魔王様と料理長
サキュバスと言えば、お色気たっぷりのえっちなお姉さん、そんなイメージだと思います。
しかし魔王城でのサキュバスの仕事は……?
魔王城の厨房。
料理人達が、魔王城で働く者達の昼食の仕込みに慌ただしく働いていた。
「よ、やっとる?」
そこに現れる大きなナメクジ。
通常厨房にナメクジが侵入した場合は、見敵必殺対象だが、
「魔王様!」
「お疲れ様です魔王様!」
「おーいみんなー! 魔王様がお見えだー!」
温かく迎え入れられた。
このナメクジこそこの魔王城の主、魔王なのであった。
「あらぁん。魔王様ぁ。今日は視察ぅ? それともぉ、つ・ま・み・ぐ・い?」
「胸をしまいなさいマァニ。清潔が重要な厨房で何ですかその格好は」
胸の部分を大きく開き、豊満な谷間を強調するサキュバスの料理長・マァニに、魔王の側近の吸血鬼・ラーミカの冷たい声が突きつけられる。
「なぁに言ってるのよぉラーミカぁ。厨房はアツいのよぉ? 胸くらい開けとかないとぉ、アツさで倒れちゃうわぁ」
「だからと言ってその格好は、魔王城の料理長としてふさわしくありません」
「厨房から出る時はぁ、ちゃんと閉めてるわよぉ」
「でしたら魔王様がお見えになった今、すぐ整えるのが常識でしょう」
火花散るような言葉の応酬。
見かねた魔王がおずおずと口を挟む。
「ら、ラーミカ、働きやすい服装の許可出したのワシやから、マァニをそないに責めんでも……」
「そんなに谷間が見たいんですか魔王様?」
「濡れ衣ゥー! 熱中症とか心配なだけやから!」
慌てた魔王は、逃れるようにマァニに話題を振る。
「な、何か厨房で困った事はないか?」
「そうねぇ……。宴会用の大皿が割れちゃってぇ、すぐにじゃないけどぉ、新しいのがあるといいわぁ」
「その割れた皿、もう捨てたん?」
「まだよぉ。結構立派だからぁ、捨てるのが惜しくってぇ」
「せやったら修繕士のアペリに頼むか。えぇ腕しとるで」
「あらぁ、そういえばぁ、廊下のツボもぉ、その子が直したのよねぇ」
「せやで」
と答えた魔王の脳裏によぎる嫌な予感。
「……ちなみに親からもらった思い出の品とかとちゃうよな?」
「市販品よぉ」
「ならえぇわ。かけら集めて依頼したってや」
「ありがとぉ」
「他にはあるか?」
「ん〜、私はないわぁ。他の料理人にも聞いてみてぇ?」
「わかった。邪魔するで」
厨房に進む魔王。
見送るマァニがちらりと横目で見ると、ラーミカと視線がぶつかった。
「……全く。服装だけでなく言葉遣いまでだらしない……。魔王様に対する敬意はないのですか」
「あらぁ。それはあるわよぉ。私の全てを見てくれたお方だものぉ」
ふっと遠くを見つめるマァニ。
「私達サキュバスはぁ、もうその生まれだけでぇ、役割を決められるわぁ。愛人にぃ、娼館にぃ、お偉い方の夜のお供ぉ。仕方ないわよねぇ。サキュバスだものぉ」
「……」
「でも魔王様は聞いてくれたわぁ。『マァニは何がしたい?』ってねぇ。私が『料理』って言ったらぁ、厨房の仕事に回してくれてぇ……。嬉しかったぁ……」
「……魔王様自身が、生まれで仕事を決められていますからね。思うところもあるのでしょう」
二人の目は、厨房の中で談笑する魔王に注がれる。
心からの敬意を込めて。
「仕事中すまんかったな! 色々聞かせてもろて助かったわ! ほなな!」
「ありがとうございます魔王様!」
「またいつでも来てくださいね!」
料理人達の声を受けながら、入口へと戻る魔王。
「マァニも何か困った事あったら言うてな」
「ありがとぉ魔王様ぁ。今度はぁ、仕事抜きでぇ、遊びに来てぇ? 何ならぁ、私の部屋でぇ、お酒でもぉ……」
「ま、マァニ!? 何を……!?」
うろたえる魔王に、ラーミカの冷たい目が刺さる。
「何動揺してるんですか? あれですか? ワンチャンあるとか期待してるんですか? 身の程を知ってください魔王様。あ、失礼、クソザコナメクジ様」
「逆ゥー! 名前の訂正逆ゥー!」
慌てる魔王の耳に、氷のように冷たい小声が流し込まれる。
「いいですか? 魔王様のお立場なら、女は嫌というほど寄ってきます。しかしそれは全て『魔王の妻』を狙った罠だとお考えください」
「全て!?」
「はい。そう考えていれば安全です」
「……えぇ……」
絶句する魔王にさらなる追い討ちをかけるラーミカ。
「もっと手っ取り早く、関係を持った後に訴訟で慰謝料を取る手もあります。無闇に女性に近づかないのがよろしいかと」
「わ、わかった」
若干の怯えをにじませながら、魔王はマァニに手を振る。
「あ、ありがとさん! おおきに! またな!」
「はぁい。楽しみにしてるわぁ」
足早に厨房から離れながら、魔王は深く溜息をついた。
「はぁ……。女って怖いな……」
「えぇ、本当に」
ラーミカはにっこりと微笑んだ。
読了ありがとうございます。
「女が好きだ」と公言すれば、周りからは女性を遠ざけられます。
ならばと落語にならって「女が怖い」と言えば、「何か辛い事あった?」「話聞くよ?」「悪い人ばかりじゃないよ」と慰められます。
優しさが辛い。
次話は何と魔王の座を狙う者が登場!
クソザコナメクジ魔王の運命は!?