魔王様と母親のティアラ
一週間ぶりのご無沙汰です。
今回の主役は『魔王様と修復士』のドワーフ少女・アペリです。
普段は修理や創作の事しか頭にない彼女ですが、魔王の母親のティアラの修理は何やら気持ちの変化を生んだようです。
どうぞお楽しみください。
「お母ーん、元気かー?」
「あらグスラちゃ〜ん。お母さんは元気よ〜。魔王の仕事はどうかしら〜?」
「ぼちぼちやなー」
水の精・ウンディーネが、やってきた中型犬サイズのナメクジににこにこと手を振る。
「ミーズィ様、お変わりないようで何よりでございます」
「ラーミカちゃんも久しぶり〜」
「勿体ないお言葉。魔王様に頼みがあるとの事でしたが、いかがいたしましたか?」
「あのね〜、これなのよ〜」
隣に控える側近の吸血鬼・ラーミカの言葉に、ミーズィは魔王の前に銀色のティアラを差し出した。
「ティアラか。これがどないしたん?」
「私が結婚式の時につけたティアラなの〜。でも久しぶりに取り出して見てたら落としちゃって、ここのところが欠けちゃったのよ〜」
「あー、ほんまやな」
「グスラちゃんのお嫁さんになる人に渡そうと思ってるから〜、今のうちに直しておきたいのよ〜。誰か直せる人知らないかしら〜?」
見ると確かに端の装飾が欠けていた。
「はー、これやったらアペリなら直せるんやないかな」
「あ〜、前にグスラちゃんがお母さんにくれたツボを〜、金継ぎで直してくれた女の子〜?」
「せや。ドワーフやから手先が器用でな。城では修復士の仕事を頼んどる」
「ならきっと直してくれるわね〜」
ほんわかする空気の中、ラーミカが冷静に魔王へと耳打ちする。
「魔王様、今度はちゃんと余計な加工をせずに直すよう、依頼してくださいね」
「わかっとるわかっとる。ほなお母ん、預かるで」
「お願いね〜」
柔らかな声に送られて、魔王とラーミカは城へと戻って行った。
「よっし、これで完了ー! 我ながらいい仕事したねー、うん!」
アペリは修復を終えたティアラを眺めて、満足そうに頷く。
欠けた部分は、もはやどこがそうだったのかわからない程に完璧に修復されていた。
「これが魔王様のお母さんが結婚式の時に……」
その輝きに魔法がかかっていたかのように、アペリの手は自然と頭の上へと向かっていた。
「えへへー。どこかに鏡ないかなー」
アペリはティアラをつけた自分の姿を、トイレの鏡で確認しようと上機嫌で工房を出た。
そこに、
「あれれー? アペリ、ティアラなんてどうしたのー?」
「あ、ラズタイ……」
ふよふよと飛んでいたピクシー・ラズタイがその姿を見咎めた。
「ぶぷっ! 作業着にティアラ! ミスマッチで面白ーい!」
「あ……」
冷水を浴びせられたように、青ざめるアペリ。
ラズタイの声に近くにいた者達が集まって来た。
「皆見て見てー! どうこれ!? アペリもオシャレしたい時とかあるんだー!」
「いや、その……」
「おー、悪くないけど作業着だとなぁ」
「やっぱりこういうのはドレスと合わせないとねぇ」
「ダサ可愛いってやつ?」
「おお! それだそれだ! わはは!」
「……」
口々に放たれる言葉に打ちのめされるアペリ。
せっかく直したティアラが、ミーズィの結婚式の思い出までもが、自分の軽率な行いで汚してしまったような後悔。
震えるアペリに、
「おー、どないした? 何や盛り上がっとるなぁ」
魔王の呑気な声がその顔を上げさせた。
「ま、魔王様……! ご、ごめんなさい、ボク……」
「おぉ、お母んのティアラ、もう直ったんか。おおきにな」
「あ、あの、でもボク……」
「魔王様ー、面白いよねー! アペリの作業着ティアラ! なかなかないセンスだよねー!」
「……!」
ラズタイの言葉に、真っ赤になって俯くアペリ。
その頭に触腕を伸ばす魔王。
「アペリ、ちょっと借りるで」
「え……? あ、はい……」
戸惑うアペリからティアラを外した魔王は、その手を高く掲げ、
「魔王様?」
「一体何を?」
皆が戸惑う中、身体の上に伸びる両目を寄せて、シャキーンと音がしそうな勢いでティアラを装着した。
「ぶっ!」
寄せられた両目にティアラが乗るシュールな光景に、まずラズタイが噴き出した。
それが引き金となって、皆が一斉に笑った。
「あっはっはっは! ま、魔王様、その顔……!」
「寄り目にティアラ乗せてドヤ顔……! 何この組み合わせ……!」
「無駄に格好良い装着がまた……!」
「あはははは! げっほげっほ! む、むせた……!」
皆の大笑いを見て満足そうな顔を浮かべた魔王は、ティアラを外してアペリの頭へと戻した。
「ほいアペリ、返すで」
「え、あ……」
再びアペリの頭に乗せられたティアラを見ても、笑う者は誰もいなかった。
「はー、笑った……。お、こうしてみると、アペリ似合うな」
「うん、元が可愛いから全然いける」
