魔王様と側近の実家
お待たせしました。
魔王の再選を見届けた後、姿を消したラーミカ。
その行先とは……?
詳しくはサブタイトルをチェック。
どうぞお楽しみください。
「父上、ただいま戻りました」
「お、おぉ、ラーミカ……。久し振りだな……」
ラーミカの帰還に、吸血鬼の名門・イスチ家の先代当主ルクラドは引きつった笑みを浮かべた。
「兄上はどちらに?」
「あぁ、いや、その、久し振りに帰ってきたのだから、その、少しゆっくり話をしないか……?」
「……何の話がありますか?」
細く鋭い視線。
そこから放たれる凍土のような冷たさに、ルクラドは息が止まりそうになる。
「いや、その、い、イスチ家もお前が出て行ってから色々と変わった事もあってだな、それを話しておいた方が良いかなと思って……」
「必要ありますか?」
「へ?」
「この国の世襲制はなくなりました。そんな今、私が帰ってきた意味、お分かりになっているでしょう?」
「うぅ……」
鋼のように硬く冷たい言葉には、長年に渡って積み上げられたであろう怒りと恨みとが込められているようだった。
「私は兄上に当主交代を申し込みます。それが叶えばイスチ家のあらゆる点を改変していきます。つまりこれまでの事など確認する必要は無いのです」
「い、いや、しかしそれではこれまでの伝統や文化が……!」
「伝統? 文化? そんなものに拘泥していたからこそ、イスチ家は、いえ吸血鬼という種族全体が弱くなったのではないですか?」
「……ぅ……」
ルクラドには反論の言葉が出なかった。
確かにカーミラの兄・レドルジが当主になってから、当たり障りのない現状維持方針の元、イスチ家には革新や進化を嫌う空気が流れた。
その影響は他の吸血鬼にも広がりを見せ、かつては魔界屈指の力を持つ吸血鬼という種族が、今や十指からもこぼれる有様だ。
とはいえ平和な魔界において、力を殊更に示す必要もないと、ルクラドは特に危機感を持っていなかった。
しかし、ラーミカの表情は、その状況に対する怒りを雄弁に語る。
「戦いが無いなら無いで、平時に使える能力の研鑽や活用など、考える事はいくらでもあるはずです。それをせず安穏とした生活にあぐらをかいて……!」
「わ、わかった! レドルジにもそのように伝える! その結果を見てからでも……!」
「……そんなに私が当主の座に着く事に反対ですか?」
「……いや、その……」
頷く事も否定する事も出来ず、ルクラドは言葉に詰まった。
「反対なら選挙の際に反対票をお入れください。それが今回の魔王様の示した魔族のあり方ですから。では失礼」
「うぅ……」
敵に向けるような殺気を放ちながら、ラーミカはルクラドの部屋を出て行く。
残されたルクラドには絶望しかない。
(今当主選挙など起こされたら、力がある上に魔王の側近を務めたラーミカに票が集まるのは確実……!)
そうなれば今ラーミカが示した吸血鬼一族への怒りが、当主の名の下に現実化する事になる。
しかも新たな法では、たとえ不満があっても三年間は当主の交代はできない。
(ラーミカは元々嗜虐的な性格の上、ここまで当主に選ばれなかった怒りを溜め込んでいる……! このままでは一族にどんな苛烈な扱いをする事か……!)
さらにルクラドにはラーミカに対する恐怖がもう一つあった。
(かつてラーミカが長子でないからと冷遇した私なんか、一番いびり倒したい対象のはず……! 立場どころか命も危ない……!)
追い詰められたルクラドは、机のペンを取り、手紙を書き始めた。
今のラーミカを唯一止められるであろう、魔王の元へ。
(力ではたとえ吸血鬼一族全員でかかっても敵うまい! だが力の支配を行わず、あのラーミカを長年側に置いた魔王なら……!)
法に基づいてラーミカが当主になってしまってからでは、魔王とて口出しはできないとルクラドは踏んでいた。
自らの進退すら法と国民に委ねたのだから、イスチ家の当主選挙に特例を認めるとは思えなかったのだ。
(何とかラーミカが選挙を行う前に魔王を呼ばなければ……!)
必死の思いを書き終えたルクラドは、手紙を便箋に入れてふと考える。
(ラーミカに知られないように手紙を出す必要があるな……。どうすればいいか……)
「その手紙、私が投函してきましょう」
「!?」
虚空から現れたラーミカに、ルクラドは心底恐怖した。
何の気配もなく背後を取られた事に。
策を知られた事に。
そして何より、策を脅威に思っていない事に。
ラーミカはルクラドの手から手紙を奪うと、にたりと笑った。
「今から手紙を出して、魔王様の元に届くのは明後日、といったところでしょう。そこから魔王様がこちらにお見えになるまで、最速でも三日といったところかと」
「う……」
「私が転移を使って一族を招集し、選挙を行うのには三日あれば十分です。魔王様に当主となった私を見ていただくのに丁度良い期間ですね」
「ま、待ってくれ……!」
すがるルクラドの手は、霧となって消えたラーミカを掴めず、虚空に泳いだ。
「も、もうだめだ……。おしまいだ……」
ルクラドはがっくりと項垂れ、絶望に沈むのであった。
二日後。
吸血鬼の一族の代表はイスチ家に集められていた。
ルクラドはその後も何とか選挙を遅延させようとあれこれ手を打ったが、全てが徒労に終わった。
「誇り高き吸血鬼の当主の皆様、我がイスチ家の当主選挙にお集まりいただき、誠にありがとうございます」
恭しく頭を下げるラーミカに、各家当主達は引きつった笑みを返すしかできない。
何せ転移で突然屋敷に現れ、用向きを伝えるや否や半ば強制的にイスチ家へと来させられたのだ。
その力と有無を言わせぬ迫力に、イスチ家より家格が低い当主達は既に逆らう気力を折られていた。
「それではこれより法に則り、私、ラーミカ・イスチか、現当主レドルジ・イスチのどちらが吸血鬼一族筆頭であるイスチ家当主に相応しいかを決めさせていただきます」
一同を見渡すラーミカと視線を合わせようとする者はいなかった。
誰もが目を伏せ、口を固く閉じていた。
(誰でもいい! 誰か異議を唱えてくれ! 選挙になってしまったら、ラーミカの当選間違いなし! そうなる前に、どうか……!)
丹念に対抗手段を折られていたルクラドには、もはや無言で祈る事しかできない。
しかし会場の誰かが声を上げるような奇跡は起きなかった。
「この選挙に異議がある方はご発言を。この砂が落ち切るまでにご発言がなければ、選挙を始めます」
ラーミカが卓上の砂時計をひっくり返す。
沈黙。
ちりちりと砂が落ちる音さえ聞こえそうな静寂。
ラーミカが冷たくその砂の流れを見つめていた。
(……落ちる砂がやけに早く見える……。この感情は、未練、か? 馬鹿な……。絶対に邪魔の入らない状況を作っておいて、今更何を……)
ラーミカが自嘲気味に笑ったその時。
「あー、異議っちゅーほどでもないんやけど、一つえぇか?」
「!?」
聞こえるはずのない声。
一番聞きたかった声。
開いた扉の前に、見慣れたナメクジの姿。
「クソザコナメクジ様!」
「おぅーい! こんなシーンなんやから魔王って呼んでェー!」
しまらない魔王がそこにいた。
読了ありがとうございます。
さすが魔王!
シリアスに染まった空気を平然とひっくり返す
そこにシビれる! あこがれるゥ!
次回、魔王はラーミカに何を語るのか?
次話もよろしくお願いいたします。