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第1部 7 由美と佐伯家⑤

 3ヶ月後、由美は柏木から、バンドの1stアルバムのレコーディングが終わったことを聞いた。

「おめでとう」と祝福する由美に、柏木は「ありがとう」と返した後、「でも、これからだよ。どこまで続けられるかわからないバンドの」と続けた。

 そして、リリースされたアルバム『緊急煽動警報』は、海外の音楽メディアを中心に“マスコアにおける新たなランド・マーク”として高い評価を受けた。


 全23曲計59分のマスターピースを作り出したこの3人の日本人は、ドラム、ギター、ボーカルの各パートで、この分野における新しい音像をハッキリと形にしている。獰猛性を失うことのないブラストビートを刻みながらも、テンポチェンジを繰り返し、一曲一曲のドラマチックな展開をリードするドラム。ノイズの濃淡を自在に操りメロディーを奏でるギター。そして、歌詞を放棄した結果、表音・表意の象徴性を捨て去り、音素・音節そのものがもつエネルギーを剝き出しにしたボーカル。

 それらが一体となった演奏は、ドラムスのTAKEによるクリアな録音とミキシングもあり、春の嵐のような無邪気さを感じさせる。今後シーンには、本アルバムの影響を受けたバンドが数多く出現することになるのでは?――そう予感させるほどに、様々な技術とアイデアが詰め込まれた傑作。


 そして、いよいよアルバムのリリースツアーをシアトルから始める5日前、ボーカルのカツが自宅アパートで自殺した。

 翌日、バンドは公式ホームページでカツの逝去を報告し、予定されていた全公演のキャンセルとバンドの解散を発表した。

 由美はニュースを知ってすぐ柏木に電話しようかと思ったが、柏木の状況を想像し、文頭に“落ち着いてからの連絡でいいです”と書いた上で、心配している内容のメールを送った。

 三日後、柏木から“今日どこかで会える?”というメールを受け取り、由美は新宿の喫茶店に向かった。

 店に着いた時、柏木は合成皮革のソファに座って、メロンソーダを飲んでいた。

 由美に気づいた柏木が、軽く手を挙げ合図する。

 少し離れた所から見る限り、普段と変わらない様子だった。正面に座り、近くから見ても、その印象は変わらない。

 水を持ってきた店員にコーヒーを注文した後、「この店のコーヒーはあまりオススメしないかも」と軽口を叩いた時、少しだけ疲れている様子が感じられた。

「急に呼び出してごめん。あと、来てくれてありがとう」

 柏木が頭を下げる。

「全然気にしてないから。思ったより元気そうでよかった」

「まあ、昨日までは本当に大変だったんだけどね」

 そう言うと、柏木は、ここ数日の出来事を由美に話す。

 その日、所属事務所での打ち合わせにカツは現れなかった。マネージャーが携帯電話に連絡しても繋がらず、事務所の別の社員が自宅アパートを訪問。鍵のかかっていない室内に入ると、押し入れで冷たくなっているカツを見つけた。そこから、警察と消防への通報、事務所への連絡。柏木は、マネージャーから電話でカツの死を聞いた。

 警察の事情聴取を受けた後、すぐに国内と海外のマネジメント会社と直近の対応について会議。

 カツなしでのバンドの存続はありえず、解散はすぐに決まり、ホームページでカツの死とバンドの解散、全公演のキャンセルを発表。

 その後、ドラムのメンバーとカツの実家に訪問したが、追い返されたという。

「まあ、仕方ないよね。向こうからすれば、俺達はカツとカツの家族の人生を滅茶苦茶にした存在だから」

 柏木は窓の外に目を遣る。

「そうだったんだ……。そんな気安く『大変だったね』なんて、とても言えないけど、最初見た時は、思ったより疲れてないのかなって思ってた」

「疲れてるよ」

 柏木が向き直る。

「自分はまだそう言える。でも、あいつは言えなかった」

「結局、理由はわからなかったの?」

「警察にもしつこく訊かれたよ。『同じバンドのメンバー。言ってみれば、仲間なわけだ。それなのに何も知らないのか』って。遺書もないしね」

 頼んだコーヒーが届き、ミルクとシロップを入れた所で、「たぶん死んだ理由なんてどうでもいいんだろうな」と、窓の外を見たまま柏木が呟く。

「理由を知ることで、理解したと思い込み、忘れていく」

 少しだけ無精髭の生えた柏木の横顔を見ながら、由美は言葉の続きを待つ。

 視線に気づいた柏木が「ごめん、何言ってるかわからないよね」と苦笑する。

「でも、自分は話をしながら考えを整理していくタイプの人間だから。迷惑かもしれないけど、もう少し聞いてもらっていい?」

 由美は頷く。

「ありがとう」と言い、柏木はバンドのこれまでを話し始める。

「元々、このバンドは、自分とドラムのタケが、売れないのはわかってるけど、かっこいいインダストリアル・メタルをやりたいってことで始めた。最初は、ラジオやテレビのニュース、スポーツ実況やアニメ、特撮ヒーローの音声をコラージュしたものを流しながら、即興演奏する感じだった。これを続ける限り、どう考えてもデビューなんかできないけど、元々そんなつもりもない遊びのバンドだった。で、自主製作した音源をファイル共有ソフトで流してたら、その曲を使ったMADムービーが動画サイトに投稿されて話題になったらしく、月一でやっていたライブの客がどっと増えた。

