その3
「マサ、お待たせ。やっと解析が完了したよ。」
「...結構かかっちゃったね。本当にご苦労様。」
サットが呪いや黒い霧の解析を終えたのは、キャンプ終了から2週間後だった。今までの実績から考えると、大分長かったと言える。
クラフトのメニュー画面を見ると、取得物質の項目に危険項目欄が追加されていた。そこをアクティベートすると、まんまのネーミングで「黒霧」と「肥大化呪詛」、それと「神気禁獄」という項目が。
何々...黒霧は特殊な微粒子で、動物限定で分子結合を崩壊させる?永久に結合力を失わせ、塵に変換する...なんだこれヤバイじゃないか!
肥大化呪詛は、生物の細胞を原型の百数十倍まで異常増殖&強化させるエネルギーで、代償に寿命が短くなるとか。そう言えばナルも研究の結界、肥大化した生物の寿命が短くなっているとか言ってたな。ガン細胞が原型らしい。
そして神気禁獄は予想通り呪印結界の一種で、光の活動を抑制させ封じる様だ。神霊は光のエネルギーを使って事を成すことが多い。故に、効果があるとか。
ラヴィ様が仰っていた通り、何かの器を利用して封じ込める作用があるらしい。神を封じ込めるなど、同じ神格の存在でなければ不可能だろう。
「すると、神気禁獄以外は霊波バリアーで防げる訳か。」
「この呪印結界は霊を封じる物だから、物質の肉体を纏っている者には効果がないだろう。」
サットが解説を。神同士が直接対峙しないのも、こう言う事があるからなのか?
「あっそうか。じゃあラヴィ様には、観戦して頂けばいいのな。」
「そうだね。相手も封印が目的っぽいからね。君の実力を知らずにノコノコ出て来たら、痛い目を見るだろうね。」
「てか、生かしておかんよ。何と言ってもラヴィ様をあんな風に閉じ込めたり、うちのかみさん達を悲しませやがって。俺は許さん。」
「これ、マサや。御主らしくもない発言は止めるのじゃ。」
流石に感情的になった俺を諌めるために、主が精神感応で語りかけてきた。
「お耳汚しでございました。申し訳ありません。」
「よい、気持ちは理解出来るでのう。じゃがの、冷静さを失うのは司祭としてもよろしくないのじゃ。」
「はい。」
「身内とは言え、自分以外の者達の為に怒っておるのじゃから、幾分かはましよのう。」
カカカと主は御笑いになった。うーん、まだまだ未熟だと実感させられる。
「サットよ、肥大化呪詛の対抗ウィルス等は、既に出来ておるのであろう?」
「ラヴィ様がそう仰られると思い、既に散布済みであります。」
「もう撒いたのかえ?気が早いのう!まあ、善いことじゃ。」
「主よ、何か不手際がありましたでしょうか?」
俺は、一応お伺いをたててみた。人知の範疇を越えた神の知覚と思考を思えば、どうやっても人間の仕業など不足が出るだろう。許容してもらえる範囲か、という辺りか。
「いいや、重畳じゃ。予測より早かったでの。」
「ならば、よろしゅうございました。」
「さっきの話のう、アルタレスも連れて行くと言っておったが、止めておいた方が良かろう。あの者には、色々重すぎるのう。」
「義父は、自分の目で確かめたいと。霊波バリアーで保護なら、危険はないかと思われますが、予想以上に相手は手強いのでしょうか?」
「理屈ではないのう。我の勘じゃ。」
「仰せのままに。もっと安全策を取った方が宜しいでしょうか?」
「今のままで充分過ぎる程じゃ。そう言う問題ではない。御主が一人で対峙するのじゃ。」
「はい。では、早速向かいまする。」
「マサよ、相手はお前を呼んでおるぞ。人魚村から、一歩も動いておらん。」
「何故、存在を知られたのでしょうかね...ああ、邪神が居るなら我々と同じ状況でしょうかね。」
「恐らくそうじゃ。我の存在を認識し、邪魔に思っておる輩じゃから、その様に計らうであろうの。」
「では、今直ぐに行って参ります。」
「お主の武運を祈る。」
俺は瞬間移動した。応接間で朝食後の休憩をくつろいでいる所だった。妻達や、村長やマルタも一緒に歓談していた。突然俺が消えたので、皆が一瞬動揺した。
「あら!いきなりあの人飛んじゃったわね。」
マルタが面食らっている。入れ替わりで、俺の座っていた位置にラヴィ様が実体化された。
「皆、聞いて欲しいのじゃ。マサは、我の指示で邪神の使いと今から対峙する為に移動したのじゃ。色々事情があってのう...。」
ラヴィ様が、骨を折ってくださっているので、安心して敵地へ移動できた。
瞬間移動で、俺は人魚村の裏庭へ出現した。前回工房の扉を開いた場所だ。レイスフォームのまま、周辺を観察する。黒霧が空間全体を満たしている状態だ。俺は丸太をすり抜けて、海面近くまで降りた。
レイスフォームは、霊波バリアー内で物理的な肉体を変化させ、結合していない素粒子の集合体(エネルギー体)に変換する。だから、ほぼ物理的影響を受けない。俺は無色透明無重力の状態で移動した。
海面には、特に異常は無さそうに見える。ふと、海中にメガロドンを想像させる巨大な鮫の影が、群れを成して俺の足元を取り囲むように泳いでいる。あれがドゥイタとか言う奴だな。
ジャンプして俺に食らいつこうとしているが、透明な上にバリアー保護状態なので検討違いな方向へ攻撃が逸れている。とは言え、この辺りに敵が居るというのは判るらしい。
俺はそれを無視して、村の入り口まで移動した。視界は黒霧で5m先が見えない。やがて前方に大きな影がおぼろげながら見えてきた。
さっきのドゥイタ達より2回り位サイズの大きな奴の背中に、アズと顔が似ている女性が胡座をかいて座っているのが見えた。黒髪で背が小さいのを除けば、だが。
「やーっと来たね。姿を消していても、こっちにはそれを教えてくれる味方が居るんだよ!姿を現しな!」
女性は威勢良く叫んだ。そう言われて、出ていく奴の方が頭おかしいだろう?お互い知らん顔して先制攻撃の方がナンボかましだろうに。俺は沈黙を保ったまま、彼女に近付いた。
近くで見ると、身長が小さいからまだ幼く見える。年齢はダリアと変わらない位か。服装は遠巻きで黒装束に見えたが、黒のウェットスーツのような物の上に、黒のぼろ布を巻き付けている風な格好だ。
恐らく邪神の指示を受けているのだろう。俺が移動しながら観察しているのを、見えないはずの目で追っている。しかし、本当によく似ているな。二位の血族なんだろうか?予想では、前次元なイメージだったのだが。
「出てこないなら、どうなっても知らないから!」
突然、黒霧が濃くなった。視界が1m先も見えない。少女を背に乗せているドゥイタが、全く動じていない様だ。全然平気そうなのが理不尽だ。(笑)
「こっ、これでも効かない訳!?それなら...えいっ!」
少女の掌に、見覚えのある呪印が赤く光っている。俺の周辺に、ピラミッド型の赤い空間が形成された...が、俺には全く影響がなさそうだ。どうやらこれが神気禁獄らしい。
レイスフォームは物質を素粒子化し、霊波バリアーで保護している原理なので光の次元ではない。だから、当然影響は受けない。
ここは予定通りだな...多分だけど、邪神が俺を分析してるんじゃないかな?どの次元のエネルギーなら影響を受けるか、とか。とすれば、生物でも神霊でもないと思っているだろう。流石は邪神だな。
相手に情報は与えない方が良いから、早々に終わらせよう。こいつは人魚達を大量に消した張本人だ。情けは無用だろう。
「サット、分子分解!」
少女は一瞬光り「ヒッ!」と言う叫びと共に、赤い光の粒子となって虚空へ消えた。彼女が消えると同時に、ドゥイタの動きが変化した。
「海底の入り口へ向かって帰っていくね。マサ、お疲れさま。」
サットが労ってくれた。おびただしい数の鮫は、どうやら呪縛が解けたらしい。やはりあの少女と背後の邪神が原因だったのだろう。しかし...。
「なあ、あの子ってアズに似ていたよな?もしかしてさ、血族の一派だったのかな?とすれば、下手をすると親戚って事に...?」
「今、解析しているよ。さっきの様子だと、殺人は本人の意思ではない可能性もあるからね...ああ、驚いたな。彼女は二位の直系だね。」
「地方にも、都の親戚とかが居たんだね。道理で。」
「ほらあの、ギュスタヴの娘がいるとか言ってたよね?そう言う類いの可能性もあるかもしれないね。」
「確かに。でも、そう言う例は有象無象にある気がするよな。(笑)」
「権力を盾に性的暴力とか、前次元のどこかの国みたいだったね。(笑)」
「政治家なんて何処でも同じだろう?まあ...例外もいるだろうけどな。」
「これ、脱線するでない。事は済んだかのう?」
ラヴィ様が精神感応で注意喚起された。俺は周辺のエリアにサーチをかけたが、特に邪悪なエネルギーの痕跡は確認できなかった。
「御待ち下さい。黒霧が充満しております。今から除去します故に。サット、対抗粒子散布。」
黒霧を大量に吸着して、地面に吸収させる微粒子を散布した。あっという間に黒霧は浄化され、以前の正常な空間に戻った。
「片付きました。もう御越しいただいて大丈夫です。」
傍らの空間にラヴィ様が顕れた。何事も無かったかのように、村は静まり返っている。物憂げに周囲を見渡した主は、俺の方を向いて語りかけて来た。
「のうマサや。我は人魚族が心機一転で明るい第一歩を歩めるようにしたいのじゃ。類い希なる信仰心を持っている連中じゃ。そう言う者には、我も協力を惜しまぬつもりじゃ。」
「はい、同感です。主はどうお考えなのですか?」
「うむ、御主の家と同じく、海上に空間ごと固定した新しい村を造ってやるのはどうじゃ?」
「お任せください。実は、そう言うアイディアも最初からプランには入っておりました...これで如何でしょう?」
俺はラヴィ様の霊的視界に、完成した家屋のBPを原寸大で予定地に配置して、立体的な外観を御見せした。主はフムとうなずくと、
「うむ、良い仕様じゃ。早速構築するのじゃ。」
と、号令された。俺は瞬時に旧建築を分解し、新しい8階建ての建築物を出現させた。基礎素材は何時ものサンドテクタイトで、湿気をコントロールしてくれる。
そして床面は大量の板を敷き詰めフローリング化し、防腐処理を施して仕上げた。一見すると空中に浮いている海上大型マンションだ。
「旧家屋が隣同士をあまり意識しない、日本の長屋のような構造でしたので、出来るだけ個人スペースを意識しないで作ってみました。後から変更できます。」
「うーむ、良い出来映えじゃ。1度長老に来て貰おうかの。」
「それが宜しゅうございますね。問題があったり遠慮されては新築した意味がないですしね。」
俺は村の一角に、例によって転移ゲートを設置した。これで自由船と村の往来が効率化され、物流が安定する。実は、中央市場に鮮魚屋をオープンさせる予定だったのな。勿論人魚族のブースだ。
こうして、人魚族は俺達の庇護下に入った。邪神の使いの一件は、取り敢えず一段落したのだが、これで終わりではないだろう。油断は出来ないよな。
数日後、人魚族は元の場所に帰って行った。自由船に滞在中、元から文化に疎い方だっただけに、彼等の衝撃は凄まじいものがあったらしい。
そもそも空中に浮いていると言う時点で腰を抜かしていたが、魔法で上下するプレート、時間で取引をする商業スタイル、様々な食材で作られた料理やその屋台、教練場と合併した魔法学園の生徒達の練習風景、住居の屋上が森になっている構造とかetc...。
砂漠と言う環境も、浜辺で砂は見慣れていたけど海のない砂浜と言う感じだったらしい。これはウタが言っていたな。
温泉は結構人気だったらしい。そもそも人魚は、海水である程度の清潔が保たれていたので、入浴は必要がなかった様だ。が、実際入ってみると体が暖まって楽だと気付いたとか。
彼等の体表は頑丈な鱗で覆われているけど、小魚みたいに鱗が湯船に散らかるとかは無いという報告だった...なんだ、自由船に滞在とか余裕で出来そうじゃないか。
人魚村の方は、新築の建物を見てこれまたびっくり仰天していたが、主の贈り物だというと必要以上に有り難がっていたように見えた。
ゲートの往来は、船内で商売をしてくれる人と長老家族のみにした。が、緊急時には村人全員に解放される仕組みだ。村人の誰か一人でも命の危険に晒されたら、魔石を通じて俺にコンタクトが来る仕組みだ。
ま、往診にも行くし、その内不便があったら言ってくるだろう。そうしてくれともお願いしているし。後は対症療法しかないよな。
さて、ライエやダリアの個人レッスン、学園生の発表会が延期になっていたな。
「アズ、生徒達の発表会は何時やろうか?」
朝食後、応接室でくつろいでいる時に質問してみた。
