第1部 7 由美と佐伯家⑥
その直後から由美は就職活動を始めた。志望はマスコミ業界、その中でも、出版や新聞を中心に考えていた。
年が明けてすぐ、アメリカの大手投資銀行の経営破綻に端を発した世界的な金融危機が生じた。その影響は、大沢内閣が長年の規制緩和政策によって、少しずつ上昇させてきた日経平均株価を吹き飛ばした。
日本経済は急速に後退し、再びの就職氷河期が到来。長年の規制緩和政策の負の側面がクローズアップされ、大沢内閣の支持率は低迷、遂には退陣に追い込まれた。
退陣を決定づけたとされる原因の一つに、和昌の失言があった。
「公約として掲げ、解散総選挙まで行い、大多数の国民の支持を得た上で実行した政策に対し、海外の金融危機を受け、株価が下がっただけで政権の功績まで全否定する。もはやこの国に民はいない。いるのは、損に喚き散らす衆だけだ」
講演会での発言に対し、マスコミによる大批判キャンペーンが始まった矢先、和昌は自宅階段から転落した。
由美がその知らせを聞いたのは、『週刊プレス』を発行する潮談館の内定者懇談会の最中だった。
休憩時間に携帯電話の電源を入れると同時に届いた、実家からの夥しい数の着信履歴にただ事じゃないと悟った。同じタイミングで、出版社の人事担当者が由美を探しに来た。
事情を聞いた由美は、懇親会を途中で抜け、搬送先の大学病院に向かった。電車で最寄駅まで行き、タクシーに乗る。病院の前には報道陣が集まり、敷地に入っていく車両にカメラを向け、フラッシュを焚いている。
事前に電話で集中治療室にいることを聞いていた由美は、控え室に案内してもらう。
控え室には、母と、長年和昌の公設第一秘書を勤める西村がいた。
脊椎損傷と診断された和昌は、予断を許さない状況だった。
「玲には伝えたの?」
椅子に座った母に尋ねる。
「それは私から」
答えたのは西村だった。
「連絡取れました?」
「いえ。ですが、緊急の連絡先は聞いてましたので、そちらに」
じゃあ期待薄かな、と由美は思った。
そこから数時間、由美と母は控え室で医師からの連絡を待った。
目を開けた由美が壁に掛かった時計を見る。日付を跨いでいた。
着信が鳴り止まない様子の西村が「ちょっと」と言って控え室を出てから、既に2時間以上経っている。
「一度交代で家に帰ろうか」
母に相談しようとしたところで、控え室のドアがノックされる。
「どうぞ」
由美が答え、扉が開く。
最初の足音でわかった。
「玲!」
由美より先に立ち上がった母が駆け寄る。
「母さん久しぶり」
「まったく……あなたは……」
玲の胸に顔を埋めた母は涙声だった。
由美は玲を見る。
黒のスキニージーンズに、白のTシャツ。Room社のキャンペーンの時はロングだった髪はショートになっている。
「由美も久しぶり」
玲の挨拶を、由美はほとんど聞いてなかった。
8年ぶりに見た実物の玲の容姿に目を奪われる。
顔の小ささ、腰の高さ、脚の美しさ――玲が家を出た時、由美はまだ中学一年生だった。当時はまだ、自分も成長すれば……と思いながら、その姿を見ていた。
でも、8年ぶりに見て気づいた。違う。あり得ない。同じ生き物と思えない。
「お医者さんが呼んでる。『意識が戻った』って」
玲が話す。
「本当に?」
母が顔を上げる。
「私はもう話してきたから。二人とも行ってあげて」
「あなたは?」
母が尋ねる。
「私はもう行かないと。マスコミに気づかれる前に」
「そもそも、どうやってここに来たの?」
由美が訊く。
「それは内緒なの」
玲はそう言うと、部屋の外に出る。
「二人ともまたね」
玲はICUとは逆方向に歩いていき、振り返ることなく階段に消える。
由美は母とICUに向かう。
二人を見た和昌の第一声は「玲が来たぞ」だった。
翌年、大学を卒業した由美は、潮談館に入社した。新入社員研修中には、玲が政治家への転身を表明したが、社会人になった由美には関係のない話だった。