 その中の一人にカツがいた。ライブが終わった後、『ボーカルやらせてくれませんか?』って、今のカツしか知らない人間からすると、想像できないくらい小さな声で話しかけてきた。元々ボーカルを自分からやりたがる人間って、大体が自意識過剰で繊細な人間がほとんどなんだけど、当時のあいつもそんな感じで、体格の割に極端に人見知りだった。

 訊くと、バンド経験もないと言うし、お断りしようかなと思ったけど、まあ『ボーカルさせてくれ』って言ってきた最初の人間だったし、一回スタジオに入ってみようかってなった」

 話を止めた柏木が目を瞑る。

 由美には、柏木が過去を思い出として、捉え直そうとしているように見えた。

「最初のスタジオに、カツは高校の制服姿で来た。『とりあえず適当に演奏するから好きなように歌って』って伝えて演奏始めたけど、マイク持って目を閉じたままなかなか入ってこないわけ。で、タケと合図して、一回演奏止めようかって思った時だった。カツがうなり声のようなものをあげて、演奏に参加してきた。

 その一声を耳にした途端、自分もタケも演奏を止められなくなった。言葉で表そうとしても、陳腐なものにしかならないけど、本能を先導できる声っていうのかな。一瞬で、自分もタケもカツのとりこになっていた。演奏しながら、自分達の奏でる音楽に鳥肌が立ったのは初めてで、そのままぶっ続けで何十分も演奏して、タケが『もう無理』と演奏を止めた時には、答えは決まっていた。

 そこからオリジナル曲作りながら、毎週都内のライブハウスでライブしていたら、たまたま観に来ていたイベンターに誘われて、今度来日するハードコアバンドのオープニングアクトをやらせてもらう機会があった。その時、バンドのボーカルにデモ音源を渡した。彼はレーベルを主宰していて、気に入ったバンドがいたらCDを出したりしていたから。そしたら2ヶ月後、『今度全米ツアーやる予定があるけど、一緒にまわる予定だったバンドがキャンセルになった。もし、滞在費自費でもよければ一緒にまわらない?』『その後、うちのレーベルからアルバム出さない?』って話をもらった。

 それがちょうど去年の今頃の話かな。すぐにメンバーで話し合った。一番の問題はカツだった。当時、あいつはまだ高三だったから。タケとは事前に話をしていて、今回は断るつもりだったけど、カツが『家族は説得する。もしこの話を断るなら、バンドを抜ける』と言って、聞かなかった。結局、カツは高校を辞めて家を出て、一人暮らしを始めた。

 もう一つ、滞在費については、タケがドラムテックとして既に業界でも評判になり始めていたから、その伝手で事務所を見つけて契約。費用を負担してもらえるよう話をつけた。

 9月から2ヶ月のアメリカツアー。その頃からアルバム用の曲作りを始めて、帰国後は、一年以内にアルバムをリリースするという契約に従って、曲作りとライブの繰り返し。

『大きなチャンスだ』『お前ら運が良いな』『羨ましい』とか、色々周りは言ってたけど、正直そんなこと考える余裕なんか全然なかった。自分達の選択の結果とはいえ、いきなり身の丈に合わない大きな舞台に上げられた中、生き残れるようにって感じで毎日必死だった。

 特に、年明けからは、ほぼ毎日スタジオに入って、アレンジをどうするかで口論の繰り返し。バンドの雰囲気は最悪で、佐伯さんが観に来てくれた一月末のライブも出来としては最低に近かった。

 でも、メンバー全員マズイと思ったのか、あの日の打ち上げで、酒も飲まずに三人で朝まで思いの丈をぶつけあってから、少しずつ雰囲気も良くなってきて、レコーディングを終えて、マスタリングの済んだアルバムを通しで聴いた時、自分達の全てがそこにあると思える、本当に最高のアルバムができたと思った。リリースツアーのチケットも売れてたし、12月には国内でのワンマンライブ。年明けに再度アメリカツアーを行った後、夏にはヨーロッパツアーとフェス出演の話まで決まってた」

 柏木は、再度言葉を止めると、メロンソーダではなく水を飲んだ。

「ここ数日の間、死ぬ前日のあいつの様子を何百回と思い出した。メンバーだけでスタジオに入って、通しでのリハーサルをした後に、録音した音を全員で聴き直した。すごい演奏だった。聴き終わった時、あいつが『すごい。俺達すごい』って言った。それから、『もう一度家で聴きたい』って言うから、CD-Rに焼いて渡した。おどけながら小躍りするカツを見て全員で笑った」

 柏木は腕を組んだまま、しばらく黙っていた。

 由美はかける言葉が見つからなかった。

「でも、まあ終わったんだけどねー」

 唐突に、柏木は大きく伸びをする。

「別に答えを求めて聞くわけじゃないけど……これからどうするの?」

「そうだよね、また将来を考えなくちゃいけないんだよね。でもまあ、とりあえず大学を卒業するかな」

 その後、一年留年したものの、柏木は無事に大学を卒業した。また、在学中に新しいバンドを結成してレコーディングを行い、イギリスのレーベルからアルバムを発表。卒業と同時にヨーロッパツアーを行った。

 翌年には、再度のヨーロッパツアー、アジアツアーを行い、今は、次のアルバムの準備をしていて、時間がある時には、麹町のカフェのオーナーが経営する新宿のバーでアルバイトをしている。


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