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ピコピコハンマーのある一日

作者: 朝寝雲

小説友達とお題小説を。

お題は

「ピコピコハンマー+演劇」

です。

 素晴らしい舞台だった。

 僕はスタンディングオベーションに包まれるその劇場で、涙を流していた。

 舞台装置も、キャストも、彼らの演技も、すべてがパーフェクトだった。

 ただ・・・。

 ただ、なぜだろう。

 彼らは全員最初から最後まで、なぜか手にピコピコハンマーを持っていた。

 いつピコピコハンマーが物語に関わってくるのかと、僕は観劇しながら気になっていたのだが、とうとうラストまでそのことに触れることなく劇は終わってしまった。

 最後のカーテンコールでも彼らは手にピコピコハンマーを握りしめたままだった。

 クエスチョンマークを頭に浮かべながら、劇場を出る。おそらくは、シュールレアリスム演劇だとでもいいたいのだろう。でもせっかくいいお話だったのだから、その要素いる? と釈然としないものを感じながら劇場の外へでる。


 唖然とする。

 街の人々全員がピコピコハンマーを手に持って歩いていた。

 老若男女全ての人が。

 なんなんだこれは? 僕の知らないところで、ピコピコハンマーはブームになっていて、もってないとダサい的な感じなのだろうか?

 そんな話聞いたことない。それにどんな流行だって全員に受け入れられるわけではないだろう。スマホだって全員がもってるわけじゃない。

 そう考えるとこの光景は異様だった。

 右を見ても、左を見てもピコピコハンマー。

 怖くなった僕は家に走り帰る。

 その間にもピコピコハンマーは目に入り続ける。

 ピコピコハンマーピコピコハンマーピコピコハンマーピコピコハンマー。

 家に帰り着く。

 母がお帰りーと声をかけてくる。その手にもピコピコハンマー。

 お芝居どうだった? の声を無視して自室に飛び込み、ベッドで布団をひっかぶる。

 どうしてしまったんだ。みんな、いったいどうしてしまったんだ。

 いやこれは僕の頭がどうかしてしまったのかもしれない。みんなピコピコハンマーなんてもってなくて、おかしくなった頭がそれを見せているだけ。


 ぼくはどうやらおかしくなってしまったらしい


 しばらくして、部屋の外が騒がしくなる。

 母があら、いらっしゃーいと言う声がして、おばさんおじゃましまーす、の声。

 ああ、彼女が来たのか。

 ぼんやりとした頭で僕は考える。

 僕の彼女は僕の家族と家族ぐるみの付き合いだ。耳を傾ける。

「ねえ、あの子ちょっと様子が変なのよ。なにか聞いてない?」

「え? そーなんですか? 今日お芝居見に行くって楽しみにしてたじゃないですか」

「そーなのよ。それが帰ってくるなり真っ青な顔してて。部屋に入ったきり出てこないの」

「え。なんでしょうねちょっと聞いてみますね」

 ドアがノックされる。

「きょー君、私。入るよ。いい?」

 僕は叫ぶ。

「だめだ! 入ってくるな」

「えっ? どうしたの?私だよ。」

「うるさいうるさい。ぜったい入って来るなよ」

「どうして?」

「どうしてもだ!」

 しばしの間。そして、

「・・・入るね」

 ドアが開いた気配。ベッド脇に彼女が立ったのが、わかる。僕は布団をかぶったままだ。

「何かあったの・・・?」

「お前も、ピコピコハンマーをもってるんだろ?」

「ピコピコハンマー?」

 彼女の怪訝そうな声。

 そうか。そうだよな。そういう反応になるよな。みんなの目にはピコピコハンマーなんて見えてないんだから。

「ちゃんと私を見て! なにがあったか言って!」

「いやだ」

「いい加減にしなさい」

そして布団を無理やりひっぺがされる。

 僕は彼女の顔を見上げる。険しい顔。目線を下に。

 

 手には・・・


 ピコピコハンマーを・・・


 持っていなかった・・・


「うわあああああ!!!」

 僕は彼女にすがりつく。涙がだばだば流れる。

 彼女はそんな僕を落ち着くまで抱きしめてくれた。


 しばしの後。話を聞いた彼女は、

「私はお医者さんじゃないからなんとも言えないけど、人間ってそんな時もあるんじゃない? 勇気をだして外に出てみよう」

「でも・・・」

「怖いのはわかるよ。大丈夫、私がついてる」

「・・・わかった」


 外に出ようと向かう廊下を歩いていると、リビングから母がどうしちゃったのー? と聞いてくる。視線をそちらにやらないようにして玄関へ向かう。

 身内がピコピコハンマーを持っている。それが一番怖かった。最後に頼るべきものがなくなってしまう。

 ドアを開け、下をむきながら歩く。やや人通りの多い道まできて、彼女がそっと僕の腕に触れる。思いきって顔をあげる。


 そこにはいつもの街の風景がひろがっていた。

「どう?」

 彼女が尋ねてくる。

「持ってない。誰もピコピコハンマーをもってない!」

 やった! やったね!!

 そう言って彼女が僕の手を取ってぴょんぴょんとはねる。

 僕は彼女に手をぴょこぴょこされながら、

「ありがとう。本当にありがとう」

 そう言って僕はまた泣いた。

 その様子を街ゆく人々は不思議そうに眺めて行くのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 思わずピコピコハンマーをググってしまいました!
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