魔王様と犬メイド
ツボ編が意外と長く続いてしまっています。
単話完結のイメージで書いてるのに何故……。
とりあえずこれでツボは解決です!
母に贈った思い出のツボという事実を、割ってしまったコッヌイにどう伝えるのか……?
頑張れ魔王様!
「し、失礼いたします! お呼びでしょうか魔王様!」
魔王城玉座の間。
コボルトのメイド・コッヌイは、玉座に駆け寄ると、その荘厳な座の主に頭を下げる。
「おー、コッヌイ。仕事中に悪いなー」
その礼を受けて陽気に触腕を揺らすのは、玉座に全くそぐわない大きなナメクジであった。
「そ、その、ご用と言うのは……」
「……うん、ちょっとこれの事で話しとかなあかん事があってやな……」
魔王の言葉に、側近の吸血鬼・ラーミカが木箱からツボを取り出してサイドテーブルに置く。
それはコッヌイが落として割り、ドワーフの修復士・アペリによって金継ぎの加工を施されたツボであった。
「そのツボ……! 良かった……。直ったんですね……!」
「あー、うん、そうなんや。えっと、その無事に直った上での話なんやけど……」
「?」
小首を傾げるコッヌイに、魔王が頭を下げる。
「すまんコッヌイ! これ割ったのワシなんや!」
「えっ!?」
突然の謝罪に、コッヌイは混乱する。
自分が拭こうとして床に落としたのは間違いないのになぜ、と。
「いや、これワシが昔お母んに贈ったもんなんやけど、一回落としてしもうて、真っ二つになったんや! で、それをこう、粘液でちょいちょいと……」
「え、お母様の……」
「ちゃんと直しといたらコッヌイが落としても割れへんかったはずなんや! コッヌイは悪ぅない! 悪いのはワシなんや! すまん!」
「……」
しばらく俯いて黙っていたコッヌイだったが、やがて顔を上げてにっこり笑った。
「わざわざ教えてくださってありがとうございます! 心が軽くなりました!」
「お、おぉさよか! そらよかった! 話はそれだけや! おおきに!」
「失礼します!」
コッヌイがぺこりと頭を下げ、扉でもう一度頭を下げて出ていくのを見送って、魔王は大きく息を吐く。
「はぁ〜、何とかうまくいったなぁ……」
「そうですね。これでこのツボが、魔王様がお母様に贈ったものだと聞いても、コッヌイの罪悪感はさして大きくならないでしょう」
「それが一番や。アペリみたいに泣かれたらかなわんからなぁ」
「しかしそのためにあんなウソをつくとは……」
「しゃあないやろ。ウソも方便言うやつや」
「今後はウソザコナメクジとお呼びしましょう」
「やめて! コッヌイにバレてまうから!」
魔王は気がつかなかった。
謁見の間の扉の外で、犬耳がぴこぴこ動いていた事に……。
「魔王様!」
廊下をぬるぬるとはいずる魔王に、コッヌイが駆け寄る。
魔王は、コッヌイの姿を見ると、陽気に触腕を上げた。
「お、コッヌイか。どないしたん」
「あの、これ……」
その手には可愛く飾りつけられた包みが乗っていた。
コッヌイは、少しためらったのち、魔王へと差し出す。
「何や、ワシにくれるんか?」
「はい、あの、クッキー、焼いたので……」
「ほー! 嬉しいなぁ。ありがとさん」
「……あの、魔王様……」
コッヌイ頬が紅潮し、目がうるむ。
「あの、私……」
「お待ちなさい」
「ラーミカ!?」
例のごとく、どこからともなく現れるラーミカ。
「コッヌイ、魔王様への許可のない餌付けは禁止されてます」
「扱いが野良猫ォ!」
「魔王様のクソザコナメクジな胃腸を心配しての事です。まず私が毒見をいたします」
「言うてもラーミカ、完全毒耐性持ちやんけ」
「……」
「おーい。こっち向けー」
目をそらすラーミカの肩を、魔王の触腕がぺちぺち叩く。
「とにかくこれは一度安全性を確認してからでないと……」
「あ、あの、魔王様……!」
必死な表情のコッヌイ。
魔王がにっこりと笑顔を浮かべる。
「ラーミカ。心配してくれるのはありがたいけど、こんなうまそうなクッキー、お預けはさすがに辛いで」
「……魔王様!」
「……畏まりました」
ラーミカが下がり、魔王がクッキーを一つ取り、頬張る。
「お、えぇやないか! サクサクしとって焼き加減もバッチリや!」
「良かった!」
「これ全部もろてえぇ?」
「はい!」
「せやったら部屋に茶ァ頼める? 部屋でゆっくり食いたいわ」
「はい! すぐにお持ちします!」
跳ねるように廊下を駆けてゆくコッヌイ。
ラーミカがため息をつく。
「大丈夫ですか魔王様」
「……あんまぁ……。甘味でぶん殴られてるような圧倒的な砂糖の暴力……」
「コボルト族は嗅覚に比べて味覚が鈍く、また甘味を好む傾向にあります。料理初心者のコッヌイが作ったらどうなるか、わかっていたから毒見を申し出ましたのに……」
「……せやけどあの思い詰めた様子、多分まだツボの事引きずってるんやろ? せやったら食うてやらんとコッヌイは救われんままやからな」
「魔王様……」
言葉に詰まるラーミカに、魔王は照れ臭そうに触腕を振る。
「ま、茶で流し込めば何とかなるやろ」
「頑張ってください魔王様」
「あ、ラーミカもちょっと手伝ってくれへん?」
「頑張ってください魔王様」
「……あの、さっきは助けようとしてくれたやん……」
「頑張ってください魔王様」
「毒見断ったん怒っとる!? た、頼む、助けてや!」
必死な魔王に、ラーミカは冷たく微笑む。
「なぁに、たかが甘いだけの話。死にはしませんよ」
「せ、せやな。た、たかが甘いだけやもんな……」
魔王は知らなかった。
コッヌイがテンションのあまり、普段なら相談するメイド長・レヌにお伺いを立てず、お茶に砂糖をどばどば入れていた事を……。
読了ありがとうございます。
コボルトの味覚云々は犬基準(想像)で書いてます。
ドッグフードを食べたとレポートしてる方々のサイトで、「変に甘い」と言う声が多かったので、ド甘としました。
いやー、そうと知らなかったら、薄味設定にするところでしたよ。
……インターネットの闇は深い。
次話は新キャラを出しますのでお楽しみに!