「ふふ、そろそろ切り出してくる頃だと思ってたわ。生徒達、心待にしているわよ。」
「んじゃあ、予定を組んでくれないかな...もう行けるとか?」
「そうね、明日には発表できるわよ。」
「パパー、ダリア姉様に言っておく?」
「そうだね。ライエ、頼めるかな?」
「うん!姉様も早くレッスン受けたいって言ってた。」
「それね。ナルは明日予定は無いよね?」
食後のコーヒーをすすっていたナルが、無言で頷いた。
「よし。マニはどうする?」
「勿論いくわ。と言うか、生徒達の父兄も含めた方が良いのではないかしら?」
「大丈夫よ。前日通達なら、皆都合をつけて来る手筈になっているから。」
アズが普段から父兄と築いているネットワークが、ここで生きる訳だ。流石は理事長。
「んじゃあ、通達はお願いします。俺は人魚達にお願い事があるので、ちょっくらマームヘイムへ行ってくるな。」
「ん、私も行く。」
ナルが手を挙げた。マニはサヴィネの様子を見てくるとかで、ついでにエナジーゲルを持参してもらった。案外評判がいいとか。アズは学園の業務で自宅勤務だとさ。
自室に豪華な書斎があるので、作業に集中できるとか。最近は学園と自宅を往復しているらしい。居心地が宜しそうで、何よりだな。
俺とナルは、昼前に人魚村へ到着した。ライエも来たがっていたが、学園が始まるので準備が忙しいらしい。メイド達やセネル氏が世話をしてくれているから安心だけど。
メッセージを入れていたので、長老が出迎えてくれた。新築の最上階に案内されて、長老の新居に通された。
「やあ、新居の使い勝手は如何ですか?」
「有り難いことです。昇降もあのプレートに乗れば、自動になりましたし。湿気も適度にありますので、前より快適でございます。」
「そうですか。ま、なにか気付いたらお呼びくださいね。」
「承知しました...今日はどんな用件で?」
「それなんですがね、実は以前治療に伺った時にも切り出しかけたことなんですが、お願いがあるのですよ。」
「どうぞ、遠慮なく仰って下さい。我等守護様の為なら、喜んで何でも致しましょう。」
俺達は、端から見ると流暢な人魚語で会話している様に見えるだろう。実は俺自身は日本語を喋っているのだが。サットの機能が凄すぎて、ちょっと恐い。
「それでは、お言葉に甘えます。実は、これなんですがね。」
俺は懐から金属片?を取り出した。人魚達が使っている三股槍(銛?)の先端に使われている物だ。
「ああ、これは海底で採集出来る物でして、かなり深い海底に塊が落ちています。」
「地上では、恐らく出回っていない物なのです。そこで、これが落ちている場所まで案内して頂けないでしょうか?実は、これを使って色々作りたいものがあるのですよ。」
「その様な事、お安いご用です。誰かに案内させます...しかしながら、案内しても暗闇なので、地上の人にはなにも見えないでしょうが。」
「因みに、どれ位の深さなのでしょう?」
「恐らくですが、5000m以下です。正式に測ってはいませんが。」
...何気に凄いことを聞いてしまった。人魚の体内圧調整能力は、どうなっているのだろう?普通、水圧でぺしゃんこだ。
「我々に限っては、心配ご無用です...もしかして、もっと深い海溝とかあるのでしょうか?」
「ん?海溝?」
聞き慣れない単語に、ナルが首を傾げた。
「海底のグレイターエッジとでも思えばいいのさ。」
「ふうん、分かった。」
「そうですね...我々でも、過去の記録では10000m位が限界でした。実はその深さだと、殆ど生物が居ないのです。一族の有名な話では、5代前の長老が若い時、冒険で潜ったそうですよ。記念の印が、最深到達点に残されているとか。」
「でしょうね。光が届かない上に、人魚でも限界深度とかでは他の生物も簡単には暮らして行けないでしょう。結構時間もかかるでしょうに。」
...と、喋りながら俺は内心超びびっていた。え?生身で10000m?彼等の体はどうなってるんだろう。
「その通りです。その当時は、往復に2日かかったそうです。そんなことをする必要が、今でもその当時でも無かったものですから、そう言ったチャレンジはその後行われませんでした。」
「成る程。実は、他にも希少な鉱物が海底に有るのかもと思っていまして、それを調査したいというのもあります。」
因みにサットの解析では、銛の先端は未知の物質らしい。金属と石の中間の様な材質だそうだ。そしてここが肝心なのだが、マナに一際強く反応する。
「この素材が落ちていた近辺に案内して頂ければ、後は我々で調査をします。取り敢えず、この件をお願いします。」
「分かりました。何時出発されますか?」
「出来れば今すぐにでも。どうせ日を改めて数回潜らないとでしょうからね。」
「大丈夫です...ウタ、泳ぎの速い者を連れてきておくれ。海溝の手前まで案内できる自信のある者を。」
「はい、父上。」
「では、今少し御待ち下さい。他に何か用件はございますか?」
「もし、興味がある素材がサンプル入手するなり出来たら、その後またお願いするかも知れません。今は取り敢えず、特にないです。」
午後一番で、深海へ行けることになった。これで計画が進みそうだ。何をするかは、まだ秘密だ。(笑)
その後、長老の家族や村の主要メンバーとの昼食に誘われた。俺とナルは、快く承諾した。
人魚の女性達が、今朝がた取れたての鮮魚を料理して持ってきた。自然と昼食はこれに決まった。地上の人間用に、火を通したものばかりだったが、遜色なく食べられた。
まあ、調味料が塩しかないので仕方がないのだが、醤油をかけて食べたい気分だ。そう思っていたら、気を効かせた(?)ナルが醤油入りのボトルをバッグから出した。
「おや?醤油を持ってきたのかい?」
「ん、実は宣伝用で。」
「ああ、そう言うことね。長老、これを料理にかけて食べてみてください。」
俺は、クラフト醤油を焼いたタイの様な形と色合いの魚にサッとかけた。同席した長老やその家族も、真似をして食している。
「!」
全員の顔色が嬉しそうに変化した。
「こ...この黒いソースが、醤油?と言うのですか?」
「ん、醤油最高。」
ナルが旨そうにタイの頬肉をつまんでいる。お前、中々マニアな食べ方してるな。でも、頬肉は塩焼きが上等だぞ?(笑)
「想像を越えた味わいです!是非とも我が村に仕入れたいのですが...。」
「鮮魚を自由船に届けて貰えれば、手に入りますよ。実は鮮魚屋台予定地のすぐ近くで売ってます。私の故郷の味です。」
「ん、刺身でも美味しい。」
「奥方様、刺身とは何でしょう?」
と、ウタが質問した。
「生の薄切り魚。」
「地上の人が、生魚を食すとは思いませんでした。」
「長老、後で家に遊びに来て下さい。その時にでもご馳走しますよ。ウタさんや坊やも一緒に。」
この前助けた長老の孫は、予後は良好なのだが血が足りていないようで、まだ完全に回復できていないらしい。今もまだ寝ているそうだ。
「長老、これを。」
一瞬光った後、俺の掌に瓶が握られていた。その場の全員が驚いた。
「これは増血剤です。海の食べ物では、消化の問題で虚弱者には厳しいでしょう。そこでこれを試してみてください。3日分ですが、多分一日程度で回復しますよ。」
「わざわざ薬まで...何とお礼を申し上げたら良いやら...。」
「いえいえ。この海底調査が上手く行けば、こんな程度では計り知れない恩恵が我々に与えられます。将来的に、それを採掘する作業をお願いしたいのですよ。こんな事安いものです。」
「勿論です!その時は、村総出で協力させて頂きますよ!」
長老は、嬉しそうに微笑んだ。
食事が終わって一休みしていると、一際線の細い男性がウタに連れられて来た。どうやら案内人らしい。
「守護者様、こちらの者が案内をします。彼は村でも一番の名人です。」
「私はエボニと申します。守護者様の案内ができると聞いて、是非お任せいただきたいです。」
「御丁寧に、どうも。あーそれから、私の事はマサと呼んでくださいな。敬称もいりません。どうも、ぎこちないもので。」
「...分かりました。ではマサさん、早速行きましょう。」
彼と一緒に、海中へ。俺とナルは2人で1つの霊波バリアーで保護し、エアフロウをナルが詠唱した。水自体を無視できるから、海底まで自然落下してしまう。
エボニ氏が、俺達にロープを渡してくれた。先端が輪になっていて、それを手首にかけて握る様に指示された。
そしてもう片端を彼が握っている。どうやら、深海まで引っ張っていく気だ。おもむろに、海底に向かって泳ぎ始めた。
同時に、周辺の景色があらんスピードで流れ始めた!ああこれ、プルの加速魔法じゃないか?若しくは同等の物だろう。凄いスピードのはずなのだが、全く水圧がかかっていないとサットが教えてくれた。
わずか10分弱で、もう目的の深海へ来てしまった。深度は6315mとクラフト画面には表示されている。
霊波バリアーは十全過ぎる性能だ。この超高水圧にも関わらず、周辺に水さえ寄せ付けていない。つまり、バリアーの外側に空気の層があるという感じだ。
判ってはいたけど、これはもう物理法則を完全に無視しているな。超高圧の水圧下でも、安定の性能だ。特定の物質以外が存在できない空間、と言う感じなのかも。我ながら非常識なテクノロジーだ。
「ん、真っ暗で何も見えない。」
俺からはレイスフォームの暗視能力(クラフト迷彩保護膜継承)で、ナルが良く見えるんだけどな。実際は生物の体内電気を高感度認識して、疑似画像として脳内補正&認識するんだそうだ。
暗闇に取り残された感じが強いのかも。フィジカルコンタクトで語りかけて来るナルの心境が、手に取るように解る。何だかんだ言って不安だから、俺の実体に触れていたい気分がモロ出ているな。
「このスピードだから、すぐに目的地へ到着するさ。そこまで長居もしない予定だし。我慢できるかい?」
「ん、喋っていれば平気。」
やがて、海底7000m付近まで来た。エボニ氏が止まって、俺達にメッセージで語りかけて来た。
「これ以上は圧がキツイので無理です。私が案内できるのはここまでが限界です。」
「案内ご苦労様。因みに、銛の先端に使われている鉱物はどちらですか?」
彼は足下に見える海溝の脇まで移動した。
「この場所に、方向が判るようにロープを張っておきます。辿っていただければ、すぐに判りますよ。」
「了解です。助かります。」
エボニ氏が、笑った風に見えた。暗いので、はっきりとは判らなかったが。予定通り、彼は踵を返して帰還した。
「ナル、今視界確保するよ。」
俺はナルの手を握った。フィジカルコンタクトで俺の視界を通じての映像が、ナルの視野にも共有された。
広大なクレバスの入り口に、俺達は居る。海溝の淵が遥か彼方にまで伸びているのが、かすかに見える。底の方は、果てしない奈落が続いている。最深部は目視できない。俺達は、そこへ飛び込んだ。
水自体を無視できるので、俺達は奈落の底へ猛スピードで自由落下した。ナルがたまり兼ねて、途中でエアフロウを唱えた。それでもかなりのスピードだ。
落下し続けること30分、やっと海溝の底へ着地した。幅が50m位で真平な海底だ。何か足元が小刻みな振動を感じる。マントルの近くなのかもしれない。クラフト画面表示は23613m...見なかった事にしよう。(笑)
「ん、目を閉じてた方が明るい。」
ナルがフィジカルコンタクトで喋りかけてきた。不安なんだろうな。肉声は巨大生物を引き寄せるかもしれないから、使わない。隠密行動が基本だ。
「それ、擬似的な画像補正が入っているからね。リアルと少し違うから。」
「そうなの?」
「何て言うか、視界でキャッチ出来なかった部分を、サットがデータを元にした予想で付け足しているんだね。大体こんな感じと思って貰えば。」
「それ凄い。義父様の妄想の部分を視覚化?」
「平たく言うと、そうだね。でも、あくまで根拠に基づいた補正だからね?完全な嘘ではないよ。」
「分かった。」
俺と手を繋いだナルの心境が、大分安心しているのが判った。今度から、海中ではこのスタイルで行こうかな。それとも、小型の潜水艦とか造るかな...ま、後で一考するか。
今まではかなりのスピードでここまで来たので良く見てなかったが、結構な数の生物達が生息していた。俺達の100m前方を、タカアシガニの様な形で体長が10m位のでかい奴が悠然と歩いていった。
小さくて珍妙な姿の奴もいる。ナルにサンプル採取をせがまれたので、言われるがまま周辺の数十種を手に入れた。さて、そろそろサットが作業を終える頃かな...?
