魔王様と信任投票
二ヶ月ぶりですこんばんは。
信任投票の結果や如何に。
どうぞお楽しみください。
「……何やこれ?」
魔王の城の玉座の間。
机の上にうずたかく積み上げられた紙の山に、玉座に座る中型犬ほどのナメクジは目を丸くした。
「魔王様の選挙で対立候補がいなかったので行った、信任投票用紙です。これでも一部なのですが」
「そんなに集まったん!? みんな忙しいやろから、もっと少ない思うてたのに……」
「これが魔王様への信頼の厚さですよ。ちなみに投票率は九割五分、信任得票率は約九割八分。計算すると、選挙権を持つ全国民の九割が魔王様を信任した事になります」
「きゅ、九割……?」
誇らしげに言う側近・ラーミカの横で、今回の選挙を取り仕切る立場で全てを見てきたリッチのロクドは、いたたまれない気持ちを小さな咳払いにして喉から逃す。
(……あそこまでしなくても魔王様の信任は確実だったと思うが……。それでもラーミカ様は魔王様に自信を持たせるべく、この圧倒的な結末を必要とされたのだろう……)
まず投票日の複数開催、次に各地域で実施される会場周辺のお祭り化が企画された。
休日を挟んでの投票により投票の機会を増やし、かつ出店や出し物を広く募り、魔物の国初の選挙というお祭り感を盛り上げる。
さらに投票後に証明のリングを渡し、様々な店で割引などのサービスを受けられるよう手筈を整えた。
これによりお祭り騒ぎに乗った多くの国民が、選挙へと足を運んだのだ。
(人間の国での事例を見る限り、初めての選挙ならば七割程度の投票を見込めると思っていたが、まさか九割五分を超えるとは……。無関心な層に対しての働きかけの成果か……)
元々魔王の在位に不満がある者の方が少ないこの国では、再任は容易だろうとロクドは考えていた。
しかしラーミカは、自分が王位に相応しくないと思っている魔王を納得させるには不十分と判断し、大掛かりな仕掛けに踏み切ったのだった。
(これでラーミカ様も満足されるだろう。……その目的を思うと胸が痛むが……)
直接聞いたわけではなかったが、この選挙がラーミカが魔王の元を離れるための最後のはっぱ掛けだと理解していたロクドは、複雑な思いで二人を見つめる。
「では魔王様」
「な、何や?」
改まったラーミカの声に、ロクドは心構えを整えた。
ラーミカの言葉に魔王がどう反応するか、それによって己の立場を決めよう、と。
魔王が快く送り出すなら今後の支えとして名乗りを上げ、引き止めにかかるなら……。
(私がラーミカ殿に何が言えるかはわからないが……)
引き止めるための項目をその卓越した頭脳で列挙し始めたロクドの耳に、
「魔王様を信任する理由を読み上げさせていただきます」
思いもよらない言葉が聞こえた。
「え、ちょ、な、何で読み上げるん!?」
「魔王様が今回の結果に納得されていないようなご様子でしたので」
「ま、まぁ、その、九割っちゅーのは何やおかしないかなー、とは思うとるけど……」
「そこで実際にどういう基準で信任するに至ったかを知っていただこうかと思いまして」
「……読み上げんでもえぇんちゃう……?」
「いえ、他の者にも判断してもらった方が良いですから」
「他の者?」
「入れ」
ラーミカの合図と共に玉座の間の扉が開かれ、メイド長のレヌを先頭にメイドのコッヌイとミカーオ、料理長のマァニ、修復士のアペリ、雑用係のニオコ、飛行部隊のシシューとカーター、幻術部隊のラズタイが入って来た。
「え、ちょ、何でみんなで……?」
「クソザコナメクジな魔王様の事です。どれ程信任の理由を挙げられても、『思い込みとちゃうか?』と耳に入れない可能性があります」
「……う、それは、その、確かに……」
「そこでこの者達です」
ラーミカは居並ぶ者達を手で示す。
「この者達が信任の理由に首を傾げるなら、それは思い込みかもしれません。しかしこの者達も頷くなら、それは広く納得できる理由と言えるのでは?」
「そ、そうかも、しれんけど……」
「では読み上げます」
魔王の怯んだ隙を見逃さず、ラーミカが一番上の用紙を手にした。
「……『魔王様の治世は争いもなく平和です。三年と言わず、未来永劫続いてほしいと思います』」
「え、ちょ、いきなり何!? ワシが未来永劫魔王やなんて、そんな事あらへんよな!?」
驚いた魔王が居並ぶ者へと水を向けるが、
「いえ、妥当な感想だと思います」
「わ、私も、魔王様がずっと魔王様でいてほしいと思います!」
「ミカーオもそう思うぞ!」
「魔王様がぁ、この城を去られるならぁ、私も他の所で働くかも知れませんわぁ。だってぇ、魔王様にぃお食事をお出しするのがぁ、楽しいんですものぉ」
