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第1部 6 私の物語③

 由美が昨日の取材内容をまとめていると、会議を終えた編集長とデスクが戻ってきた。

 直ちに次号の特集企画が編集長から記者達に一斉メールで伝えられる。

“女性の反逆――今女性に何が起こっているのか”

 取材のまとめを終え、由美が編集長からのメールを読んだ所で、「中川、次号の特集見たか?」とデスクの平井から声をかけられる。

「はい」

「中川には、以前から企画を出してもらっていた二本を書いてもらう。一本は、夫殺しの中山被告の判決前インタビュー。もう一本は、熟年離婚の現状に関する記事だ。いけそうか?」

「はい、大丈夫です」

「昨日の瀧クリ事件のまとめは?」

「あとは簡単なチェックだけです」

「そっちは笹塚が応援の記者と一緒に担当するから、終わったら回してくれ」

「わかりました」

 チェックを終え、写真と共に笹塚に送付した所で、「ちょっと『オンナの末路』の資料を持って、第三会議室に来れるか?」と、今度は富沢に呼び出される。

 由美が会議室に入る。そこには、富沢と平井ともう一名――首から社員証を下げた若い男性がいた。

「彼は新書編集部の金子君だ」

 富沢の紹介を聞きながら、由美は椅子に座る。

「昨日の瀧クリの事件後、すぐに電話をもらってな。『オンナの末路』をできるだけ早いタイミングで出版したいそうだ」

 あまりの急展開に、状況を飲み込めず、頷くことしかできずにいる由美に対し、金子が説明を始める。

「週刊プレスでの連載はこれまでも読んでいました。様々な罪を犯した女性の過去。年齢も違えば環境も異なる彼女達の人生を丁寧に汲み取り、できるだけのままで提示する」

「ありがとうございます」と頭を下げる由美とは対照的に、金子の言葉は、ますます熱を帯びたものになっていく。

「現代のメディアで取り上げられる女性の話って、最初から見方が決まっているじゃないですか。例えば、女優や業界のトップランナーとか。もちろん彼女達は、何も悪くないんですけど、そこで語られるのは、彼女達の活躍、その裏にある努力と苦悩。一時間くらいのテレビ番組でも、テレビを消した瞬間には忘れてしまう。でも、中川さんの記事はそうじゃない。丁寧に取材されて書かれた内容で、一人ひとりの人生の濃さが描かれている」

 金子があまりにも手放しで褒めるので、由美はむず痒くなると同時に、裏に何かあるのではと警戒心を抱く。

「それで、以前から富沢さんには『機会があったら是非』とお願いしてたんですけど、昨晩と今朝の事件から、ここだと思って」

「書くとしたら、どういった構成になりますか?」

 できるだけ平静を装ったが、恐らく全身から前のめりな気持ちが表れていたに違いない。

「基本的には、記事に加筆修正を加えた形で再構成して、各章に一人を取り上げて章立てします。それから、これは長くなくてかまいませんが、最初の章と最後の章を書き下ろして頂いて、今回取り上げた女性達の総括と、現代の女性像について書いて欲しいと思っています」

 金子の言葉に合わせて、頭の中の目次に見出しの言葉を埋めながら、締切を逆算していた由美は、慌てて「私に現代の女性像をですか?」と訊ねる。

「そうです。出せば売れると言われた新書の春も今は昔。新書レーベルの創設ラッシュからおよそ10年が経って、競争はますます激しさを増しています。だからこそ、注目されるタイミングとタイトルで売りに行く必要があるという点では雑誌と一緒ですが、新書が書籍である限り、仮説という答えが必要となります。これは必ず書いていただかなければなりません」

 由美は戸惑いを覚える――私が書いてきたのは、それぞれ全く立場の異なる女性の物語に過ぎず、そこから、現代の女性像が出てくるとは思えない。

 そんな由美の心情を読み取ってか、富沢が声をかける。

「中川、お前が配属された時に俺が言った言葉を覚えているか?」

 由美が頷く。

「『週刊誌の仕事は、別の声を拾い上げること』ですか?」

「そうだ。週刊誌の仕事は、世の中にない声を拾い上げること。なぜそう言ったか。俺はそれこそが売れる記事になる最短ルートだと信じているからだ。俺達、週刊誌メディアは、イエロージャーナリズムと呼ばれたりする。俺にはとてもそうは思えないが、テレビや新聞が正面から社会悪を暴く純白のナイト様とするなら、俺たちはゴミ箱を漁って記事を書く薄汚れた三文記者ということだ。けどな、だからこそ俺たちはナイト様には立ち入れない部分まで入りこんで記事を書くことができる」

 由美を見る富沢の眼に力が入る。

「いいか、中川。これはチャンスだ。同じ仕事をしていても、こういったチャンスを掴める奴は多くない。自分がどういった立場なのかを考えず、テレビや新聞と同じ内容を過激な言葉で装飾しただけの記事を書けば良いと思っている人間には、こんなチャンスは一生来ない。中川がどれだけ意識していたかはわからないが、少なくとも別の声を拾おうと、精一杯もがきながら書いてきたんじゃないのか」

 由美は目頭が熱くなるのを隠すのに必死だった。身近な人間から、はっきりとした言葉で認められることが、これほどの喜びを与えてくれることを、由美は初めて知った。

「書きます」

 由美ははっきりと答えた。生き残るため、このチャンスは絶対に掴まなければならなかった。


 その後も、出版に関する打ち合わせは続き、書籍のタイトルは『オンナ達の末路』とし、サブタイトルは宿題になった。

 それ以外にも、由美には、今週中にこれまでの原稿の整理を行い、まず誰か一人を一章にまとめてみること。平井から伝えられている中山の判決前のインタビュー記事と、熟年離婚の記事は今週必ず書き上げることを、富沢から伝えられた。

 また、富沢は、次週以降、書籍の入稿までは、本誌の仕事をセーブしても構わないと伝えたが、この提案には「いくらなんでも、中川を優遇しすぎじゃないですか」と平井が口を挟んだ。

「どうしてだ?」

 富沢が平井を見る。

「フリーの記者ならともかく、中川は社員でしょう? これじゃあ他の社員に説明できません」

「説明する必要などないだろう」

「そういうわけにいきませんよ。編集部所属の社員なのに、『本誌の記事も書かずに何してるんだ』って話になるでしょう」

「わかってねえな、これは本誌の為でもあるんだよ」

 そう話す富沢を、平井と由美は黙って見る。

「『週間文化』には、抱えている記者の数からして同じ事をやっても勝てない。となると、うちは独自企画をしっかりやって、うちでしか読めないと言われるような読み応えのある記事を増やして勝負していくしかないんだよ。若手社員にとっても、そういった記事を書くための経験が、その後編集者になった時にも生きてくる。だから若手社員の記者がやることに価値があるわけだ」

「じゃあ、それを他の記者に伝えないとダメでしょう」

「伝えなくてもいいんだよ」

 平井の顔一杯に困惑が浮かぶ。

「気づけない人間はそれまでだ。自分がどうやって生き残っていくか考えず、口を開けているだけの人間に教えてやる必要なんかない」

「それだと、なかなかさっき話したような筋書きにはならないんじゃないですか」

「その時は廃刊だな」

 富沢が豪快に笑う。

「編集長は一体どっちなんですか」

「どっちでもいいんだよ。『ケツは持つけど、ケツは叩かない』が俺のポリシーだ。だから、誰かが別の考えを実行して、そっちの方が良けりゃそうする」

 平井はそれ以上何も言わず、打ち合わせは終わった。


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