「サット、有効な鉱物のサーチ状況は?」
「マサ、かなり凄いよ!レアメタルがわんさか検出されている。海底の泥の中に、あり得ない濃度を検出。それに、さっき言ってた銛の先端ね、あれ恐らくヒヒイロガネの一種だから。」
「おおーっ、あの伝説の!何か中二心をくすぐるよな。(笑)」
「ん?中二?」
ナルが怪訝そうな顔を。そこ突っ込むのが、彼女らしいなあ。(笑)
「ああごめん、前次元の隠語だね。ま、意味は後でライブラリーで調べてね。」
「分かった。」
「レアメタル泥をサンプルで持ち帰れば、もっと色々なことが出来るよ?」
「岩盤の非破壊検知では、何か出たのかな?」
「そっちもかなり期待できそうだけど、何れにしてももう少し調査しよう。」
この深さの水圧に至っても、藻や苔のような生物が至るところに貼り付いている。そう言う連中のお陰で、微弱電流の光を感知してビジュアライズしている訳だが。生命の神秘だ。
「マサ、レアメタルの宝庫どころではないよ?地球の日本近海の数千倍はあるな。」
「うーん、凄いな。これは夢が広がるな。」
「義父様、レアメタルって、そのまま希少金属?」
前から思っていたんだが、ナルが英語を理解できているとは思えない。恐らくサットの言語変換仕様なのだろうが、どんな翻訳をしているんだか。
「そうだね。そして、抽出方法や使用用途が判らないと只の泥だね。」
「そうなのね。」
「あの泥の中に含まれているんだよ。それを特殊な分離器にかけて、選別するのさ。」
「おおー、義父様凄い。」
ナルが拍手しながら珍しく感情的な表現をしている。まあ、精一杯頑張っているな。(笑)
「大規模殲滅の時に虫から採れた金属は、割合的に大した量ではなかったんだよ。ほら、一緒にエンジン作っただろ?」
「そうね。」
「あれで希少金属はほぼ尽きてしまったのさ。リアクターは、魔石内の回路部分に金属を沢山使うんだよね。」
「ん、何か分かる。」
「マサ、そこの岩盤を見てごらん?それも面白い特性の鉱物だね。」
鉱物自体が赤く発光している。ん?これヤバイやつじゃあ...?
「サット...これ、放射線とかじゃないよな?」
「危険ではないよ。放射線なのは間違いないけど。」
「ふうん、ならいいけどさ...未知の物質とか判るのかな?」
「君は何年私と付き合ってるんだい?万が一でも霊波バリアーで防げているだろう?」
「...まあそうだけどさ。サンプル程度なら問題ないのか。」
「そう言う事だね。」
「マサ、放射線って何?」
「前次元にもあったのだけど、目に見えない位微細で、生物の細胞を破壊する粒子を発する鉱物があったんだよ。その近くに長くいると、徐々に衰弱して数日後に死んでしまうのさ。」
「何それ恐い。」
「そして、種類によっては原子爆弾の原料にもなった。適切な管理下で扱わないと危険なんだ。」
「ん、原爆恐い。」
「君はライブラリーで観たものね。ま、ともかくそう言う事にも注意しなければ。」
「安全第一。」
「今度、額に安全第一って書いてある頭防具を作ってあげるよ。ナルのモットーだものね。(笑)」
「んー、何かカッコ悪い。(笑)」
ナルがウヘヘって笑った。笑い方がゲスいんですがそれは。それを尻目に、サットの解説は続いた。
「そっちの海底に無数に落ちている丸石ね、マンガン重石だから。」
「ほえー!これが有名な海底マンガン鉱床ってやつかあ。初めて見たよ。」
「普通海洋研究員とかでないと見ることは無いね。(笑)」
「ん、マンガン重石?」
「マンガンと言う物質を始めとしたレアメタルを含有している鉱石の事さ。詳細は、後でサットに言ってライブラリーを観るといい。」
「ん、超専門的。」
「うーん、前次元ではそこまで専門的でもなかったのだけどね。まあ、此方ではそもそも必要ないだろうしなあ。」
勿体ない!というサットの心の声が。(笑)
「これで、タングステンが精製できるな。あれって確か3000℃まで耐えられるんだっけ?」
「融点だね。クロムとか、他の金属も手に入る。一気に資源不足解消!」
「タングステン?」
「硬度と比重が高く、高い耐熱性を有する銅の事だね。稀に地上でも鉱石が見つかるんだけど、さっきのマンガン重石に含まれているんだよ。海底鉱床を探す方が手っ取り早いのさ。」
「手っ取り早い?」
「えーっとね、こう言う丸石って、核は何だと思う?」
「んー、微生物の死骸とか?」
「おー、流石自然研究者!近いね。鮫の歯や貝殻の破片に、希少鉱物が長い年月をかけて凝結していくのさ。つまり、海底を探す方が見るかる確率は高いという事。」
「ん、勉強になる!」
ナルの目がキラキラしている。(笑)まあこいつは、元からこう言うの好きそうだったものな。
「サット、スキャンは終わった?」
「ああ、良いだろう。ヒヒイロガネを見に行こう。」
俺達は上層へ移動した。海底は、手付かずの自然の宝庫だ。まあこの世界は、大半がそうだとも言えるけど。
霊波バリアーを大きめに拡張して次元扉を開け、ナルに入ってもらって瞬間移動した。
さっきの、エボニ氏がロープを張ってくれた所まで来た。辿っていくと、6000mの海底に無数の石塊が落ちている。え?これ全部ヒヒイロガネ?結構な量になるな。
「なあサット、そう言えばさ、ヒヒイロガネってどうやって加工するんだい?伝説では、オリハルコンを凌ぐ耐熱性を有しているとか聞いたけど?」
「うむ、それが問題だね。まだ目星はついていないのだけど、どのみち解析が終了しないと。」
「ああ、そうだったね。いやーつい、夢中になってしまう。(笑)」
「多分魔石クラフト。」
ナルが得意そうに言った。おもむろに鉱石を拾うと、何か呪文を唱えた。すると、掌の中でグニャリと石が変形し、3つの鉱物片に変化した。
「おおっ、未知のテクノロジー。(笑)ナルキス、グッジョブ!」
サットが驚いているな。超珍しい。スキャンで確認している。
「ケイ素化合物と、恐らくヒヒイロガネ、それと鉄やニッケルもか...。」
「ナル、今のは?」
「ん、魔石錬金。」
「おおう、魔石クラフトって錬金術だったのかあ。」
「それも含めた加工技術の総称。」
ふうん、案外侮れないな。ってことは、これの量産精製はナルに任せればいいんじゃね?
「ナル、これの精製担当やってくれないかな?」
「あなたの為なら。」
「サンキュー、ナル。後で専用機造って自動化するから。それまでの間ね。」
「分かった。」
ナルは嬉しそうに微笑んだ。こうなると、工業地帯を早目に建造しないとなあ。いっそのこと、船内で工業特区にすればいいな。重要機密だろうし。
取り敢えず必要となる鉱物の目星はついた。次元部屋を開き、ナルを回収して人魚村へ瞬間移動した。
村に到着すると、マニとアズがゲートで迎えに来てくれていて、エボニ氏とウタに接待されていた。俺は長老との重要な取引を済ませることにした。
「エボニさん、先程はご苦労様。それに嫁達の世話を焼いてくれて感謝します。」
「何を仰いますか!我々こそ、色々して頂き、あなたに尽くせぬ想いがありますから。」
エボニ氏は、力強く握手した。それを、他の人魚たちが頷きながら見ている。
「長老、相談があります。さっきの海底調査なのですが、大分収穫がありましてね。これらの鉱物採集を、鮮魚販売とは別に村の収益兼として、やって頂きたいのです。」
「マサ殿の願いは、我等が願いです。喜んで協力させてください。それで、具体的にはどの様な作業条件ですか?」
俺は、ヒヒイロガネの原石を取り出した。
「まずはこれですが、取り敢えず毎月10kgを納入する事は可能でしょうか?」
「大丈夫です。早速人足を見繕います。」
「ありがとう。量の増減については、その都度打ち合わせすることにしますね。そして、次のこれが問題なのですが...。」
俺は、マンガン重石と赤く光る鉱石を取り出した。長老やウタが、身を乗り出して観察している。
「こちらの丸石は、23000mの深海に転がっていました。海底の泥の中を探すと、沢山落ちています。これを、取り敢えず月に30kg納品して頂きたいのです。それから、この赤い石は同じ場所の岩壁から切り取った物です。これは埋蔵量は多いのですが、如何せん採掘をしなくてはなりません。月に5kg程納入して頂けたら、有り難いです。」
周辺の人魚達がどよめいた。いつの間にか、俺達を取り囲むようにギャラリーが増えていた。長老は首を傾げて質問してきた。
「...と仰るからには、そこまで潜ったということですよね?我々でも不可能なのに、どうやってその深度まで?」
俺は霊波バリアーの説明をした。が、よく解らなそうだったので、足元の海中で直接見せた。(笑) さっきエボニ氏に体験してもらえば良かったな。周辺に水を寄せ付けない様子を見て、やっと理解して貰った。
「採掘に関しては、なにがしかの対応を考えます。当面はこの黄色い石を採取して頂ければ。」
「分かりました。早速対応します。」
うーん、オーバーテクノロジーの開放はあまり感心できないかなあ。仕方がないから俺が直接採掘するしかないかなあ。
「ねえあなた、私も深海の景色を見てみたいわ。」
マニが唐突に意見した。...って言ってもお前なあ、真っ暗だぞ?
