第2部 13 降伏②
一週間後、抜糸を終えた由美はタクシーで自宅マンションに帰った。
母からは一度実家に帰ることを勧められたが断った。
部屋のドアを開ける。
病院はもちろん、実家とも、柏木のマンションとも違うにおい。
窓を開け、換気する。
乾いた風がカーテンを揺らし、部屋の空気を攪拌する。
由美はソファにもたれかかる。光に照らされて、ガラステーブルに積もった細かな埃が白く輝く。
そのまま目を瞑る。
静かだ。
由美は立ち上がり、寝室のベッドで横になる。カーテンの隙間から漏れた光に壁紙の模様が照らされている。
ようやくこの部屋に帰ってきたのに、自分の中にある落ち着かない感情は何だろう。
由美は身体を起こすと、ベッドに座って、寝室を眺める。
好きなものしかないここは安全な世界で、誰にも邪魔されない憩いの空間。心をざわつかせるようなものは何もないはず。
クローゼットの中のジャケットもパンツも。本棚に並べられた本、チェストに置かれた化粧品もアクセサリーも。要らないと思ったものはすぐに捨ててきた。
見慣れない小箱は、柏木が去年くれたシャネルのルージュだ。自分には合わない色だと思い、まだ一度も使っていない。
由美は再び横になると目を瞑る。埃っぽい布団に受けとめられ、やわらかい闇の底にゆっくりと沈んでいく。




