。一体、何をし始めたのかと不思議そうに高橋ディレクターは見ていたが、動画配信サイトの一つ、テレビ局が生配信しているニュースチャンネルをクリックした。
なんてことない。交通事故のニュースだ。電信柱に軽自動車が突っ込んだ、その事故現場は幼稚園の近くで、あわや大惨事というような内容である。いつも、毎日、どこかである事故。そんな感じである。
一体、五条アシスタントは何を見せたかったのか。
その真意を問おうとした。
「あ」
高橋ディレクターが先に気付いた。
そして、モニターを指さす。
私はその指の示す個所を、目線で追った。
「あ」
気づいた。
気づいてしまった。
クシャクシャになった軽自動車をどうにかしようとする作業員。
その作業員たちの向こう側にいる野次馬たちの中に、本当に気づくかどうか雑踏の中に一人、
赤いワンピースの女が立っていた。