「ん、暗くて何も見えない。」
ナルも同意見だった。他の妻達に、どうやって暗闇でサンプルを探したかを説明しなくてはならなくなった。
「...そんな感じだと、つまらなそうね...ねえねえ、でも私達があなた無しでも深海探索できる様にすれば、人魚達も出来るわよね?」
「うーん、そうなんだけどな。だけどさ、危ないぜ?明かりをつけて深海作業とか、超巨大生物に食べてくれって言っているようなものだよ?」
「...安全確保と作業性の両方が必要ね。でもマニさん、それなら何も人魚さんでなくても作業出来るわよね?」
「あっそうか...。」
「あはは、結局俺達が作業する羽目に。いやでも、そのアイディアは悪く無いかもな。」
「仕事を頼みに来て、自分で解決する方法を思いつくのがアレよね。本末転倒ね。(笑)」
アズの突っ込みに、その場の全員が笑った。人魚達って、笑うと「コロコロコロ」って言うのな。木製の鈴が鳴っているみたいな感じだ。
後でナルに聞いたら、発声器官がエラより肺寄りにあるので、そう言う音になるとか。そう言えば、人魚達の声は何となく篭った音に聞こえる。きっと、それが関係しているのかもな。
俺が余計なアイディアを思いついちゃったから、超深海の採掘の話は棚上げになった。人魚達には、ヒヒイロガネを採取して貰うことに。まあそれでも、俺の労力はかなり軽減されるんだけどな。
もしかしたら、人魚達が潜れる深度で採掘出来る場所があるかもしれない。前次元の日本近海では、マンガン重石は深海5000mで採掘されているらしい。後でその事もお願いしないと。
話がついたので、俺達は人魚村を後にした。増血剤を飲んだらしく、ウタの息子がおんぶされて弱々しく手を降っているのが印象的だった。せっかく治療したんだから、無理はしてくれるなよ...。
さて次の日、延びに延びていた学園生達のキャンプ課題発表会があり、各チームが再結集した。
再結集と言ったが、実は放課後に各グループ毎で課題の発表練習を含めた研究活動を継続していたらしい。この世界の学校には、クラブ活動の様な概念が無いらしい。
だから放課後の自主活動は、生徒達には新鮮な刺激だったようだ...何だか、部活動をやらせるのも一興だよな。アズに提案してみようかな。
「マサ、先に行っているから。マニさんと体育館へ来て頂戴ね?」
「行ってらっしゃい。分かっているよ。」
アズは一足先に学園へ向かった。父兄達も発表会を見学するので、その案内をする為だ。
「あなた、お弁当は出来たかしら?」
「おう、今やってる。あと5分で終わるよ。」
マニはライエの仕度を手伝っている。ダリアのチームは何かのオブジェを製作中と言う事で、ライエはそのパーツを他の上級生達に混じって作製した様だ。当日に仕上げる予定の部分を何やら弄っている。
俺はナルと一緒に弁当を作っている。ナルはとても器用な子なんだけど、唯一料理が壊滅的に不器用なんだよな。ま、見た目最悪なだけで味付けは上手なんだけど。
「ん、これでいい?」
横からフライパンを鼻先に突き出されても困るんですが。(笑) 何か肥大した目玉焼きが中央にこんもり乗っかている。
と言うか、これもうマッシュボール(球焼き)なのでは?あの平面状の目玉焼きが、どうしてこうなった。
「うーん、惜しい。ほれ、ちょっと見ててみ?」
フライパンを加熱して油を少量垂らし、全面に馴染ませてから片手で卵を割り、そのまま黄身を潰さないように注意しながら静かに落とす。半焼けになってきたら、少量の水を入れて蓋を閉じる。
ジュワーッ!と水が弾ける音がして、蒸し焼きになっている目玉焼きがいい匂いを発している。
「ん、美味しそうな匂い。」
俺の横で塩と胡椒を持って、ナルが仕上がりを待っている。まあ今は調理を見ている最中だから良いんだけどさ...弁当箱に他のオカズを詰める作業もして欲しいんだけどな。このままだとちょっと鬱陶しい。(笑)
まあくどいようだけど、こいつはこれを抜かせば満点なんだよな。と言うかこっちは俺に任せておいて貰えばいいだけと言う。思うところがあるんだろうけどな。
俺が仕上げた目玉焼きに塩胡椒して、ナルはふと自分の球焼き(笑)と見比べた。むむむうーっと、眉毛が吊り上がる。
「...何か違う。」
うん、大分違うよな。ま、こういう所が可愛くて好きなんだが。(笑) と言うかお前の球焼きが何かの眼球みたいでグロいんだが。そして球焼きとにらめっこした後、そっちにも塩胡椒を。シュールな世界だ。
「これマサの分。」
「お、おう。」
いつの間にか後ろに居たライエが、何か必死に笑いを堪えている。両手で口を塞ぎながら走り去っていった。あいつ、後でお仕置きな。(笑) マニも半笑いしながら扉の向こうでそれを見ているという。
「ライエ様、ダリアが迎えに来ておりますが?」
セネル氏がダリアを連れて来た。彼女は、ライエのオブジェの具合を見に来たらしい。
「...マサ先生が料理をしてらっしゃいますの?」
「ん、得意技。」
ナルはダリアに、俺の料理を自慢気に見せている。ホットサンド、おむすび、唐揚げ、オムレツ、シュウマイ...そしてナルの作品に。目が釘付けになっている件。メッチャ見ているし。(笑)
「...これだけ、クオリティが違いますわね?失敗作ですの?」
アッ...言っちゃった。
途端にナルが膨れ面に。(笑) 俺の、何でお前突っ込んだしと言う顔を見て、ハッと気付くダリア。
「ブーッ、私が作った。」
「コホン!ま、まあ誰にでも失敗はありますわ!」
「...ハイハイ、2人共そこまで。ダリアさんは用事があったのでしょう?もう済んだのかしら?」
マニがグッドタイミングで間に入ってくれた。メッチャ笑いを堪えているし。ライエもオブジェを弄る手が震えているんですがそれは。(笑)
ライエは最近、良く笑うようになった。今もマニと顔を見合わせて、クスクス言っている。前は何かの緊張というか、もらわれて来たのだから真面目にやらないと、みたいな雰囲気に見えていた。
まだ、霊的な事を受け入れる経験や知識が乏しいのかもしれない。とにかく明るくなったのは良いことだと思った。このまま伸びやかに育って欲しいものだ。子供なんだし、変な空気読まないで良いんだよライエ...。
俺とナルは作業を終えた。ちょっと多めなランチバッグを封して、運べるように荷造りし終えた。
ふと見ると、ダリアとマニとライエの3人で、どうやら仕上げに入ったらしい。パーツの表面に何か透明な液体を塗布している。揮発性なのか、俺達が調理を終えた後の換気扇の下を使っている。
「君達、大分熱心だねえ。さすが気合が入っている。」
「あなた、秘密なんだからあっちに行ってて。」
マニが俺とナルの背中を押した。強引に部屋から追い出されてしまった件。
「んー、面白そうだったのに。」
ナルが残念そうな顔をした。ま、後のお楽しみなんだろう。俺とナルは応接間でラピスが淹れてくれたクラフト紅茶を飲んで雑談することにした。
「そう言えばさ、海で入手した生体サンプルなんだけど、研究は進んでるの?」
「ん、ぼちぼち。」
「何か新発見とかあった?」
「んー、水中の生物は肥大化の呪いはかかっていなかった。理由は不明。」
「それなのに、あんなにデカいサイズなんだな。山みたいな奴とか居たよなあ。」
「ん、皆獰猛。」
「しかし、あんなのばかりで海の生態系が維持できているのは、正に自然の神秘だね。」
「前の次元より魚影が濃い。」
「そうなんだな。まあそうでないと、食物連鎖のバランスが崩れるよな。やはり頂点はドゥイタなんだろうか。」
「ドゥイタは数で実質頂点だけど中型。もっと巨大な捕食魚がいるし、それの餌になってる。」
「ほえー!そんな奴が居るんだね。ああ、山のような奴かな?」
「ん、あれは大人しい方。あれより2周り大きくて凶暴。」
「...俺ももう何か慣れてしまったな。海は広いな、大きいな、かあ...。」
「深海の採掘が心配。」
「ああ、それに関しては考えがあるんだよ。」
「霊波バリアーで大きくエリア確保?」
「それもあるけど、君が居れば問題なし。」
「フェロモン?」
「当たり。それで寄せておけば、上手く行きそうじゃない?」
「ん、良い考え。」
「ナル、2人でデートしような。多分灯をつけても問題ないだろう。」
「多分大丈夫。」
ナルはそう言うと、俺の隣に座ってもたれ掛かって来た。2人で並んで紅茶を飲んでいると、メルが部屋に入ってきた。
「旦那様、村長夫妻がお見えになっています。」
「メルさん、ありがとう。ここまで案内して差し上げて。」
「畏まりました。」
メルが部屋を出ていった。入れ替わるように、村長とマルタが入ってきた。
「やあ、仲が良いね。」
「親父様、御母様、いらっしゃい。」
「あら、マニは何処かしら?」
「台所です。ああ、私達も追い出されましたから、待っていたほうが良いですよ。」
「あら、そうなのね。何か秘密事かしらね?」
「ライエが発表会の課題を仕上げているんですよ。我々にも秘密だそうで。」
「ん、見たかったのに。」
「ハッハッハ、まあまあ。今日は宜しく頼むよ、二人共。」
「準備は整っています。後はライエ待ちです。」
「そう言えばサヴィネなのだが、浮腫が酷いらしい。悪阻と相まってキツイと言っていたな。」
「でも、そんなものではないかしら?ほら、マニの時もあなたが足を擦ってくれたわよね?」
「ん、2人も仲良し。」
ナルに突っ込まれて、村長が後ろ頭を掻いている。マルタはオホホと笑い、ナルに話を振った。
「あなた達は、まだ予定がないのかしら?まあ、マデュレはちょっと早かったけど。」
「ん、その内。」
「御母様、俺は彼が元気になったのが嬉しいのです。前は自信がなさそうだった。でも今は、こうやって跡継ぎとして自ら立とうとしています。本当に、良かった。」
「それもこれも、マサのお陰ね。最初は危なっかしいと思っていたのに、今や村でもトップのガンファイターになりましたからね。」
そう、マデュレは真面目にコツコツ修行を続けていたんだそうな。サヴィネ程のセンスは無いけど、村の中では師範クラスのシューティングアーツ使いになっていた。
彼女が悪阻になる直前まで、2人で乱取りをしていた様だ。銃が結んだ絆という感じなのだろうか。今日もサヴィネに付きっきりらしい。落ち着いたら、家に寝泊まりして貰う予定だ。何しろ自分、医者なもので...。
そう言えば、この世界にも産婆が居るらしい。以前マルタが教えてくれた。出産間近になったら、顔合わせも兼ねて打合せする予定だ。今回は、都に在住の有名な人を招くとか。
「お待たせー。支度出来たわよ。」
マニがダリアとライエと一緒に部屋に入ってきた。何かデカい容器を娘2人で運んでいる。
「ああ、ちょっと待ってな。」
俺は工房からフローティングボードを持ってきた。超魔導エンジンを運ぶのに使ったやつだ。密封された木箱をボードの上に置いて、2人は大きなため息を漏らした。
「ふうーっ、重かったあ。」
「ハア、ハア。予想以上ですわね。様子を見に来て正解でしたわ。」
「よし、それじゃあ出発しよう。もう時間も残り少ないしな。」
「そうですわね。御父様、行って参りますわ。」
ダリアはセネル氏の事を父親だと思っている。育ての親なのだが、義理堅く彼の事を自分の本当の家族と思っているらしい。以前セネル氏からそんな風に聞いた。
「ダリア、しっかりな。」
彼は嬉しそうに返事をした。まあ、幼少から育てれば親子同然だよなあ。ダリアを見て、セネル氏がどんな人物か確証できた気がした。
フローティングボードを押して、ダリアとライエが急いで学園に向かった。キッチンから出てきたマニはお疲れと言ってナルと反対側の俺の隣に座って腕を組んだ。村長夫妻も居るし、仲良しアピールかな?
