魔王様と雑用係
ツボの話は一件落着。
読みの甘さでハマった砂糖地獄から辛くも生還した魔王。
さてさて次なる騒動は……?
魔王城玉座の間。
側近の吸血鬼・ラーミカが玉座に向かってうやうやしく頭を下げる。
「魔王様。少々よろしいですか?」
「何や?」
その呼びかけに答え、玉座で身じろぎをしたのは、中型犬ほどの大きさのナメクジであった。
この城ではこのナメクジが全てを統べる魔王として君臨していた。
「お見せしたいものがございまして」
「わかった。ほな行こか」
玉座をぬるりと降りた魔王は、ラーミカに連れられ廊下を進む。
「これです」
「これは……」
奥は空き部屋だけで、あまり使われない廊下の壁。
その一面に、
「ワシやな……」
たくさんの魔王の姿が黒炭で描かれていた。
「いやーしかしうまいなー。この触腕伸ばして喜んでる姿とかそっくりやな」
「魔王様のご指示ではないのですか?」
「いや、知らんな。絵を頼むんやったら、壁やなくてちゃんとした画材用意するで?」
「そうですか」
魔王の明るい言葉と対照的に、ラーミカの目がすぅっと細くなる。
「では犯人を探して処罰します」
「ワシの絵ェ描くの犯罪なん!?」
「魔王様のお姿を勝手に描くなど、たとえ見た目がクソザコナメクジであっても、中身もクソザコナメクジであっても、存在自体がクソザコナメクジであっても、不敬に当たります」
「不敬言うならまさに今ァ!」
殺気に近いものをみなぎらせるラーミカに、魔王は必死にフォローを入れようとする。
「わ、ワシが許可する! ワシの姿くらい自由に描いてえぇねん!」
「よろしいのですか?」
「えぇって! むしろ嬉しいくらいやし!」
「……嬉しい、ですか。わかりました。では犯人を見つけましても、落書きの分の処罰だけに留めます」
「はぁ良かったぁ……」
「罰は魔王様の肖像画をぶっ通しで十枚描く刑でよろしいですね?」
「重ない!?」
「魔王様にはモデルとしてご協力いただきます」
「ワシ巻き込まれとる!」
「ご安心を。睡眠と食事と排泄は最低限保証します」
「それワシも!?」
「む……。魔王様、失礼します」
不意にラーミカの姿がかき消え、
「ひゃあ!」
「ニオコ、何をこそこそしているのですか」
廊下の角から悲鳴と詰問の声が響いた。
そして、
「捕らえました」
ラーミカが涙目で震える雑用係のゴブリンを、片手にぶら下げて戻ってきた。
「あ、あれ? ニオコ? 何でこないなとこに?」
「う……」
「おそらくこの絵を描いたのはニオコでしょう。どうやら消そうとは思っていたようですが」
ラーミカの言う通り、ニオコの手にはバケツと雑巾が握られていた。
「さぁ、なぜこのような事をしたのか、正直に話しなさい」
「……」
「ま、まず下ろしたろ? な?」
「……畏まりました」
渋々といった様子でニオコを下ろすラーミカ。
「これ描いたん、ニオコか?」
「……はい……」
「ニオコ、壁に落書きするのはあかん事や。わかるな?」
「……はい……」
「でもワシは、こんなに上手に描いてもろて嬉しいと思うとるんや」
「……! 本、当……?」
「ホンマや。せやから理由がちゃんとわかれば、絵ぇ描く道具あげたりもできるかもしれん。話してくれんか?」
ニオコはこくんと頷くと、ぽつぽつと話し始めた。
「……私、絵が、好き……。でも、下手……。紙とか、もらって、描いたら、見せないと、いけない……。下手って、言われたら、怖い……」
「そんな事ないで? ニオコは十分……」
「確かにまだまだですね」
ラーミカの言葉に、ニオコがびくりと震える。
「ラーミカ、何を……!」
「まずここ。魔王様の目の高さですが、気分によって高さがわずかに変わります。この絵のように同じ高さに揃えて描くと違和感が生まれるのです」
「!」
「次に触腕ですが、身体とは粘液の量が違うので、テカリに差をつけます。そうしないとこの構図では身体に埋没してしまいます」
「……ぁ……」
最初青ざめていたニオコの頬に、明るさが戻り始める。
「何より全体的に格好良く描こうという力が入っていて、魔王様のクソザコナメクジ感を損なっています」
「そこはえぇやんけ! 絵ェくらい美化してもろても!」
「何を仰るのです。格好良い魔王様など、もはや魔王様ではありませんよ」
「ワシのアイデンティティおかしない!?」
二人のやり取りに、くすくすと笑うニオコ。
魔王はそんなニオコに微笑みかける。
「絵が好き、えぇ事や。好きなもんはうまなるのも早いし、何より元気をくれる。使わん紙とかで良ければあげるさかい、目一杯楽しみや」
「……! ありがとう、ございます……!」
ニオコは弾けるような笑顔を見せた。
「もう一つ確認します。魔王様をモチーフに選んだのはなぜですか?」
「……ぱ、パーツが、少なくて、描きやすい、から……」
「……何ですと?」
表情を変えるラーミカに、魔王は慌ててフォローを入れようとする。
「こ、これは練習言うてるやろ? そんな、ほら、敬意がないとあかんとかそんな事ないし、ワシは別に」
「ならばいいでしょう」
「えぇんかい!」
不敬がどうのと言い出すと思っていた魔王は、思わずツッコむ。
「上達の暁には魔王様の肖像画を描かせましょう」
「お、それえぇな!」
「観賞用、保存用、布教用、販売用、貸出用、交渉用、交換用、偽物が出回った時の鑑定用、それと……」
「一枚! 一枚でえぇからな! な!」