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短編

作者: 焼き栗


「死にたい」


言葉に出すということは非常に重要だ。

心に溜っていた膿を吐き出すような行為を、僕は透き通るような晴天の下で呟く。


言葉は軽い。

成人すらしていない僕如きが何を悟っているのかと言われそうだが、事実僕の周りを漂っていた言葉は全部軽かった。


例えば『良い子にしていればサンタさんがプレゼントを持ってくるからね?』

と呟いていた母親がクリスマスの前日に間男と闇の中に消えたのが数年前。

『父さんはお前だけは絶対に見捨てないからな!』

鼻息だけが空回りしていた父親はついぞ先日蒸発したところである。


おぉ軽い軽い。

人の言葉とはかくにも軽い物か。


さて言葉が何故軽いのかの説明ついでに僕の人生がどう詰んでいるのかもご理解頂けただろう。


「ここが壊れれば良い」


幸い親が遺した最後の愛情の塊と言える我が家は健在なのだが、食べる物が無い。

最後に食べた物はなんだっけ。

そうだ、消しゴムのカスだった。


「……隕石が此所に落ちる」


余計なことを思いだして落ちこむ。

何かすれば良いんだが、何もする気が起きないのでこうして軽い言葉を空に浮かべているのだ。

もしも言霊と言う物が現実にあれば、何千億もの軽い言葉達が浮んで漂っているに違いない。幽霊みたいに。



「おい!!はやく此所を開けろ!!!」

「馬鹿な真似はしないで!!」



我が学び舎の屋上、転落防止のフェンスの向こう側に座り込む僕は、何の命綱も漬けていない。


あと少しだけ体重を前に傾ければ僕の身体は宙に放り出されるだろう。


どうみても完全に自殺途中です、本当にありがとうございました。



「速く鍵を持ってきて!」

「ある!あるんですけど穴が何かで塞がっていて開きませんっ!」

「もう壊すしか――早まるなよぉ!『高瀬』!!」


先生僕の名前は黒瀬です。


「ドア吹き飛んで階段から転げ落ちねぇかな」


涼しげな風が僕の黒髪を撫でる。もう十二月なのに風が暖かい。

教室のイスとは違い、ぶら下がった足を振っても床には付かず空を切るだけ。


「――っ!――っ!」


何やら声が聞こえると思い足下を見れば在校生の皆が空を見つめて何かを叫んでいた。

釣られて僕も空を見るが、雲一つ無い青空が広がるばかり。

何か物珍しいものでも映っているのかと期待したのだが、澄み渡る青空がそれほどまで珍しいのか。僕は教室でずっと顔を伏せていたから解らない。


「あーぁ」

そうか、皆僕を見てるんだ。

教室では散々僕を無視していた彼奴らが僕を心配そうに見つめている。


スマホのカメラ越しに。


中には『しなないでぇー!』と泣き叫ぶ女学生もいた。

僕の手が偶然触れただけで『うわっ、死ぬわ』と泣き叫んでいた奴と同一人物である。


「雨が降ればあいつらのスマホ壊れるのに」

最近は防水スマホが多いらしいが。


軽い言葉ばかりがふわふわと宙を舞っていく。

空に溜った言葉が雲を作り、言葉の雨を降らせそうな勢いだ。


この言葉達が『軽』いのではなく、『重』かったら僕の人生も少しは変わったんだろうか。


僕の事を本気で心配するクラスメイト、先生。

クリスマスプレゼントをくれる母親。

逃げずに僕と向き合ってくれた父親。


どれか一つが真実であったなら、僕も――――


「やめよう」

そんなことを言っても仕方が無い。

過ぎ去った時間と吐き出された言葉は元には戻れないのだから。


さて、そろそろ人生に幕を降ろそう。

僕が重い腰を上げた――その瞬間


ぽつり。


一粒の雨が降る。


「……ん?」

僕が疑問を持ち空を見上げる合間にも雨粒の数が増えていく。

晴天はどんよりとした雲に覆われていた。


「雨!?」

「やべぇ濡れるっ!」

「俺防水じゃないんだけど!?」

在校生達がてんやわんやしながら部屋の中へ戻っていく。

僕を見る視線は一つたりとも無くなった。


「……………」

どうやら僕の言葉が天に届いたらしい。そのお陰で僕はびしょ濡れだどうも有り難うお天道様。

これから死ぬ僕には関係ないけど、肌に染みこみ始めた水と張りついた制服が気持ち悪い。


「まだ生きてるよな!?今この扉を壊して、馬鹿みたいな事を止めてやるっ!!」


屋上に繋がる扉から激しい音が鳴り始めた。

何が馬鹿みたいな事だ。こんな事をさせたのは誰だ。


「………大体っ」


おまえらがっ!!!と大声を出したが、掻き消された。


それ以上の大きな音が屋上に響いたから。


――ッドンッ!!!!!!!!!

轟音と共に砂埃が舞う。コンクリートしかないのに。


「………は?」

雨粒によって視界が晴れる。

僕の目に飛び込んできたのは大きな石。

人一人分ぐらいの石が、屋上のドアを無残に潰していた。


「は、え?」

意味がわからない。石の下から何か赤い物が見える?何が起きた?石?違う、アレは


「――隕石?」



ばぎり。


今度は僕の足下から異音がしたかと思えば、視界が傾いた。

いいや、傾いたのは僕の視界じゃなくて僕の身体。


ひび割れた校舎が崩れ落ちると同時に、僕の身体も宙に投げ出されたのだ。



僕の頭部が地面に着地するその数秒の間。

僕の口から漏れた言葉は


「死にたくない」


何とも軽い言葉であった。



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