「...あのさ、非常に言いにくいんだけど...」
「え?何かしら?」
「だめだ、ちょっと失礼。清潔化!」
一瞬光がマニの体を包んだ。ナルのしかめ面が直った。(笑) めっちゃ臭そうだったものなお前。
「え?そんなに臭ってた?」
赤面しながらマニが自分のシャツの匂いを嗅いでいる。いや、自分じゃ判らんだろうよ。それに今清潔化したし。
「マニ、酸臭がするわ。ニスでも使ってたの?」
マルタが、鼻を押さえながら尋ねた。隣の部屋から臭いが漏れてくる。マニは頭を掻きながら、そんな感じ、とだけ答えた。
「部屋に臭いが籠もってますな。ラピスさん、換気扇を回していますか?」
「はい、旦那様」
「では、玄関から応接間〜食堂までの扉を開け放してください。換気しましょう。」
「はあ、御迷惑おかけしました。」
マニは素直に頭を下げた。マルタがそれを見て、村長に嬉しそうに言った。
「...やっぱり、マサがマニと結婚したのは間違いでなかったわ。こんなに素直なマニは、見たことないもの。」
マニよ、実家でやりたい放題だったようだな?そう言えばマデュレもメッチャ嬉しそうだったものなあ。
マニが一休みするまで待って、俺達も魔法学園に移動した。自由船を上から見た図で、最後尾の一帯、甲板総面積の1/5が居住区になっていて、隣接した別区画で左舷側に魔法学園の敷地がある。
その学園との接続部近辺が環状通りで旧外壁跡となり、それ沿いに学生寮が隣接している。俺の自宅は、丁度学園との寮との中間に位置している。
そんな訳で、理事長室までは徒歩10分だ。アズが通勤時間が減ったので、運動量を確保しないととか悩んでいた位近い。しかも、学園のグラウンドまでは5分もかからない。
訓練で魔法を誤射したら我が家の硝子が割れそうな距離だが、ちゃんと物理フェンス完備している。非誘導の魔法槍とか飛んできたら洒落にならない。学園併設を決めたとき、妻達に最優先で懇願された案件だ。(笑)
グラウンド沿いの道を歩きながら、新校舎へ向かって歩いている。俺とマニ、ナル、村長夫妻で雑談しながらあっという間に体育館に着いてしまった。
「あ!マサ先生!」
数人の生徒達がエアフロウで飛んで来た。キャンプでリーダーをしていた連中だ。
「よくお越しくださいました!全生徒が到着を待っていますよ。此方です。」
彼等は俺達を体育館へガイドしてくれた。既にこの位置からでも、大型の建築物が目に入る。雨天時のトレーニングを考慮して、かなり大きめに作られている。
内部は大きく2分されており、魔法訓練&射撃ルームとフィジカルトレーニングルームが半々で、その周囲がランニングコースになっている。
その全面積を利用して、各チームの発表ブースがパーテーションで仕切られ設置されている。生徒達が、慌ただしく準備や実験を進めている。まるで前次元のサラリーマン時代に出張先で見た、見本市みたいだ。
アズが奥のブースから、こちらへやってきた。
「あら、いらっしゃい。あなた、準備できているわよ。」
俺達はアズと生徒達に案内されるがまま、後を着いていった。1番目のブースの周辺に父兄達が集まっているのが見える。丁度発表が始まった所らしい。
「あっ、マサ先生だ!」
丁度発表を始めようとしていた生徒達が、全員走り寄ってきた。どうも俺の教えたことは、生徒たちの信頼を絶大に得られたようだ。
「やあ、久しぶり。君達、早く発表を見せてくれないだろうか?楽しみにしていたんだよ。」
在校生も、入学予定者の子達も、一丸となっているのが見て取れた。彼等は俺に促されると、途中になっていた発表を再開した。
「...えー、我々はマナと気力を高める修行をマサ先生から教わりました。そこで、これを休みなく毎日続けた場合、身体強化魔法がどの様に変化したのかを観察しました。」
確かキャンプから半月くらいしか経ってないはずだが...まあ、この世界は成長が速いみたいだからな。前次元では、馬步は足掛け10年とかだからなあ。
高等部の男子生徒が、前に進み出た。上半身裸で、ちょっとぽっちゃりした白い体が運動嫌いなのを物語っている。
「大気に満ちるマナよ、我を覆い守る魔力の盾は召喚された!マナシールド!!」
彼の周辺に、藍色のオーラが現れた。魔法の盾の呪文だ。
「普通、高等部の生徒でもマナシールド自体を使えることは滅多にないわ。」
アズが説明してくれた。純粋に魔力量が多くないと、この呪文は発動自体無理らしい。その代わり、使えれば滅多に戦闘で怪我をしなくなるという利点があると、彼女は教えてくれた。
その状態で、もう一人の中等部女子が前に進み出た。半袖の白シャツとショートパンツの格好だ。彼女は身体強化の中でも、手足による打撃を強化しているらしい。
「鉄砂よ、強靭なる鎧と化せ!ハードスキン!!」
白い肌が、急に黒光りし始めた。よく見ると、体表が細かいウロコ状のもので覆い尽くされている。防御力もさる事ながら、鉄の拳が出来上がる訳だ。
「フゥゥゥゥ!ハアッ!!」
おもむろに彼女は男子生徒の顔を拳で殴った。が、びくともしない。
「イヤアアアアアアアアッ!」
彼女は連続でパンチや蹴りを浴びせた。が、全てはシールドに吸収されてしまった。ちなみに男子は全く動かず、ひたすらなすがままになっていた。約5分間のラッシュ後に、女子生徒は息を切らせてギブアップ宣言した。
男子生徒もシールドを解いたが、見た感じ何処にも損傷は無かった。リーダーが前に進み出て、解説を始めた。
「ご覧の通りです。マナシールドは熟練者で魔力量が多くないと使用できません。一方、ハードスキンは身体重量が増すという欠点があるため、フィジカルトレーニングが熟達していないと動けません。」
確かに効果的なパフォーマンスだ。単純だからこその実直な工夫が垣間見える、素晴らしい成果だ。
「我々のチームでは、マサ先生の鍛錬方法を毎日続け、その効果を如何に表現するかに取り組みました。今では高等部の全員がマナシールドを使えます。先に予定のレンジャー構想では、前衛の盾として機能できます。」
自信満々そうにリーダーが発表を続けている。鍛錬の工夫処や課題等も含めて、皆楽しそうに動いていた。
「...以上、我々の発表を終わります。御清聴ありがとうございました。」
おおーと、感嘆の声が父兄から漏れた後、皆が喝采した。素晴らしいプレゼンテーションだ。
「マサ先生から一言感想を頂きます。」
アズが俺に話を振った。おいおい、聞いてないぞう?(笑)
「えー、皆がここまで真剣に取り組んでくれるとは正直思っていなかったので、俺は嬉しいです。他の発表もあるので、全て見終わってから総評しますね。とは言え、今のは良かったです!」
生徒を含めて、拍手が起こった。アズが先導して、次のブースへ向かった。生徒たちの発表は、鍛錬した気力と魔力の使い方を被らない様に工夫されていた。
どのチームも違った切り口で研鑽が行われており、俺は感心しまくっていた。
有り余る魔力でエネルギーの剣を創造する魔法、イメージをしっかり保った状態(瞑想の応用)からの詠唱省略化、出力が足りなかったが俺の分子分解(新魔法、ディスインテグレイト)の研究、圧縮した内気をマナでコーティングした魔弾を指先から飛ばし内部にダメージを与える魔法(煉丹魔法)、馬步しながら瞑想する方法(立禅)、etc...。
「あなたの技能や戦闘を垣間見て、これだけのアイディアが生徒達から出たの。素晴らしい進化だわ。」
アズが小声でヒントの根源を教えてくれた。俺の見様見真似を魔法でやったということかあ。
最後のブースはダリアとライエのチームだった。ダリアは自信満々で発表を始めた。
「私達は、マサ先生から見せて頂いたり学んだ事の、正に集大成を創りましたわ。傑作が出来上がりましたの。ご覧あれ。」
何かでかいオブジェにかかっていた布が取り払われると、木製の精巧な人形が現れた。背中に背負子のような操縦席があり、魔力で動作する様だ。つまり、ウッドゴーレムの自律していない版という事だな。
父兄から感嘆の声があがった。まさか生徒達だけでこんなに立派な物が出来上がるとは、誰も想像していなかった。
オブジェの高さは2.5m位あり、表面は何かの塗料が塗ってあるらしく光沢がある。重量は相当なものらしく、前屈みに項垂れている様子が重々しい。ああ、さっきライエが仕上げていたのは、頭部だったのだな。
高等部の生徒が操縦席に乗り込んだ。
「鍛錬を積んだ結果、この人形の各パーツに内蔵されている魔石を1人の魔力で制御できるようになりましたわ。操縦席に据え付けてある魔石にマナを流すと、自立して待機状態になります。」
ダリアが手を挙げると、操縦席の生徒が魔力を流し込んだ。すると、項垂れていた人形がスッと自然に直立した。
「この状態から、目を閉じて人形の各パーツに内蔵されている魔石と、自分の身体部位に装具した魔石をイメージと内観(瞑想の応用)で同調させます。すると念動力魔法の応用で、イメージするだけで人形が動かせるようになります。」
ダリアが合図すると、操縦席の生徒は目を閉じた。すると、1分位して人形が動き始めた。ゆっくり歩き始め、やがて走り出した。人形は俺の前で停止した。
「ご覧の通り、総重量が約1tの人形を操作できます。まだ試験中ですが、遠隔でも動かせる事が判っています。ただ、人形に視覚が備わっていないため、今回は有人で操作しています...マサ先生、この人形と組手をお願いできますかしら?」
これは大発明じゃないか?と言うか、ゴーレムとか魔導兵器開発を学生だけで行ったってことでは?
しかも、こいつのパンチを喰らえと?格闘技する相手としては人体力学の範疇を完全に逸脱しているな。まあ、やれると思うけどさ。(笑)
「いざという時、壊れてしまうかも。それでも大丈夫かな?」
「ええ、これに挑戦したくて作ったような物ですから。今、操縦を交代しますわね。」
操縦がダリアに代わった。途端に動作の反応が早くなった気がした。あーこの子、相当鍛練しているな?
「では、宜しくお願いします。」
場所を隣のブースに移動した。急設した小さな闘技場の様になっている25m四方のエリアで、俺とゴーレム(ダリア)は対峙した。
「先生、行きますわよ!」
「来なさい!」
ブン!と唸りを上げて、ゴーレムの数百キロの右パンチが体捌きをした俺の横顔を掠めた。かなりの速さだな。
正面からのパンチを紙一重で見切り、腕を振り切って動きが止まる寸前、俺は左手でパンチの勢いを殺さずに左下方へいなした。パンチはドン!と地面に突き刺さった。重量があるだけに、流石に凄い威力だ。
横凪ぎしようとしたゴーレムの左手をひょいと躱し、間合いを取った。実は今懐に入った時点で俺の勝ちは確定だったのだが、ダリアはそう言うのが目的ではないのだろう。
ギャラリーに、この魔法人形がどれだけ人の動きに近付けられたか、そしてどれだけの戦闘能力や労働力を秘めているかを見せたかったのだろうと、俺は判断した。
発表会とデモンストレーションを兼ねた、優秀なプレゼンテーションだ。量産できれば、生身の人間では対応できないシュチエーションの作業をこなせる導具になるだろう。村長とか、欲しがるような気がする。(笑)
5分後、色々限界になったダリアが降参を宣言し、拍手喝采の中でデモは終了した。ライエや下級生たちが、ヨレヨレになったダリアの世話をしていた。
いつの間にか闘技場の中央にギャラリーと生徒全員が集まっていた。やっと落ち着いた感じで、ダリアが立ち上がって挨拶をした。
「ご覧の通りで、短時間ではありますが人間と比べて遜色なく動かせる人形を我々は作れました。性能詳細は、こちらの報告書に纏めてあります。特に魔石リンク、それを支える魔力量は、海キャンプを経験しなければ達成されなかったでしょう。」
生徒全員が頷いた。父兄も、色々囁きあっている。
「また、キャンプから陰日向に支えてくださった父兄の方々や先生方に、感謝を。皆さんに協力して頂かなければ、我々はここまで成長できませんでした。そして学長先生、マサ先生の教えに、最大級の御礼申し上げます。」
生徒全員が両手を組んで跪き、前に突き出した。最大級の謝意だ。再び拍手喝采が巻き起こった。その中をアズが前に進み出た。生徒達を座らせて、閉会の挨拶を始めた。
「はい、良く出来ました。皆素晴らしい発表だったわ。諸君のキャンプは誇れる結果に終わったと思う。だから、私から言うことは何もありません。また、キャンプの参加をお許しいただいた父兄の方々に、改めてあつく御礼を申し上げます。最後に、マサ先生からの総評を頂きます。」
ああ、そう言えば後回しにしたんだっけ。あー、何て言ったら良いんだろう。俺苦手なんだよなあ、こういうの。
「えー、...真面目に訓練を続けてくれている君達に、教えた者としてまずは感謝を。そして、その結果がこれだけ素晴らしい発表となるとは、予想していませんでした。また、一緒にキャンプをやろう。良いものを、観せて貰った。ありがとう。」
ダリアが立ち上がって、拍手をした。それを見た生徒達が、一斉に立ち上がって拍手した。発表会は、全員の喝采で幕を閉じた。
次の日、早朝からライエと妻達で個人レッスンを行った。ダリアのレッスンは午後からの予定になっている。俺達は人猫族村近くのキャンプ地だった砂浜を利用した。
「ねえあなた、今日はどんな風に進めていきましょうか?」
マニが俺やアズやナルの顔を交互に見ながら尋ねた。朝食の後のお茶を、浜辺で楽しんでいる時だった。
「...ライエ、一番は何を習いたい?」
俺はライエに希望を聞いた。うーんと唸って、しばらく考え込んでいる。俺はヒントを出して判断を促した。
「うーんとね、覚えられると一番楽しそうな事から覚えようぜ。今まで見てきた中で、何が一番楽しそうかな?」
「...それなら、ママの青光の雷槍がいいな。」
あー、ライエもそっちかあ。やっぱ攻撃魔法は、カッコいいものな。
「うーん、どうするマニ?」
「だめよ。先生が性格に問題が出るって言ってたじゃないの。」
マニが眉を吊り上げた。アズも頭を掻きながらライエを諭した。
「そうね、それに最低限の発動は出来ると思うけど、あの呪文は自分に電撃が飛ばないように無詠唱で防壁を展開しながら発動させるのよ。基本、範囲攻撃呪文はそんな感じよ。」
「そう言えばさ、以前見たマグマキャノンの熱って、あれはどうやって防ぐんだい?ダンジョンの時は俺のバリアーで関係無さそうだったけど。」
「あー、あれは高難易度なのよね。氷の防壁を事前展開するか、無詠唱なら空気の断層を全身に展開しないと防げないわ。」
「ん、話が逸れてる。」
ナルが的確な突っ込みを。(笑)
「ああごめん。とにかく無理なんだな。ライエ、そう言う訳だからすまんね。」
「うーん、それなら何でもいい。母様達に教えて貰えるだけでも嬉しい。」
あーそう言う風になるよなあ。と言うか、まだ面白味を見つけるのは無理か。色々な経験を積まないとな。
「ごめんな、ライエ。でもやっぱりママのあの呪文はカッコいいよな。俺もそう思う。」
ライエは大きく頷いた。そう、分かり易さというのは大きなポイントだ。そしてあれをやりたい!というモティベーションが、やる気と吸収力をブーストさせるのだから。
「ん、私に任せて。」
ナルがドンと胸を叩き、咳き込んだ。こいつ、最近面白いな。何て言うか、ユーモアが身に付いてきた様な...。(笑)
「ナル母様、お願いします。」
ライエが頭を下げた。すると、ナルは俺の服の裾を引っ張った。
「マサ、協力して。」
「おう、何をすればいいんだい?」
「ん、記憶の場所まで飛んで。」
「あーえーと、ナルの記憶している場所へ瞬間移動、で良いのかな?」
「そう。ライエも一緒。」
「分かった。それじゃあ、アズとマニは帰ってくるまでに何を教えるべきかを考えてくれないかな?俺には無理だし。」
「分かったわ。」
2人が同時に返事した。ナルのイメージ先は、恐らくフェロモンの召喚元だろう。超重要な機密事項の様な気がする。
瞬間移動で、砂漠の真ん中へ来た。何と言うか、既視感がある場所だな...うん、何か見覚えあるぞここ。
「ナル母様、ここって虫の...?」
ライエが気付いて尋ねた。そう言われてみると、今立っているこの砂丘の先が、大規模殲滅の時の拠点ではなかったか?
