第2部 12 衝撃②
拘置所を後にした由美は、駅に向かう。
無力感。記者として、高木瑠香をどう捉えればいいのかわからなかった。
「彼女は普通じゃない」
そう結論づけることは簡単だった。けれども、彼女の極論とも言うべき言葉に、ある種の強靱さを感じてしまうのはどうしてか。
正直に言うと、もっと彼女のことを知りたかったし、話をしたかった。だが、もはやそれも叶わない。
由美は編集部に向かうため、電車に乗る。
今朝の電話で、平井から伝えられた人事異動の件を確かめる必要があった。
会社用の携帯電話の電源を入れる。
すぐに夥しい数の着信履歴とメール受信の通知が届く。
由美は、それらには一切目を通さず、平井に“これから編集部に向かいます”とメールを送ると、乗り換えのため、秋葉原駅で下車する。
地上に出た所で、空を見上げる。ぽつぽつと雨が降り始めていた。由美は早足で岩本町駅に向かい、都営新宿線に乗り換える。
神保町駅に着いた時は、本降りの雨になっていた。
由美は出口近くのドラッグストアでビニール傘を買うと、差しながら通用口に入るための角を曲がる。
テレビカメラの姿が見える。それも一社だけじゃない二社はいる。
由美は即座にUターンする。
迂闊だった。
こっちにもテレビ局のクルーが来てるとは思わなかった。それだけのスキャンダルであり、少なくとも日本では、玲よりも和昌の方が大物ということだった。
正面玄関に入った由美は、警備員に社員証を見せると、通用ゲートをくぐり、エレベーターに乗る。
編集部に入る。
そこにいた全員が由美の姿を見て驚く。
由美はできるだけ堂々と歩を進めると、自席でフリーの記者と談笑していた富沢の傍まで行き、「編集長、お話があります」と声をかける。
富沢の顔から笑みが消える。
無関心の表情。
それでも、立ち上がると「じゃあ会議室でも行くか」と言って、歩き出す。
由美は荷物を置くこともせず、後をついていく。慌てて席を立とうとする平井を、頭を下げて制す。
編集部傍の会議室に入る。
「次の予定があるから手短に頼む」と言って、富沢はドア近くの椅子に座る。
こちらを見る目は鋭く冷たい。
「幾つかありますが、まずは記事の件です」
「『佐伯和昌の娘が勤める御用週刊誌』という評判が世間に定着する前に手を打つ必要があった。それと、独占スクープを狙うには、早刷り含めて外部に流出させたくなかった。それくらいわかるだろう?」
たしかにその通りだった。
「では、私の人事異動については?」
「詳しくは知らんが『あれだけ名前が出ると、現場でも使いにくいだろう』という会社の判断じゃないか」
「ですが、事前に何の通知もなく、いきなり書面でというのも……」
「中川は配属されて何年だ?」
「ちょうど4年経ったところです」
「だったら別におかしなことじゃない。それとも、自分だけは特別とでも思ってるのか?」
他の答えを言わせない聞き方だった。
「いえ」
「他に何かあるか?」
「私はこの話をお受けできませんので退職します」
「それは今日付か?」
由美が頷く。
「わかった。そのように会社にも伝えておく」
そう言って立ち上がる富沢に、「私は道具だったんですか?」と訊ねる。
眉間に皺を浮かべた富沢がこちらを見る。
「お前は勘違いしている」
「勘違いですか?」
「ああ、それも甚だしいレベルでな」
富沢が再度、椅子に座る。
「別にお前だけじゃない。程度の差はあれ、他人は皆、誰かの道具としての性質を帯びている。指示できるという点で見れば、中川は俺の道具だし、会社から見れば、俺も道具だ」
「組織と個人の関係ですか?」
「中川は『週刊プレス』の記者という立場で取材をし、本まで出した。それは、会社を道具として使った、ということでもある」
「つまり、私は『週刊プレス』の記者としては不要になったということですね」
「会社として、そういう判断をしたということだ」
「編集長としてはどうなんですか?」
富沢の目を見る。感情の読み取れない重い目をしている。
「聞きたいか?」
「はい」
「記者としては平均以上だが、他より頭一つ抜けている程度。テーマを見つける力、取材者の心を開かせるのはうまいが、深く掘り下げるのはもう一歩」
由美は頷く。
「だが、そもそも、会社がどうして中川を採用し、『週刊プレス』の配属にしたのかわからない」
「それは佐伯家だからですか?」
「俺が人事だったら絶対しない判断だが、会社に言われたら仕方ない。所詮、一編集長にそこまでの力はない」
「じゃあどうして、本まで出させたんですか?」
「売れると思ったからだ。佐伯家とあの内容であれば」
「それは佐伯家がなければ、売れなかったということですか」
「世の中そんなに暇じゃないからな。何を選択するのも『信用できそう』というのが一番で、人々はそれを啄んで生きてる」
「で、用無しとなればポイですか」
「暇じゃないから残酷なのさ。一度ついた世間のイメージから救い出せるのは、時間だけだ」
由美は黙り込む。
「もういいか」
富沢が会議室を出て行く。
由美はがっくりとうなだれる。
結局、自分は「佐伯家」以外に何もない人間と思い知らされる。
編集部に戻り、荷物の整理を始める。
異動の話を聞いた記者達が、外出前に一人ずつ声を掛けてきたため、片付けはなかなか進まなかった。
「おつかれさま」
「少しゆっくりできるな」
労いの言葉。異動ではなく、退職したことは言えなかった。
書類の山から、今後も必要になりそうな取材資料は、段ボールに詰めて、自宅マンションに。会社PCの取材データは、片っ端からポータブルHDDに移し替える。
その合間に総務部に向かった由美は、急遽用意してもらった退職に関する書類に署名し、社員証と会社支給の携帯電話を返却する。
最後に、まとめた荷物を台車に載せ、集荷場に運んでから、席に残っていた平井に挨拶する。
「お世話になりました」
平井は椅子から立つと、「デスクとして、もっと早くから力になれればよかったな」と言い、頭を下げる。
「最後まで迷惑ばかりで、申し訳ございませんでした」
「いや、最後まで頑張り続けた結果だ」
差し出された手を握る。
「本当にお疲れ様でした」
「ありがとうございました」
お互い深々と頭を下げた。