三ヶ月の新人研修を終え、『週刊プレス』への配属が決まった由美は、富沢の希望により、人事部長を交えての事前面談が行われた。
「佐伯さんは、記者として本名で活動するつもり?」
挨拶もそこそこに、富沢が訊ねる。
「どういうことですか?」
「いや、佐伯さんが記者を長く続けていくつもりがあるかどうか、また実際、長く続けられるかはわからない。けど、まあとりあえず今はイエスとしよう。そうなると、記者間のつながりとか信用といった点で、できるだけ同じ名前で書く方が良い」
由美は頷き、次の言葉を待つ。
「次。自分とここにいる人事部長は、佐伯さんが民貴党の佐伯和昌の娘であり、世界的モデルだった佐伯玲の妹であることを知っている。でも、世間のほとんどは知らない」
富沢の視線は冷たい。
「最後。佐伯さんの書いた記事でトラブルが起きた場合、一人で背負おうとしても無理だから。否が応でも、記事を載せた編集部と出版社、あとは、佐伯さんに限っては、家族にも影響が出るかもしれない」
由美は頷く。
「わかってる?」
「はい」
「それでた。マスコミの中でも週刊誌記者は、他よりも頭を下げることが多い。逆に言うと、頭を下げることのできない人間にこの仕事は務まらない。どうしてか。週刊誌の仕事を一言で言うと、別の声を拾い上げること。そのためには、話したくないこと、わざわざ他人に話す必要のないことを、話してもらわなければならない。加えて、どんなに頭を下げても、報われることはほとんどない。罵られたり、軽蔑されたり、脅迫されたり、そんな仕事。それでもやる?」
「はい」
しばらく見つめ合った後、富沢が相好を崩す。
「すまんね。これ言っとかなきゃダメなんだよ。記者志望の中には、報道に対してある種の理想像を持ってたり、正義の味方みたいに考えたりする人間が必ずいてね。編集長とはいえ、俺もサラリーマンだから。そんな奴の責任まで取りたくないんだよ」
「はい」
「佐伯さんは大丈夫な感じだね。じゃあ来週からよろしくお願いします」
富沢が頭を下げる。
「よろしくお願いします」
由美も頭を下げた。
「ペンネームは考えたら、自分と人事部宛にメールで知らせてください」
最後に、富沢はそう言った。
そこから由美は、『週刊プレス』の中川佳織として、事件系を中心にしつつも、幅広い企画を出しながら、書き続けてきた。
自ら企画を考え、駆け回り、頭を下げ、記事を書く。それが佐伯和昌の「娘」、佐伯玲の「妹」ではない中川佳織として生きていくことだった。
もちろん仕事は激務で、特に配属当初は、先輩記者の手伝いで、高校の卒業アルバム片手にひたすら電話をかけ続けるといった雑用もたくさんこなした。
仕事の愚痴を言い合おうと、大学時代の友人と食事の約束をしても、配属してからの三ヶ月で、ドタキャンした回数が6回を超えてからは数えるのを止めた。そして、奇跡的なタイミングで食事ができた際も、同級生と由美の間では、愚痴の性質がまるっきり違っていた。
由美が話をする。皆、初めのうちは興味津々。だが、すぐに言葉を失い、最後は、由美へのエールで終わる。
由美は必死だった。
「自己を確立する。そのためには、結果を残さなければならない」という考えは変わっていなかった。
自分にしか書けない記事は何か、そのためにすべきことは何なのか、ということを常に考えていた。
「数ある記事の中から、読者が読もうと思うタイトルは?」
「読者の好奇心を満たしながらも、最後は腑に落ちるような構成にするには?」
「少しでもインタビューを受けてもらう確率を上げるための手紙の書き方は?」
「記事になる言葉を引き出すための質問法は?」
試行錯誤を繰り返しながら、何とか自分の型を確立しようと取り組んだ一年目。そして、目の前の企画や日々起きる事件、大災害と向き合い、がむしゃらにくらいついた二年目。