「ん、ライエ偉い。」
ナルはライエの頭をナデナデした。そして、おもむろに歩き始めた。俺とライエはお互い顔を見合わせて、ナルの後を着いていった。
5分位歩いただろうか。いきなりナルが足を止めた。
「ん、多分ここいら辺。」
キョロキョロと周囲を見回している。何かを探しているみたいだ。
「ナル、何を探しているんだい?」
「...秘密。」
俺は再びライエと顔を見合わせ、阿吽の呼吸で近くの日陰になっている砂丘の影に座った。俺が胡座をかいて座ると、ライエはその上に乗って座った。猿の蚤取りみたいな。(笑)
数分後、突然ナルが何かの呪文を唱え始めた。短く小声だった為、良く聞き取れなかった。突然砂丘の一角が、砂の模様の風呂敷を取り払ったように変化し、巨大なマンホールの蓋のようなハッチが現れた。
それに手をかざし、再度何かの短い呪文を唱えると、ナルはマンホールの蓋から出ている手すりに手をかけて、時計回しに捻り開けた。
「お待たせ。此方へ。」
俺とライエはナルの後にくっついて、マンホールの中へ足を踏み入れた。内壁は薄汚れているので良く判らんが、恐らくサンドテクタイト製だろう。直径が2m位の、綺麗な円形の横穴を進むと、十字路へ出た。
ナルは十字路の手前で止まった。右脇の壁に呪文を唱えると、そこに小さい横開きの扉が現れた。それを開くと、通路の脇道が現れた。
「十字路に入ってはダメ。」
うっかり足を踏み入れそうになったライエに、ナルが鋭く注意した。慌てて足を引っ込めると、ニヘッと笑って舌を出した。こいつめ。(笑)
「ああ、そこはトラップかあ。流石ナルだね、引っかけ方が絶妙だよ。」
ナルが小さくウヘヘって笑った。そして脇道へ3人で進んだ。途中、500m毎になにがしかのトラップや迷路があり、どれも手順を間違うと致命的なミスに繋がる仕掛けのようだ。よっぽど秘密にしたいんだろうな。
やがて、クラフトモードマッピング上では入り口から数kmの地点で行き止まりになった。梯子が付いていて、上に出口があるらしい。
「マサ、先に登って。」
「おう。ここは出口だよな?」
「そう。」
「どうやってハッチを開けるんだい?」
「内側からは手動で開けられる。登れば判る。」
「了解。ライエ、パパの首に手を回してごらん。」
梯子の間隔がライエではキツそうだった。ライエはひしと俺の背中側から首に腕を回してしがみついた。
5m位登ると、広い踊場があった。ライエを降ろして、よじ登って来るナルに手を貸した。正面に入り口と同じハッチが設置されている。
取っ手を捻って開けると、大樹のウロへ繋がっていた。そこから出ると、鬱蒼と繁る大森林が広がっていた。あれ?砂漠の真ん中じゃなかったんかい?
「ああそうかあ、ナルはエルフのホムンクルスだったものな。じゃあ、ここは隠れ里かな?」
俺にそう言われて、ナルは驚きを隠さなかった。
「...ちょっとビックリ。」
「その反応を見ると、図星だな。元の体の提供者経由なのか、元から身分を誤魔化してエルフだったのか、はたまたここ自体が異次元か...?」
ナルの目が大きく見開かれ、顔が上気して赤くなった。ああ、ひょっとして全部当たっていたとか?(笑)
「ん、その全部が当たり。」
やっぱなあ。一応前から可能性を考えておいたんだよな。そして今は、肉体改造により未知の生命体という。(笑)
「え?ナル母様って、エルフなの?」
「ライエ、今更だよ。でも、ナルって自然に溶け込んでいるから、普段から注意してないと忘れるよな。」
「ん、それなら計画通り。」
ナルは嬉しそうに笑った。考えてみると、無愛想で知的、華奢で秀麗な容姿、魔法に長けている、尖った耳、全ての要素がエルフっぽいんだよな。当然だった訳だが。
「世界がこうなる前に、領主が別次元に森林ごと転移させた。」
「それって、何時の話だい?」
「都ができた直後くらい。」
「...すると、ここは亜空間って事だな。時空魔法の使い手が居る訳だ。」
「元は真相様の弟子。今はエルフの領主。」
「なるほど、合点がいったな。フェロモンの源泉はエルフの隠れ里に匿われている、超重要秘密という訳だ。」
「ん、沢山悪用できる。洗脳とか、媚薬とか...」
うーん、陰謀や工作やり放題って訳か...確かにな。でも、何で...?
「何でライエに教える気になったんだい?一族の秘密なんだろう?」
「...マニの魂の繋がりは、私の身内も同じ。」
「つまり独断で決めたと。」
「源泉の所有者は私だから。発明も。」
「うーん、前から思ってたんだけどさ、ナルって元々長寿じゃない?そいでこんな風に沢山秘密を持っている。もしかして、真祖時代以前とかの記録や伝承とか知っているのかな?」
「少しは。」
「神魔戦争の話とかも?」
「少しだけ。」
「...今はライエの事を優先させよう。先に進もうかね。」
「何を考えてるの?」
「すまんな、ナル。時間がないから帰ってからな。前から考えていた可能性のひとつが有効になりそうだとだけ言っておこう。」
「...分かった。」
目を閉じて、ナルは自分に言い聞かせるように返事して頷いた。
話によると、亜空間はさっきのハッチから先が元からで、マンホールは後付けでナルがくっつけたんだとさ。以前から二位の手先が嗅ぎ回っていたらしい。
森林の獣道っぽいのを辿って行くと、巨大な木の上に大きな一軒家が建っているエリアに到着した。あれは神木だろうか?そしてその周辺は開けた草原になっていて、無数の簡易型住居が巨木を囲むように建っている。
「村の集会場と居住区かな?エルフのテンプレだね。」
「...あれはビックリした。アニメ?とかの話、そのまま現実だから。」
「と言うより、君達の種族が転移してあちらの次元に居たのかもね。」
「ん、ありえるかも。」
3人でティピーの間を縫うように、巨木の一軒家に近付く。姿は見えないけど、住居の中から視線を感じるので人は住んでいるのだろう。
巨木には梯子がかけられ、上の一軒家に続いている。ナルは身軽に、慣れた風に登っていく。俺もライエを背中側から首にしがみつかせて、後に続いた。
マンホールと同じ感じの踊場に辿り着いた。正面に木の扉がある。丁度顔の高さに覗き窓があり、誰かの目が俺達を見ている。
ナルが扉をノックすると、中から女性の声が聞こえた。
「合言葉。」
「ん、ポルフィーノは古エルフの末裔。」
扉が勢い良く開き、ナルに顔がそっくりな女性が両手を広げて出迎えた。
「ナルキス!よく帰ってきたわね!会いたかったわ...。」
女性はナルを強く抱き締めた。ナルも満更では無さそうな表情だ。俺とライエは、唖然としてそれを見ていた。やがて、それが終わるとナルはこちらを向いて、家族を紹介した。
「ん、母さん。あっちが父さん。」
気付けばナルを抱き締めた女性の背後に、ひっそりと佇む男性が見えた。ああ、この人達ってナルのマナ伝達で見た人だな。
「おや?両親は死んだって言ってなかったかい?」
「それは、本当の話です。我等はナルの育ての親です。」
そう言いながら、男性が前に進み出た。長身のマデュレと違うタイプの優男で、若い風に見えるが実際は相当年長だろう。落ち着いた態度や鋭い眼光、何より身のこなしが只者で無いことを伺わせる。
反対に、女性はおおらかで真逆の性格に見える。知的な雰囲気の中にも、ナルを包容する愛情が伺えた。
「あなたがマサさんね?そしてこちらがライエ。」
「こんにちは。初めまして。」
ライエがお辞儀をした。女性は両手で顔を優しく挟むと、目を覗き込んだ。
「...まあ、素晴らしいマナの持ち主ね。あなたの才能は、人間とは思えないわ。」
「娘の事をそう言う風に言っていただいて、ありがとうございます。初めまして、第三者委員会のマサと申します。領主殿でいらっしゃいますか?」
「はい。ナルキスが何時もお世話になっております。どうぞ中へお入りください。」
テーブルに着席を勧められたナルは、真っ先に2階の自分の部屋にライエの手を引いて駆け込んで行った。俺はちょっとビックリしたが、領主に促されて座った。
「あんな娘ですが、結婚の報告を聞いて我々も親として、とても嬉しく思っています。あなたのような男性が伴侶になって頂けるならと、今まで願ってきましたので。」
厳しく鋭い目を緩ませて、領主は穏やかな声で語りかけてきた。口元に微笑みを浮かべながら。多分あまりコミュニケーションが得意でないのだろう。
領主が喋っている間に、女性が奥の部屋からお茶を淹れたポットをトレーに乗せて運んできた。ハーブの良い香りがする。これはレモンバウムかな?
ライエとナルの分のカップもテーブルに用意して、女性は椅子に座った。俺はどうも、とお礼を述べた。
「その様子だとご存じとは思いますが、彼女は後妻として俺と結婚しました。今日はここへ来るとは聞かされておらず、少々面食らっております。何か失礼がありましたらご容赦を。」
「いえいえ、御丁寧に。あの子の幸せそうな表情だけで、何も言うことはありません。大切に思っていただいて、感謝しかありません。」
女性が微笑んだ。本当にナルにそっくりだ。実の母といわれても、誰も疑わないだろう。
「実は、急遽お出で頂いたのは我々の希望なのです。娘から色々聞き出して、是非会ってみたくなりました。」
領主は、さっきから俺を推し測っている感じがする。まあ、放蕩娘がいきなり結婚したとか報告を入れてきたとか、そんなシチュエーションなんだろう。親なら、当然そうしたくなるよな。
と言うか、ナルって親にもこうなんだな。まああいつの生い立ちを考えれば、今は及第点位なのだろう。
「そうでしたか。それなら安心いたしました。こんな奴ですが、由緒正しき家系の末席に相応しくあるように努力しますね。」
「いや、あなたの様な人間は、中々御目にかかれるものではないでしょう。さっきから手の冷や汗が止まりません。柔和で恐ろしく、平和主義で真理の実践者でしか出せないオーラをお持ちです。逆に、我々こそ家族の一員になっていただき、無上の誉れです。」
領主は、俺の本質を第一印象だけで見抜いたらしい。そう理解できる実力者と言うことだな。
「マサさん、あなたを見て私達の教育は間違っていなかったと確信できましたわ。今日は何て素敵な日なのでしょう!是非泊まって行ってくださいな。お祝いしないと。」
妻の様子に、領主はやや苦笑ぎみだ。エルフ特有なのかもだが、最早名前とか外見とか体裁とかどうでもいいのだろう。中身を認めたならとことん、と言う感じなのかな。悪い気分ではないけど。
「これ、拙速に話を進めてはいけないよ。彼等にも用事があるのだろう。祝いは後日でよいではないか?」
「私は待ちきれないわ!村の友人や親族を呼んでパーティーしなければ。それに花嫁衣装をまだ見ていない。もう一度結婚式しましょう?」
キャッキャと奥方は張り切っている。俺は笑いながら彼女に確認した。
「あの、貴方は領主殿の奥方様で宜しいのですよね?」
「あら、言ってなかったかしら?」
「言ってないね。そもそも、我等は名前も名乗っていないではないか。」
領主は苦笑して妻を諌めた。夢中になると見えなくなるんだろう。
「申し遅れましたが、私は領主のアリエレッタ・ポルフィーノと申します。」
「妻のエヴァと言います。マサさん、これからもよろしくお願いしますね。」
エヴァは握手を求め、両手で俺の手を握りしめた。愛情と感謝が滲み出ている。この人は偽らない性格なんだな。俺はアリエッタとも固く握手を交わした。
「そんなに畏まらないで下さい。我等は家族なのですから。」
そう発言したアリエッタは、困ったような嬉しそうな顔だ。俺は頷くと、ハーブティーを一口飲んだ。鮮烈なレモン風味のアロマが、程よい酸味とマッチしている。後味もスッキリだ。うまいハーブだな。
ナルがライエと部屋から出てきた。2人で何やらこそこそ話ながら、席に座った。ライエの表情が、何か衝撃を受けた様な感じだ。無言で目をパチクリしながら、お茶をすすっている。
「ナル、ライエが変だぞ?」
「ん、ちょっと衝撃が強かっただけ。」
「パパー、凄いの見ちゃった...」
おいおい、目が凄い輝いているんだが。ナル、お前何をしたんだ?
