魔王様と修復士
さて第四話。
前話で割れたツボを巡ってもうひと騒動。
どうぞお楽しみください。
「魔王様ー。できたよー」
「おー、アペリ。おおきになぁ」
謁見の間に入って来た小柄な少女は、魔王と呼ばれたナメクジの前に木箱を差し出す。
「すまんなぁ、ツボの修復なんて頼んで」
「ふふーん。ドワーフの天才アペリ様にかかればー、こんなツボの修復なんて朝飯前なのだー」
アペリは得意げに胸を張る。
先日コボルトのメイド・コッヌイが割ってしまったツボの修復を、騒動を聞きつけたアペリが、
「やりたいやりたい直したーい」
と手を挙げたので頼んでいたのだった。
「あのツボ地味だったから、前からちょっと直したかったんだよねー」
「え?」
「じゃーん! 見て見てこの見事な金継ぎー!」
「……お、これ……」
木箱から取り出されたツボには、まるで稲妻のように割れた線を金色の線がなぞっていた。
「せっかく割れたなら、より美しく生まれ変わらせるー! 修復士の本懐だねー!」
「アペリ! あなたは何という事を……!」
「えっ!?」
側近の吸血鬼ラーミカの悲鳴に近い叱責に、目を丸くするアペリ。
「これは魔王様がお母様に贈られた、思い出の品ですよ!」
「え、えーっ!?」
「それを勝手にこんな加工を……!」
「ご、ごめんよ魔王様ー! ぼ、ボクそうとは知らなかったから……!」
「知らないですむ話だと思っているのですか!」
「ううー! ご、ごめんなさい……!」
真っ青な顔をするアペリに、魔王は優しく微笑む。
「えぇやん」
「……え?」
「この金の線、キレイやけどいやらしくない。上品や。こらお母んも喜ぶで」
「よ、よろしいのですか? 魔王様の思い出の品を……」
ラーミカの戸惑う言葉に、魔王は笑顔のまま触腕を振る。
「別にツボが壊れたり形が変わったからって、その思い出まで壊れるわけとちゃうやろ」
「……は、はい、確かに……」
本人にそう言われては、ラーミカもそれ以上言う言葉を知らない。
「で、でも……! ボク、勝手な事を……」
「ワシかてお母んに贈ったツボ、宝物みたいに飾られてしもたから、照れ臭い言うて内緒にしとったんや。知らなかった事でやらかすのはしゃーない。教えなかった方の責任でもあるんや」
「魔王様ー!」
感謝と感激のあまり、魔王に抱きつくアペリ。
「ごめんね、ごめんねボク……!」
「えぇて。ワシはこのアペリが生まれ変わらせてくれたツボも気に入ったしな」
泣きじゃくるアペリの頭を、魔王は触腕で優しく撫でる。
「アペリ。魔王様はクソザコナメクジなのですよ? 勢い余って抱きつぶしたらどうするのです。離れなさい」
「えっ!? 魔王様ー、大丈夫ー!?」
「ワシそこまで弱ないで? 大丈夫やからなアペリ」
「うん!」
魔王の言葉に、ラーミカの目がすぅっと細くなる。
「……ほう、では魔王様は若い娘を粘液まみれにするのがお望み、という事ですか? このセクハラドスケベゴミクズゲス野郎クソザコナメクジ様?」
「あ、しもた! アペリ、離れぇや! 服汚れてまうで!」
ラーミカの言葉に、魔王は慌てて触腕でアペリの肩を押し、身体を離させる。
「えへへー、ぬるぬるして気持ちよかったよー」
「アペリ、用事は終わったのですから、退室して服を着替えなさい」
「はーい」
元気を取り戻したアペリは、駆け足で謁見の間を出て行く。
後には魔王とラーミカ、そしてツボが残された。
「……あ、あの、ラーミカ?」
「……魔王様、本当はショックだったんじゃないですか?」
落ち着いたトーンのラーミカの言葉に、魔王はふぅと息を吐く。
「……まぁ、何も感じん、と言うたらウソやな。でもこの金継ぎが気に入ったのもほんまやで?」
「でしょうね」
ラーミカがふっと微笑む。
「ま、次からは頼む時にちゃんと言うた方がえぇな」
「そうですね。飾る所にも由来を書いてはいかがですか? 皆大事にすると思いますよ?」
「うーん、それは恥ずかしいけども……」
「よろしいではないですか。お母様を思う気持ちは隠す必要などありません」
「……せやな。そしたら修復したアペリの名前も載せよか」
「ではこのツボには、『魔王様がお母様に贈り、修復したアペリを魔王様が粘液まみれにした記念のツボ』と記しましょう」
「表現の暴力ゥー! うっかり粘液まみれにしてもうたのは事実やけど、そこ抜き出さんでもよくない!?」
「そう思うなら、鼻の下を伸ばさずに毅然とした対応をなさってください」
「ワシ鼻ないけどな!?」
後日このツボには、『魔王様がお母様に贈ったツボ 修復・アペリ』と記された。
読了ありがとうございます!
言わなかった、伝え忘れていた自分への怒りを、つい相手に転嫁してしまう事、よくありますね。
言った言わないにならないように、文書に残すのは大事です。
でも職場の小学生向けイベントの申込用紙を、二回も無くした上に期日を忘れて申し込めなかったのに、泣きわめくのはやめていただきたい。
次話は犬メイド・コッヌイ再び!