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景色の手入れ 

掲載日:2023/03/15

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ここのお地蔵さん、かぶっている布が新しくなっている気がしないかい?

 これって、お寺さんとかがやっているのかな? それとも地域で行う人が決まっているとか? いずれにせよ、自分で動けないお地蔵さんにはありがたいことだね。

 こーちゃんはさ、自分の身に着けるものをよく取り替えたりしているかい? ひとり暮らしを始めて、あまり人を部屋にあげないっていうパターンだと、服とか着たきりすずめになっちゃうと聞いたことがあるよ。

 ものは定期的に手入れをしてやらなきゃいけない。放っておくと酸化や虫食い、その他もろもろの原因によって、新品当時のような性能は失われていってしまう。

 諸行無常の響きありでさ、身に着けていたものの性質が異なってくれば、身に着けている者も同じ状態とは限らない。

 経済状態がよくないかもしれないし、服などがもたらす穴などから入り込むものに、肌をはじめとする大事な部分が被害を受けるかもしれない。

 いとこから聞いた話なんだけどさ、聞いてみないか?



 いとこが小学校に通っていた時分の、ある日。

 いつもなら早くに学校へ来るクラスメートのひとりが、遅めに教室へ入ってきた。

 理由はすぐに知れる。右腕には昨日までそこになかった、真新しい三角巾の姿があったんだ。

 どこかで転んだのかと、いとこは思ったらしい。しかし、話を聞いてみると転倒のせいだという。

 どれだけ派手に転んだんだと、いとこ以外の面々も話を聞いてみたのだとか。



 昨日の学校からの帰り道。

 クラスメートの家は学校から徒歩10分。県道を外れて、この地域を横断するよう長く横たわる二級河川沿いに建っていた。

 二回の曲がり角をのぞけば、直線の道。数百メートルはある平坦な道は、クラスメートが幼いころから歩きなれている場所だった。路側帯にのみ頼るので、車はより気を付けなくてはいけない相手だった。

 けれどそのときは、遠くにエンジン音すらなく、往来する人もいない。それでも端によりつつ、クラスメートはのしのしとまっすぐ歩いていた。

 おりしも、道端にお地蔵さんが6人並ぶところへ通りかかる。

 このお地蔵さんたちは奇妙なことに、青い頭巾をかぶるも顔を隠すようにしている。下手にいじるのは罰当たりな気がして、触る人はいない。

 クラスメートとしては慣れた景色だし、さして気にせず足を運んでいたのだけど。


 ふいに、目の前が赤く染まった。

 視界を完全に潰されるほど、真っ赤になったんじゃないんだ。

 空こそ一息に染まったけれど、遠くの山々から近くの景色と建物の輪郭においては、ほんのり赤みを帯びながらも、影絵を思わせる黒色に落ち着いている。

 突拍子もない変化に、とまどうクラスメート。その赤いモノクロームの視界の中で。

 ほんの数メートル前に、こちらへ歩いてくる人影があらわれた。

 黒づくめの姿は服装すら判然としない。ただその色合いは、周囲と同じく赤らんだ黒ににじんでいる。

 それは道の端からひょいと躍り出たわけじゃなく、天から降ったか地から湧いたか。本のめくったページに、はじめて書き足されたかのごとく、だしぬけに姿を見せた

 その出現に、クラスメートが思わず足を止めてしまった瞬間。


 ゆらりと影が揺れるや、猛然とこちらへ迫ってきた。

 これまで動かしていた足は、むしろ止まっており、その静止した体が飛ぶように動くんだ。

 足裏にホバーやローラーをつけているのかと、クラスメートが思った時にはもう、弾き飛ばされていた。

 勢いのまま、ぐるりと一回転。左腕から横倒しになるも、痛みはぶつかられた右腕のほうがひどい。力をこめようにも、腕全体の神経がまひして、まともに動かせなかった。

 気が付くと、あたりには色が戻っている。歩きなれた通学路に、自分は倒れこんでいた。

 なおしびれと痛みは緩まず。家に戻って病院に行ってみたら、骨が折れていたのだとか。



 にわかに興味をそそられる話題だった。

 視界が妙な色に染まるだけなら、個人の体の問題と言えなくもない。でも、物理的なダメージを外からもらったのなら、可能性は広がる。

 突然あらわれた何者かの幻覚に、ほんの一瞬前まで無事だった骨がおのずから折れることなど、そうそう重なるわけがない。実際に、何者かが現れたのだろう。

 そこへ向かいたいと話す子たちが増える中、担任の先生が入ってきていったん中断。いつも通りの一日が始まる。

 いとことしても、かのポイントは何度も通ったことのある、なじみどころ。現地へ一度足を運んでみようと考えていたのだとか。



 けれども、その日の午後。給食を食べてから、最初のコマの授業で。

 強烈な眠気に襲われた。今回の算数は苦手な割合で、話を聞きながらも半分ほどしか理解できずにいたいとこだけど、今はそれに輪をかけて頭がぼんやりしている。

 かろうじてノートへ鉛筆を走らせるも、どのような軌道をたどっているのやら。大惨事に違いないが、何よりまぶたの重さと格闘するので精いっぱいだ。

 それだけじゃない。周りのみんなにも、やたら睡魔の手が伸びている。

 クラスの半数は、もはや机に突っ伏し、夢の中。残る半数もほとんどが舟をこぎ、それに抗しようと頬杖をつき……と惨憺たるありさま。

 はたから見たら、ダメダメ授業。教師側があとで説教くらいそうだが、今日の先生は平然と話を続けて、これもおかしい。

 いつもなら、寝ぼけまなこな生徒を目ざとく見つけて、注意を飛ばしてくるはずなのに。なぜ今日に限って知らんぷりをする?