「僕も同じだなー。女の修理師でも関係なく働ける所って、実は珍しいんだよねー」
「……私も、お絵描きさせてくれる、魔王様のお側で、働きたい、です……」
「我の忠誠は常に魔王様の元に」
「俺も俺も! 何たって命の恩人ですから!」
「私も魔王様にずーっとやってもらいたいなー。いたずらしても許してくれるしー」
「何やこの公開処刑! 恥ずかしさで死ぬゥー!」
誰の同意も得られない魔王は頭を抱える。
「続いて『魔王様以外に誰が魔王の位に就けると言うのか』」
「これまだ続けるの!?」
「心より同意いたします」
「レヌ!?」
「次は『魔王様のお優しさは、魔物を総べるに相応しいと思います」
「そうですよね! すごくわかります! 私が壺を割ってしまった時も、優しく慰めてくれましたし……」
「こ、コッヌイ……」
「『魔王様は弱いように見えて、魔王としての芯の強さを感じる。魔物の長として頼もしく思う』」
「これすっごいわかるぞ! いつもはよわよわなのに、大事な時はびしーって感じだもんな!」
「ミカーオ……」
「『今回の選挙は皆が望む仕事に就けるようにする施策だと思いました。自らの地位を失っても皆のためを思う方が魔王で居続けていただきたいです』」
「そうよねぇ。サキュバスの私にぃ、料理長をさせてくれるんだものねぇ」
「マァニ……」
「『魔王様は自分では何もできない、と仰るが、それは任せる才能がおありだという事ではないだろうか。任せる資質を持つリーダーは稀有だと思う』」
「そーだよー。信じて任せてくれるの、嬉しいもんねー」
「アペリ……」
「『いい感じで緩いのが良いと思う。少し気を抜いてもまぁえぇやん?って許してもらえそう』」
「……魔王様の、そういうところに、私は、救われました……」
「に、ニオコ……」
「『弱いからこそ守ったり支えたりしたくなるところ。これが先代のように強い方ならそうは思えないだろう』」
「全く同感である。この者とは良い酒を飲めそうだ」
「シシュー……」
「『魔王様はご自分を弱い弱いと言っているが、これだけ多くの魔物が従っているなら実質最強では?』」
「本当そうですよね! あの時もラーミカ様は魔王様には逆らえず……、いや、あの、その節はご迷惑をおかけしました……」
「カーターに即死級の圧かけるのやめたげてェ!」
「『種族によって異なる習慣や特性が大きなトラブルなく認められているのは、魔王様の大らかさによるところが大きいと思う』」
「だよねー。ピクシーのいたずらがやめられない習性もぜーんぶオッケーしてくれてるもんねー」
「全部オッケーとは言うてへんでラズタイ!」
顔を通常に戻したラーミカが、魔王へと向き直る。
「お分かりになりましたか? どれだけご自分が魔王として慕われているかが」
「……ちょお待って……。嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが整理できん……」
触腕で目を覆い、小さく丸まった魔王に、ラーミカは歩み寄って跪いた。
「魔王様には魔王の仕事が天職であり、それを周りの者達も望んでいる事、ご理解いただけましたか?」
「うぅ……、えぇんか? ワシみたいなのが魔王で……」
自信なさげな魔王の言葉に、ラーミカはすくっと立ち上がり、小さくなっている魔王を見下ろす。
「それは質問ですか? それとも答えは分かりきっているのに覚悟が決まらないから後押しをしてほしいだけの甘ったれですか?」
「……相変わらずキッツイなぁラーミカは……」
「魔王様の側近でございますから」
しれっと言い放つラーミカに、魔王は顔を上げた。
「……やったる! 今後も魔王をきっちり勤めたる!」
その言葉に、玉座の間に歓声が満ちる。
ラーミカは満足そうに頷くと、再び跪いた。
「それはどんな事があっても魔王を続けるという決意でよろしいですね?」
「勿論や! こんだけ支えてもろて逃げたら、それこそワシはただのクソザコナメクジや! 力は借りるけど辞めたりはせぇへん!」
「それを聞いて安心いたしました」
ラーミカはふわりと立ち上がると、にっこりと微笑んだ。
「え、ら、ラーミカ……?」
「私は魔王様がそう言ってくださるのを待ってました」
「……ラーミカ……?」
「魔王様が約束を守ってくださいましたので、実家の立て直しに行きたいと思います。それでは」
「えっ、ラーミカ……?」
魔王の言葉が終わる前に、ラーミカの姿は影も形もなく消えていた。
読了ありがとうございます。
ラーミカの本心は何処に?
次話もよろしくお願いいたします。