魔王様と魔王希望者
魔物を統べる者・魔王。
その地位を狙う者は数知れず……。
もしその者が牙を剥いたら!
クソザコナメクジな魔王の運命は!?
「おい魔王!」
「何や?」
牛頭の魔物・ミノタウロスが、街中で中型犬サイズのナメクジに斧を向ける。
普通なら力の差がありすぎて、ミノタウロスが弱い者いじめと責められる光景である。
しかしミノタウロスの言った通り、このナメクジは魔物の頂点である魔王の座に着いているのだ。
「俺様はミノタウロス族最強の戦士シウ! 貴様のような弱そうな魔物が王というのが納得いかん! その座を俺によこせ!」
「えぇで」
「嫌だと言うなら俺と勝負だ! その身に隠した力を……、え?」
シウの目が丸くなる。
「えぇで。魔王の位、譲るわ」
「は、え、何で?」
「やりたい言うてくれたやないか。やる気のある奴は好きやで!」
「あ、うん、えっと……?」
話についていけず、しどろもどろになるシウに、魔王は気安く話しかける。
「自分、今から時間ある?」
「あ、あるにはあるが……」
「そら良かった。色々引き継ぎたい事があるから、城まで一緒に行こか」
「あ、あぁ……」
完全に呑まれたシウは、言われるまま魔王の後に着いていった。
「帰ったで!」
「おかえりなさいませ魔王様。……おや、そちらはお客様ですか?」
出迎えた側近の吸血鬼・ラーミカがシウを見て首を傾げる。
「今日街で会うてな、魔王やりたい言うから連れて来た!」
「……何ですと……?」
ラーミカの身体から立ち上る凄まじい殺気に、シウは身構える。
(そうか、油断させて強い仲間と俺をぶつける気だったのか……! だが俺は誰であろうと負けねぇ……!)
「またそうやって魔王やりたい人を拾って来て。どうせ続かないんですから駄目だって言ってるじゃないですか」
「い、いや、今度こそ大丈夫やて! ごっつぅやる気感じたから!」
「そう言ってまた一週間も持たずに辞めちゃうんですよ。駄目です。元の所に帰して来てください」
「そんなん可哀想やないか……」
まるで犬猫を拾ってきた子どもと、それを叱る親のような光景に、シウは身構えたまま固まる。
「と、とにかくや! 一度仕事を見せてみて、それから考えよ! な!?」
「……分かりました。ですが、駄目だったら責任持って帰してくださいよ?」
「わ、わかった……!」
硬い足音をさせて立ち去るラーミカを見送り、魔王は恐る恐る振り向く。
「あ、あの、大丈夫やから! やれると思うたら言うてな! 絶対ワシが説得するから!」
「……今までもこんな事があったのか?」
「せや。そんなキツい仕事ちゃうねんけど、何でやろなぁ……」
頭をひねる魔王に、シウは黙って付いていった。
「魔王様。北の荒地開墾チームから、人員要求が来ております」
「んー、二十人かぁ……。ロクドはどない思う?」
「この数は多過ぎますが、増員が必要なのは事実でしょう。七割で様子を見てはいかがでしょう」
「えぇと思うで」
「承りました」
「魔王様、新たにメイドに志願してきた者がいるのですが」
「どんな子や?」
「ワーウルフの娘です。メイドの経験はないそうですがやる気はあり、コボルトのコッヌイとも相性は良さそうです」
「ならえぇんちゃうか。レヌ、教育は任せたで」
「ありがとうございます」
「魔王様ー、この厨房から頼まれたお皿ー、青くて綺麗だから銀で継いでみるねー」
「お、頼んだでアペリ。経費は後でラーミカに言うといて」
「……魔王様、絵の紙、ください……」
「お、わかった。後で部屋に届けさせるなー」
「魔王様ぁ。今日のお昼だけどぉ、ご飯にするぅ? ライスにするぅ? それともぉ、お・こ・め?」
「実質一択ゥ!」
「おい魔王」
「何や?」
「お前、この城で何してるんだ……?」
シウは、げんなりした顔でそう言う。
「一応お前に伺いを立ててはいるが、別にお前に聞かなくてもみな仕事ができている。……お前、いてもいなくても変わらなくないか!?」
「せやで」
「はぁ!?」
事もなげに言う魔王に、恐怖に近い感情を抱くシウ。
「ワシは力も知恵も魔力もない、ただのクソザコナメクジや。親が魔王で、国が世襲制を敷いていたから、ここにおるだけや」
魔王は落ち込む訳でもなく、自虐でもなく、淡々とそう語る。
「でもありがたい事に、この城には優秀な仲間がたくさんおんねん。だからワシは信じて任せる、それだけはしっかりやろ思とんねん」
「……!」
シウは驚愕した。
魔王とは強い者であり、その力を持って他の魔物を支配し、導く者だと思っていた。
正直な話、それによって讃えられたり認められる事を望んでもいた。
しかし目の前のナメクジは、そんな事は考えもしない様子で、自分の判断より仲間を信じて任せていたのだ。
弱いからこそ他者に頼り、その力を引き出す魔王。
シウは己の浅はかさを恥じた。
「……魔王様」
「どや? 魔王、やってみる気になった?」
「俺には務まる仕事ではないようです」
「えっ」
「大変申し訳ありませんでした。失礼いたします」
「ちょ、待って! あかんて! ワシがまたラーミカに怒られるゥー!」
しかしシウは、ナメクジでは到底追いつけない足取りで、魔王城を後にした。
魔王に対する、深い敬意の念を胸に抱いて……。
「ほら、私の言った通りだったじゃないですか。罰として今日はおやつ抜きです」
「堪忍やラーミカー!」
読了ありがとうございます。
ノーガード戦法(戦わない)。
戦って勝ち取る事がゴールになっていては、現職に相当のやらかしがない限り、勝ちは難しいですね。
もし魔王のやり方の強さに気付かなかったとしても、好き勝手命令すれば反発を買いますので、結果長続きしません。
なのでラーミカの勝利は揺るがないのです。
さて次回は魔王の父親の思い出に触れる話。
先代魔王は何を思って魔王の座を託したのか。
お楽しみに!