「パパー、ライエね、ちょっとビックリしただけだから。ナル母様は変なことはしてないよ?」
「いやまあ、信じるけどな。ナル、これで用は足りたのかな?」
「ん、完璧。」
グッと親指を立てて突き出す。まあ、ライエが満足そうだからいいやあ。(笑)
「ナルキス、もしかしてアレを見せたのか...?」
アリエレッタが、険しい顔をしながら尋ねた。ナルは頷くと、
「ライエは親友のマニの養子だけど、魂で繋がっている子。私の家族。マナも凄い。優秀な霊と才能に相応しい技能を。」
ナルが、珍しく長文で熱をいれて説得している。尋常ではない決意を、義父達は理解したようだ。
「...分かった、お前を信じよう。確かにこの子は尋常なポテンシャルではないな。流石マサ殿の御子と言うべきか。」
「アリエレッタ殿、義父様と呼んでも?」
頷きながら、義父は微笑んだ。何だか嬉しそうだ。
「ナルから聞いているかもしれませんが、彼女と俺の正妻のマニは、過去世で実の姉妹でした。そしてこの子は、私と正妻の過去世での実子でした。霊的系譜では彼女とライエは繋がっています。現世でも家族ですが。」
義父は、怪訝そうな表情だ。まあ当然だろう。
「霊的な話は理解できますが、その様な話の根拠は何処から聞かれたのでしょう?」
「その話は、我が状況を作るために教えたのじゃ。」
ラヴィ様が実体化された。インドのサヴィーを着て、頭から布を被っている。インド人女性の普段の格好だ。主を一目見た領主夫妻は、跪き両手を前に突きだした。
「おお、あなた様はもしや、都の建立以前に祭られていた御方では...?」
「ほう、我の事を知っておる者がまだ居たとはのう。殊勝な事じゃ。」
「...主よ、お姿を拝謁できます事、無上の喜びでありまする。」
「畏れるでない、普通にしてたもれ。我にそういう儀礼的なものは不要じゃ。御主等敬虔な信者にとっての、身内として存在するのが神なのじゃから。」
「畏れ多き事。私がまだ若年の頃、あなた様の御神体が盗まれたときの悔しさを、今でも忘れられずにおりました。こうしてまた御目にかかれた事、正にお導きとしか思えませぬ。」
「ならば、マサに感謝するが良いぞ。彼は我の司祭であり、邪神によって砂漠の虫の腹中に囚われていたのを助け出してくれた者じゃ。今の神殿建立地の創造者でもあるの。」
「何と!守護者様であらせられたか!これはとんだ失礼を...」
「まあまあ、ラヴィ様がこう仰られているのですから、もっとフランクに行きましょう。俺の中身は只の人間ですよ。あなたにとっての俺を、今後見て判断して頂ければ幸いです。」
「ん、マニの家族もお気軽。」
ナルが腕組みして頷いている。しかし、ラヴィ様は大人気だな。どこの初対面でも、この御方の前では親しい友人同士になれる。
ラヴィ様が口利きをしてくれたお陰で、話はスムーズに進んだ。俺達は今後自由船に招待する事、エルフ村の希望者を神殿で祝福する事、ライエの件は重要秘匿事項とする代わりに使用許可する事等を決めた。
時間も2時間以上経った。そろそろ戻らないと、アズやマニが怒るぞ。そう思っていると、ナルがフィジカルコンタクトしてきた。
「ここも時間の流れが遅い。」
「ああ、次元部屋と同じかあ。じゃあ、あっちはどれ位経っているの?」
「移動分があるから、多分1時間弱。」
「まあ、急いで帰ろう。午後のスケジュールもあるしな。」
ナルが俺の腕を捕まえて見つめ合っているのを見たエヴァが、嬉しそうに笑った。
「あらあら、仲が良いのね。ナルキスがこんなに男性と親しくなるなんて、本当に奇跡だわ。」
「ん、マサは特別。」
「さもあろう。村を挙げて、祝いをせねばな。娘が主の守護者様の伴侶とは、目が覚める想いだな。」
「義父様、マサと呼んでください。自由船の皆も、同じですから。」
「ん、普通が一番。」
「...分かった。マサ殿、早目に我等を神殿に誘っておくれ。君達がどんな所に住んでいるか、早く見たいものだ。」
「そうよ!ナルキスが気に入った所なんて、研究所以来だから。私も是非見たいわ。」
「ホホ、こう見えてこの者は忙しいのじゃ。然るべきタイミングで誘いが来るであろう。その時まで、楽しみにしていることじゃ。」
主はお戻りになった。依り代が淡く光っている。俺達も急いで撤収する事にした。出口の踊り場まで、領主夫婦は見送りに来てくれた。名残惜しそうにする義両親を尻目に、ナルはさっさと梯子を降りて行ってしまった。
「また、近い内に知らせを入れます。御二方共、またその時まで。」
「マサ殿、待っていますよ。またお越しください。」
俺もライエを背負って階段を降りた。暫く歩いて振り向くと、2人がさっきの場所で手を降っているのが見えた。
うーん、何かナルの態度が引っ掛かるな。何て言うか、他人行儀な風に感じる。向こうは誠意がある態度だったがなあ。この件は、後で相談しないとな。
ナルの希望で、砂漠のど真ん中へ瞬間移動した。大規模殲滅の時に、拠点があった場所だ。
「ライエ、ここで最終試験。」
「うん、やってみるね!」
ライエは精神集中を始めた。ゆっくりではあるが、マナが収束して彼女の体内に満ちてくるのが判った。
「生命の欲求の源よ!渇望の一滴はここに召喚された!!」
いきなり羽音がし始めた。以前虫のサナギがあった辺りに、結構な数の地虫や羽虫が群がっているではないか。以前見たナルほどではないけど。
「ん、これだけ使えれば、後は時間の問題。」
「...と言うことは、合格と言うことかな?」
「満点。」
「ヤッター!」
ライエはナルのオリジナルをあっさり体得してしまった。嬉しそうに目を細めるナルを優しく抱いて、俺は額にキスをした。
「ありがとうナル!俺は物凄く感謝している。」
「ん、ライエの為なら。」
「ナル母様、ありがと!」
ライエもナルに抱きついた。ナルはヨシヨシと頭を撫でている。虫達は、数分後に散々になった。未熟なマナ量なので、今くらいが限界だとさ。
瞬間移動でマニとアズの所へ戻った。1時間で全ての事が足りてしまった。ナルは疲れたと言って自宅へ帰ってしまった。
「あなた、お帰りなさい...あれ、ナルの件はもう終わりなの?」
マニがナルの後ろ姿を見ながら近付いてきた。後ろにアズもいる。俺は手短に経緯と結果を説明した。
「...それじゃあ、隠れ里へ行ったのね?よく案内したわね...ま、妻なんだし当然かしらね。」
マニは知っていたらしい。いやでもお前、結構機密性の高い情報だよ?
「マサ、ナルの義両親には会ったのよね?」
アズが心配そうに尋ねた。
「おう、向こうが会いたかったとかで、俺は呼ばれたんだと。でも、古典的ではあったけど善良そうな両親だった気がするがなあ...」
「ひょっとして、未だにナルが他人行儀だったとか?」
「うん、そんな感じだな。何かあったのだろうけどな。」
アズはため息をついた。マニは何の事か理解できないらしい。
「...あの子ね、もう大人なんだし頭では義両親とのわだかまりはないと考えているのだけど、気持ちや態度が追いついてないのよ。私もそれを注意したのだけどね...それももう数十年前なのよ。」
マニが心配そうな顔をした。
「先生、ナルの親って本当の親ではないんでしょう?そういうわだかまりかしら?」
「うーん、それもあるかもだけど、一番は外の世界に出たがらないエルフの性質と言うか、その領主をしている義両親の臆病さへと言うか、自分の種族だけ亜空間に千数百年引きこもっている一族への諦めと言うか...。」
「なあアズ、それをナルから直接聞いたってこと?」
「ええ。時間をかけてね。あの通りだから、自分の気持ちや想いを言語化するのが得意ではないのよ。」
おあ、なんちゅう気の長いことを。(笑) まああの性格だから、アズの思いやりにうまく反応できないのだろうな。
「まあどのみち、彼方でラヴィ様が祝福すると約束されていたし、近い内に一族郎党で神殿へ来る羽目になると思うけど。」
アズとマニがビックリした顔でお互いに顔を見合わせた。アズがやや動揺しながら、尋ねた。
「...それはまた、大事ね。エルフ族が穴蔵から出るなんて、前代未聞ね..ねえマサ、引きこもりの種族が空飛ぶ神殿付きで、かつ神までいる隔離空間に来る訳よね?それって人口増加案件じゃないかしら?」
「あっ」
俺とマニは、アズの予想が事実になると確信してしまった。言われてみれば、条件は全て整っている。
「でもさあ、問題はないのでは?まだ全てのエルフを見たわけではないから、確証はないけど。」
とは言いながら、確かにアズの言った事に引っ掛かりを覚えた。こりゃ一度、ナルと意見交換してみないとな。
俺が考え込んでいるのを見て、マニとアズは顔を見合わせて頷いた。どうやら二人とも、同じ懸念を感じているらしい。
「パパー、次はどうするの?」
ライエが痺れを切らせて尋ねた。ああ、そう言えば君の訓練だったな。何か一瞬忘れてた。(笑)
「ごめんな。ちょっとナル母様の事でな、心配事があったのだよ。さあ、続きをやろうか。」
妻達も頭を切り替えた。ライエの事も重要案件だからな。アズとマニが手解きしながら基本と便利魔法を昼前まで教えていた。俺は見ているだけ。(笑)
昼食に、サンドイッチを頬張っているとダリアがやって来た。迎えにいこうと思っていたら、人猫族村のポータルを使って自力で来たらしい。場所はセネル氏に聞いたそうだ。
ライエの隣へ座ると、アズからサンドイッチを受け取り食べ始めた。昼飯はまだだったらしい。お茶を飲みながら、容赦ない追求が。
「やっと見つけましたわ。案外遠かったので苦労しました。」
ダリアが額の汗をタオルで拭った。そう言えば暑いなここ。俺は霊波バリアーを全員に展開した。
「そう、これですわ!一体どう言った能力なのかしら?魔法ではないし、スキルと言うには非物質的ですわね。無詠唱に見えましたし。」
「ダリア、詮索しても無駄よ。この人の能力ではあるのだけれど、原理はさっぱりだから。」
アズが苦笑しながら、質問攻めになっている俺のフォローに回った。ま、仰る通りなんだけど。
「...ええと、君の今日の目的は魔法訓練?それとも俺の能力の事?」
「習得できるなら、あなたから教えてもらいたいですわね、マサ先生。」
マニがうけている。肩を震わせながら、困った顔の俺を指差してダリアをなだめる。
「くっくっく、あなたのそんな顔珍しいわよ?ダリアさん、彼の能力はね、彼の意思では教えることはできないのよ。」
ダリアの頭に?がいっぱいくっついた状態に。これこれ、機密漏洩はダメだっちゅうの。
「...ちょっとマニさん?」
「マサ、私が勧めたのだよ。ちょっと考えがあってね。」
サットが珍しく自ら介入してきた。こいつは受動的なので、自分からは滅多に意思表示してこないのだが。
「おいおい、もしかしてダリアにクラフトを解放するつもりかい?」
「それはないな。でも、魔法とはそもそも詠唱するときのイメージの為に唱えるんだろう?それなら、無詠唱でも大丈夫ではないかね?」
「まあ、温泉の海水召喚とか、普通にやっているよな。」
「うん。そう言う感じで、魔法も教授できるだろうよ。何なら、私が教えようかね?」
「ま、どのみち存在は知られるわけか。」
「大丈夫だよ、彼女は口は硬いと見た。セネル氏も知っていることだし、彼女は家族なんだろう?」
「分かった、じゃあ任せた。」
今の会話、他の妻にも聞こえていたらしい。2人共、俺を見て頷いた。最近、接触してないのに情報が伝達されるのは何故なんだろう?