 疑問を抱くも、働かせようとする頭はもう限界。いとこはもはや黒板を、ノートをおさめる視野もあやふやになり……。


 夢を見ない浅い意識の中で。

 いとこは軽く、自分の尻が持ち上げられるのを感じたらしい。

 じかに触れるのではなく、その下にあるものごと上へ持っていかれる感触。抵抗しようにも体はいうことを聞かず、ほどなく持ち上がっていた体もすとんと落ちる。

 ふっと目覚めたときには、もう授業が終わった後の休み時間。すでに先生の姿も、黒板の文字もなく、いとこに前後して起き出したみんなも騒いでいる。

 ほとんどが、授業終わりの十数分間、眠りこけていたらしい。唯一、かろうじて意識を保っていた子の話だと、先生が終わり際に話を切ったかと思うと、机間巡視を始めたらしいんだけど、その子もそこで意識が飛んでしまったとか。


 その証言と、あの意識のないときの感覚。

 ふといとこは、自分の尻に手をやって、びくりと肩を震わせる。ズボンを通した自分の尻回りが、これまでにないほど汗ばんでいたんだ。

 その割に、下に敷いた防災頭巾はさほど湿っていない。通学する生徒は、全員イスに自前のものを装着している。

 そっと、いとこは防災頭巾をあらためた。色などは自分がいつもしているものと変わらない。ただ名前欄に書く、自分の名前だけはかすかに違和感。

 いとこは自分がくせ字だという自覚がある。まねっこは難しいと親にも友達にもお墨付きをもらっていた。

 この字は、極力自分に似せようとしたらしいが、完全にまねはできていない。

 誰かが自分の防災頭巾を盗み、取り替えたようにしか思えなかったとか。

 

 

 気味悪さを覚えつつも、自分の防災頭巾を探すいとこは、すっかり周りの皆に後れをとった。

 例のポイントへ向かったときは、もうみんな検証を済ませたのだろうか。人の気配はない。

「空振りだったのか?」と、いとこは若干早足で、例のお地蔵さんの前へ向かう。

 そのまさに、お地蔵さんの並びの前まで来た時だった。


 世界が暗転、いや「赤転」する。

 聞いていた通り、空は真っ赤に染まり、辺りの建物およびそれらの輪郭は、赤みを帯びた黒に染め上がる。

 話の人影らしきものも、すでに目前まで迫っていた。足を動かさず、道を滑っているかのようで、一直線にいとこへ向かってくる。その速さはピッチャーの投げる球と、どちらが速いか。

 野球の球と違い、図体が大きい。今からじゃかわしきれない。

 いとこがどうにか身をひねり出すのと、ぶつかる刹那、人影も赤い景色も瞬く間に消え失せたのは、ほぼ同時のことだった。


「どうやら、危ないところだったようだな」


 担任の先生の声。

 見ると先生は、例の並ぶ地蔵たちの裏側にいた。手にはお地蔵さんがしていたと思しき、一枚の頭巾。

 お地蔵さん自身もひとり、場違いの防災頭巾をかぶせられているものがいる。そのデザインはいとこが使っていたものと思われた。


 実は朝の段階で、あの骨折したクラスメートの親から連絡があり、すでに先生たちは対策をしていたらしい。

 詳細な歴史、理屈は分からないが、この6つ並ぶ地蔵は頭巾の中で「景色」を見ているらしい。

 それは我々が見ている世界と同じだが、「裸眼」になったり、風景が汚れたりすると害をなす。

 いわく、世界の理が乱れてしまうのだとか。あの赤転世界と、骨を折るほどにぶつかる影はそのほんの一端に過ぎない。

 だから正しい景色を常に提供しなくてはいけないのだが、今回は誰かのいたずらか、頭巾が汚されていたのだと。

 先生の手に持つ頭巾は、顔に着ける側が赤く塗りつぶされていたみたい。

 そのために、こいつを取り替えてやる必要があったのだと。


 もしや授業のとき、眠くなったり防災頭巾を替えたりしたのも、その仕込みかと思ったけれど、そこは先生は頑として認めてくれなかったらしい。

 おそらく隠しているのだろうが、公にするわけにはいかないのかも、といとこは悟ったらしかった。

 ただ時間を置いて、こっそりめくった防災頭巾の裏は、いまだ乾かぬ湿り具合の黒が絵を描いていた。

 それはちょうどここから見える景色、そっくりの絵だったらしいのさ。

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