第30話 出奔武士のやり直し
別視点の幕間となります。
拙者の名は、コジロウ・ヤナギダニ。
拙者の生まれ故郷である東の国では四年に一度、国一番の猛者を決める剣術大会が開催される。
予選は木刀を使った模擬試合で進められ、決勝のみ本物の刀を使った真剣勝負で雌雄が決する。
「一本! それまで!」
東の国を治める大将軍の御前で行われた剣術大会の決勝戦。
ヤナギダニ家の家紋を背負って立つ拙者は、あろうことかその大舞台で失態を犯した。
溢れんばかりの観衆の声に怯み、試合の最中に刀を落としてしまったのだ。
果ては最強のモノノフだと期待していた皆の態度は、その一戦を境に裏返る。
向けられるのは哀れみの視線と嘲笑、そして失望の声。
あの情けない試合はなんだ。
コジロウ。貴様は将軍様の顔に泥を塗った。
ヤナギダニ家もこれで終わりだ。お家断絶だろう。
周囲から向けられる冷ややかな視線に絶えられず、気がつけば拙者は出奔していた。
行く当てもない逃避行。
日銭を稼ぐために冒険者となり、過去を振り切るように魔物を狩り続けた。
奇しくも拙者には魔物狩りの素質があったようだ。
武芸者ではなく、冒険者としてなら最強を目指せる。
遠く離れた異国の地でなら、もう一度人生をやり直せる……。
拙者は迷いを断ち切るために情を捨て、我武者羅に刀を振り続けた。
そうして、いつしか『天剣』とまで呼ばれるようになった。
ああ、それなのに……。
「コジロウ、破れたり!」
拙者はユウキ殿に負けた。完敗だった。
つい先日まで赤子のような力しか持ち得なかった、あの年端もいかない若者に。
「愛だよ……」
ユウキ殿は語った。力を得た理由。それを愛だと。
拙者が無用と切り捨てた情の中にこそ最強への近道があると。
◇◇◇◇
「ふぅ……」
ほの暗い洞窟の奥にて座禅を組む。明りは蝋燭の一本だけ。
拙者なりの答えを探して山に籠もり、早数週間。
「愛とは……。力とは……。拙者にはわからぬ……」
暗闇の中で相対するのは己自身。
しかし、今だ答えは見つけられずにいた。
「その答え、教えてあげましょうか?」
「何奴っ!?」
突如、暗闇の向こうから声をかけられた。
地面に置いていた刀を手に取り、謎の人物と対峙する。
闇の中から現れたのは――
「はぁ~い。久しぶりね、コジロウくん」
「メイメイ殿……?」
暗闇から現れたのは、パーティーメンバーのメイメイ殿だった。
契約が切れてパーティーから抜けたと聞き及んでいるが……。
いや、今はそんなことよりも。
「メイメイ殿が何故ここに?」
刀の柄に手を添えて、メイメイ殿を睨み付ける。
拙者が山籠もりをしていることは誰にも明かしていない。
気配を悟らせず、このような距離まで近づかれたのもおかしい。
拙者が警戒を続けていると、メイメイ殿は肩をすくめた。
「そう怖い顔をしないで。アタシちゃんはコジロウくんとビジネスの話をしに来たの」
「拙者に依頼でござるか……?」
「アタシちゃんの研究室に賊が侵入してくるみたいでね。天剣と呼ばれたアナタならボディガードとして申し分ないでしょ?」
「用心棒ならロイス殿の方が適任では?」
「ダメダメ。彼にはフラれちゃったから。コジロウくんも知ってるでしょ?」
「ユウキ殿か」
「そういうこと。ホント妬けちゃうわ。あんな根暗ちゃんのどこがいいのかしら。でも、これでよかったかもね」
メイメイ殿はクスリと口元を緩めて、拙者に流し目を送ってきた。
「これで心置きなく本命を堕とせる」
「どういう意味でござるか?」
「もぅ。コジロウくんったらわかってるくせに」
メイメイ殿は音もなく拙者の懐に入り込んできた。
まるで瞬間移動したかのように。
「前からコジロウちゃんを狙ってたってことよ」
「……っ!?」
メイメイ殿に真っ正面から見つめられ、拙者は動きを止めた。
「ば、バカな……!」
否。動けなかった。
手足はおろか、まばたきすら許されない。
かろうじて口だけは動かせた。
「ふふふ。いい子ね。何も怖がることはないわ」
メイメイ殿は長くてしなやかな指で拙者の頭を撫でると、妖艶に微笑んだ。
「最強になりたいんでしょ? アタシちゃんがその願いを叶えてあげる」
「なんだと……?」
「御前試合で負けた本当の理由、知りたい?」
「……っ!?」
「アナタは観衆の声に怖じけづいたんじゃない。人をあやめることに躊躇したのよ。人間としては正しいけど、武士としては失格ね」
「何故そなたがそのことを知っている!?」
「そんなことはどうでもいいじゃない。いま大事なのは、アナタには人殺しの経験がないってこと。魔物相手には無双を誇るけど、人間が相手となると刀がブレる」
メイメイ殿は拙者の頭から手を離すと、鼻を鳴らして見下したように笑った。
「ああ、だからユウキちゃんに負けたのね。本当にお優しい武士さまだこと」
「黙れ……!」
激情に駆られた瞬間、体が動いた。
抜いた刀でメイメイ殿に斬りかかる。
だが――
「【シャドウゲート】」
「消えた……!?」
正体不明の魔法スキルが発動。
切り伏せたはずのメイメイ殿の姿は、霧のようになって消えてしまった。
「あはは! やればできるじゃない!」
周囲を漂う霧の向こうからメイメイ殿の声がこだまする。
声はすれど姿は見えず。
「面妖な! さては妖魔の類いか!」
「くすくすっ。アタナは情を捨てたんじゃないわ。己の弱さから逃げているだけ。アタシちゃんがその弱さを食べてあげる」
「なに……?」
「人としてのくだらない感情を捨てればアナタは強くなれる」
深い闇の向こうに赤黒い光が輝いた。
地面に黒い刀身の刀が突き刺さっている。
「その刀の名はムラサメ。アタシちゃんからの愛よ。受け取って」
禍々しき黒い光を放つ妖刀を前に、拙者は――――。
幕間はこれにて終了。ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回から第3章、魔竜の洞窟編になります。
これまでの伏線を回収して因縁に決着がつきますよ。
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