「ああ、説明してなかったね。君の内耳に居る精霊をちょっといじった。ある程度の情報は、私がそれ経由で彼女達に伝達しているから。」
「あっそうなんだな。ま、問題なし。」
俺はダリアを近くまで呼ぶと、手を握った。いきなりの事に顔を赤らめるダリアが、驚いて飛び上がった。
「やあ、綺麗なお嬢さん。私の許可なしでは、マサの技術は教えられないのさ。」
「こ、これはマナ伝達ですの?それにしては何も魔力を感じませんわね?今のはどなたですの?」
流石はアズの姪。マナで意思伝達は知っているらしい。ちょっと混乱しているのは無理もないが。
「初めまして、私はサットと言う。高次元生命体だよ。マサの脳の一部を間借りして、共生関係にあるのさ。彼の能力は分子クラフトと言って、この世界の人間では理解が難しいのさ。」
「ビックリしましたわ。マサ先生にこんな秘密があるなんて...確かに機密の塊という話は伊達ではないですわね。」
「妻達やセネル氏やプルートゥは、この事を知っているから。家族だけには、部分的に情報を開示しているんだよ。それと、この意思伝達はフィジカルコンタクトって言うのさ。精神感応の一種で、能動的に使えるのは妻達だけだがね。」
俺もサットをフォローした。結婚する訳でもないのに、事情説明とかする羽目になるとは思わなかった。
「お嬢さん、魔法でもマサと似たような事はできるのを知っていたかい?」
「いいえ、知りませんわ。無詠唱って事ですわよね?」
「そうだね。貴女なら案外簡単に習得できそうだから、私が教えるといったら話に乗るかい?」
「...サットさんとご縁を作るのも悪くないですわね。分かりましたわ、それで手を打ちましょう。」
「マサ、次元部屋を。」
俺は次元扉を開いた。以前のキャンプ撤収の時に工房の方は見ているので、ダリアはさして驚かなかった。
「中に入って。サットが色々教えてくれるよ。」
ダリアは不安そうな顔をしてアズの方に振り向いた。アズは黙って笑いながら頷いた。おずおずと部屋の中へ入って、ドアが閉まった。
「無詠唱なんて、私でも簡単な魔法しか出来ないわね。」
アズが困り顔で言った。まあ俺なんてそもそもサット頼りな訳で。
「ああ、それなんだが、彼女が習得している魔法くらいのレベルなら、無詠唱できるとか言ってたな。あまり難しいのは、まだ無理だろうしな。」
マニが心配そうな顔をしながら腕組みした。
「義父様がそう言うなら間違いは無いのでしょうけどね。でもあなた、ダリアさんはクラフトを教えて貰いたい訳でしょう?」
「だから、それはダメだっちゅうの。代替えで誤魔化してるんだから、突っ込まないの。役には立つのだし、初級から鍛えれば案外中級魔法位までなら行ける様になるかもよ?」
「それはそれで、凄い話ね。学園の教育にも、取り入れられるかも。」
さっきから無言で口をモグモグさせていたライエが、とうとう話に気付いた。お茶を一気飲みすると、次元部屋の扉を見ながら質問を始めた...そう言えば、何で次元扉が消えないんだろう?
「ねえママ、義父様っておじいちゃんの事?」
「違うわね。うーん、どうしましょう...」
実はライエには、サットの事は話していなかった。まだ必要ないだろうとの判断だったのだが。あっそうかあ、それで扉がね...あいつ、狡いな。(笑)
「ライエ、ダリア姉様と魔法の授業するかい?」
「うん、やってみたい!」
「じゃあ、その扉に入ってごらん?全てが解るから。(笑)」
「分かった。ママ、行ってきます。」
俺達は手を振った。次元扉に入ったライエの姿は、サットの配慮で俺達の視界に共有された。ダリアが椅子に座って、目だけ眩しいくらいに光っている。その傍らで、ライエが心配そうに見ている。
「...姉様、大丈夫?」
「ああ、ライエね。素晴らしいですわね、サットさんの能力は。こういう学習方法もあるのですわね。もう、学校に戻れなくなりそう...」
「姉様、サットって...?」
「やあライエ、初めまして。」
いきなりの男性の声にライエは飛び上がる。
「驚かせてしまったね。君のパパやママ達は知っているよ。私はサット。高次元生命体...意識だけの生き物だと思ってくれ。パパの頭の中に住んでいるのさ。」
「サットさん、こんにちは。」
「はい、こんにちは。君はダリアさんと同じく、無詠唱の魔法を学びたいかな?」
「無詠唱?それってパパのやつ?」
「いいや、学園で学ぶ魔法を詠唱なしで使えるのさ。パパのは、魔法ですらないよ。」
「...ライエ、よくわかんない。」
「いいさ、でもこの部屋に入ってきたのは、学びたいからだよね?」
「はい。」
「じゃあ、そこに座って。今から動画を見せるから。」
頭に?がいっぱいのライエが椅子に座ると、目が光り始めた。
「わわわあ、なにこれ!人が動いている!」
「ライエ、見えるものに集中してごらん。」
最初落ち着かなかったライエも、やがて理解し始めたようだ。大人しく動画を観て学習している。
...こっちはサットに任せればすぐだな。それじゃあ俺達は休憩しますかねえ。
「アズ、ランチの続きをしようかね。あっちは任せよう。」
「そうね。義父様が宜しくやってくれそうね。」
アズはそう言うと、ランチボックスを開けて俺に差し出した。適当にサンドイッチを2つ取ると、マニへ回す。
「ねえあなた、私にもクラフトを教えてくれるっていう話、まだなのかしら?」
そう言えば、確か私にもってマニは言ってたよな。すっかり忘れていた。
「アズはその内って言ってたな。マニはちょっと心配なんだろうよ。」
「...そこの評価は変わっていないのね。何がいけないのかしら?」
ちょっと落ち込んでいるマニへ、アズが気を遣いながらアドバイスを。
「多分だけど、マニさんは感情的すぎると言うことだと思うわ。私は仕事柄で感情を抑える経験をしてきたから。」
アズが的確な答えを。そう言えば最近サットにマニの学習の件を聞いてなかったな。俺はサンドイッチを食べながら、聞いてみた。
「サット、マニはクラフトの解放待ちなんだけど?」
「うーん、そうだなあ...限定的なら、許可するけど?」
「例えば?」
「料理とか、危なくない物なら。ああそうだ、遺伝学クラフトなら役に立つし、女医が居た方が何かと良いだろう?それなら許可できるよ?」
俺はマニを手招きした。マニは俺にくっつくと、フィジカルコンタクトした。
「そう言う訳だから。」
「...ああ、寧ろ医学系は教えて貰いたかったのよ!料理とかなら、自分で出来るわ。」
「それでは、毎週2回は私の講習を次元部屋で受けてね。普通なら毎日みっちり4年間学習する内容だからね。」
「分かった。義父様、お願いね。」
「頼まれた。」
アズがマニと反対の脇にくっついてフィジカルコンタクトしてきた。
「義父様、私のはまだでしょうか?」
「ふっふっふ、アズナイル、その言葉を待っていたんだよ。」
アズの両目が光り始めた。大量の知識と技能が、アズの大脳を占有し始めた!高速処理される情報に体を痙攣させながら、アズはクラフトの技能の一部を吸収していった。
やがてそれが収まると、マニと俺が見守っている前で、新しいアズが誕生した。目を輝かせて、俺が見ているであろうその世界を堪能している。
「ああ、凄いわ!!こうやって直に視界にメニュー表示されるのね!」
アズは総毛立ち、涙をこぼしながら夢中になっている。
「先生、どんな風ですか?」
マニが羨ましそうにアズを見ている。まあ、後妻が先に能力獲得しちゃったんだし、無理もないかな。
「マニ、多分アズには遺伝学クラフトは伝授されてないと思うよ。医学の勉強をしないと、あれは習得できないからね。」
「...本当ね、メニュー内には医療カテゴリーは無いわね。」
アズはしばらく探してから、回答した。
「アズナイルに伝授したカテゴリーは、建築と超魔導クラフトだから。君が忙しすぎるから、能力分担ね。」
サットが説明してくれた。成る程、最近全く弄ってなかったしな。まあ、色々業務が多すぎてね。
「アズは、一旦切り替えて。そろそろライエとダリアが終わる頃だから。」
「そ、そうね。余りにも楽しすぎて、時間を忘れるわ。あなたが超人的なのも、これを見ると理解できるわね。」
「君も、今日からその一員だよ?超魔導クラフトが使えると言うことは、魔導兵器開発全般をサポート出来ると言う事だから。」
「夢のようだわ。何て素晴らしい日なんでしょう!」
「サットとよく相談して、無理なく作ってね?サットが君の理性を認めての事なんだし。」
「分かっているわよ、あなた。」
マニが羨ましそうな顔をしている。ああ、こりゃ後でフォローしないとな。
それから数分後、ライエとダリアがメロメロになりながら次元部屋から出てきた。俺達は、2人を座らせてお茶を飲ませた。落ち着いたダリアは、こっちも目が輝いていた。
「ああ、素晴らしい体験でしたわ。理事長先生には申し訳ないけど、学園の授業とは比べ物にならない学習方法でしたわね。」
「ダリア、今アズもそれを実感しているところだから。(笑)」
「えっ、何を学ばれましたの?」
アズは満面の笑みで、ダリアへ振り向いた。
「その内判るわ。素晴らしいわよね、義父様の学習。」
「と言うか、こんなの身内特権だからね。普通あり得ないことくらいは分かるだろう?」
俺はダリアに釘を刺した。彼女は大きく頷いた。
「...パパ、違う世界の人なの?」
さっきから黙っていたライエが、不安そうに聞いてきた。ダリアは驚いた顔で俺を黙視している。
「ああ、サットに教えてもらったんだね。そうだよ、ここと似た世界で、地球と言う所さ。」
「地球...パパは、いつかは帰っちゃうの?」
「お前を置いて行くわけないだろう?それに、あちらの世界には多分帰れない。そういう覚悟で此方へ来たのだから。」
「そっか...それなら何でもないの。」
そう言うと、ライエは無詠唱でエアフロウを使った。ダリアもそれを見て、2人で空中へ舞い上がった。心なしか、ライエの魔力が上がっている気がしたのだが...
「マナの使用効率を上げたのさ。言っておくけど、彼女の努力だからね。」
「そうなんだな。まあでも、あの2人が楽しそうだからいいかな。」
「今日の一件は、大きな収穫になったわね。あなたの苦労が減るなら、私は満足だわ。」
マニがフィジカルコンタクトでそう言った。不満ながらも、本心で言ってくれているようなので感謝だな。良く出来たかみさんだ。
「マニ、君が早く俺の助手として大成できるのを心待にしているよ。夫婦で往診に行けるしな。」
「...どうせなら、仕事以外で一緒に居たいわね。」
「老後にいくらでも時間ができるだろう?多分1000年後位だろうがね。」
「ふふっ、想像できないわ。そんな遠くの未来。」
「したくもないなあ。でもあっという間かもな。」
アズは再びクラフトモードに夢中になっている。満面の笑みを浮かべながら、あれやこれやを思考しているように視線が動いている。俺の時もああいう感じなんだろうなあ。
マニはそれを見ながら、羨ましい想いを引き摺りつつ俺によろめくようにもたれ掛かってきた。俺も彼女の体重に合わせて寄り掛かる。黄昏色の光にもたれ合った2人の影が人の文字を投影していた。