「魔王様のインパクトの後だと、作業着の違和感も全然なくなったし」
「ラズタイ、せっかくだから得意の幻術でドレスに着せ替えてあげなよ」
「りょーかい!」
ラズタイの手から魔力が放たれ、アペリの身体は淡い青のドレスに包まれた。
「おー、よう似合っとる。誰か鏡持ってきたげてや」
「それもお任せー」
魔王の言葉にラズタイが再び魔力を放つと、今のアペリの姿そっくりの幻が映し出された。
「……これが、ボク……?」
「めちゃくちゃ可愛いじゃん!」
「いつも作業着だけど、たまにはオシャレしても良いんじゃない?」
「お化粧とかも教えてあげたいわ! 今度休みに試してみない?」
「え、あ、ありがとう……」
先程とはまるで違う感情に顔を赤らめるアペリ。
皆がアペリを中心に盛り上がっているのを見て、魔王は満足そうに頷く。
そこに響く硬い靴音。
「魔王様、何をしていらっしゃるのですか?」
「ら、ラーミカ!」
「やべぇ! ラーミカさんだ!」
「さ、サボってないです! すぐに仕事に戻ります!」
「すみません! 魔王様がティアラを目の上に装着するって面白い事してたんでつい……!」
「えっワシのせい!?」
「にーげろー」
集まっていた面々が蜘蛛の子を散らすように解散すると、場には魔王とアペリ、ラーミカだけが残された。
「馬鹿笑いが城中に響いていましたよ。全く、何をしてらっしゃるのですか」
「す、すまんラーミカ! 調子に乗ってしもた!」
「ち、違うのラーミカ様! 魔王様はボクが笑われてたのを魔王様が助けてくれたんだ!」
「アペリ……」
「ふむ……」
必死の訴えに、魔王もラーミカも言葉を失う。
「ティアラの修理ができたのが嬉しくて付けてたら、ラズタイに見つかって皆に笑われて……。このティアラまで笑われたような気がして恥ずかしかった……」
「そないな事……」
「それを魔王様は自分が笑われる事でかばってくれたんだ! だから魔王様を怒らないで……!」
「いや、ちゃうねん! ワシはウケが取れそうやったから出しゃばっただけで……!」
「魔王様、またボクをかばって……!」
「いや、ほんまほんま! せやからやらかしたんはワシや、な!」
泣きそうな顔のアペリと慌てふためく魔王を見比べて、ラーミカが大きく息を吐いた。
「……全く、魔王様は……。まぁ今回はアペリの訴えとティアラ修理の働きに免じて、ここは収めましょう」
「ありがとう! ラーミカ様!」
「おおきに!」
「ではティアラを受け取ります」
「……はい」
ほんの少しだけ名残惜しそうにしながら、アペリは頭からティアラを外してラーミカに差し出した。
するとドレスの幻も消え、普段のアペリの姿に戻る。
「へへっ、やっぱりボクはこうじゃないとね」
「いや、ドレスのアペリも可愛かったで?」
「えぅ……」
「修復士のアペリも、女の子のアペリも、どっちもアペリや。遠慮せんと好きな時に好きな服を着てえぇんやで」
「……!」
アペリの目が見開かれた。
その目にじわりと涙が浮かぶ。
「……魔王様……!」
潤んだ瞳が魔王に向けられ、
「さっきやっていたというのはこうですか?」
「へぶっ!?」
その目の前で再び魔王がティアラを装着させられた。
「びっくりしたぁ! 急に何す、お……?」
「おや、ラズタイの魔法はティアラ依存のようですね」
キラキラと光が舞い、先程アペリがまとっていたドレスの幻影が魔王を包んだ。
「……ぷっ! あははははは! ま、魔王様! ど、ドレス姿……! やだ……! 変に可愛い……! ひひひっ、だめ、笑いが、おさ、収まらない……!」
「……めっちゃ笑うやん……。え、そんなにおかしい? ワシの今の格好……」
「……かなり」
お腹を抱えて震えるアペリと、口を抑えて目を逸らすラーミカに、魔王は複雑な顔を向ける。
「……魔王様、今しばらくそのままで……。今ニオコを呼んで、その姿を永久保存に……」
「やめてェー! ワシの尊厳をもうちょっと大事にしてェー!」
「クソザコナメクジな魔王様に今更そんなものいります? 笑いを取れれば本懐でしょう。アペリが笑いを取る場面を邪魔したくらいですし」
「いやそれはちゃう、事もないんやけど、その……」
「絵が嫌なら、このまま担ぎ上げて城を一周練り歩きましょうか。大丈夫です。確実に爆笑を取れます」
「堪忍してェー!」
読了ありがとうございます。
普段身だしなみとか気にしない子がおめかしすると、ギャップで可愛い、あると思います。
吟じません。
なお、ドレスティアラ魔王の城巡回ツアーは、皆の仕事の邪魔になる、という魔王の必死の訴えで、辛くも取りやめになりました。
もし実行されていたら、ラズタイのメイド服騒動を超える災害を引き起こした事でしょう。
惜しい。
次は新キャラを出すべきか、既存キャラを掘り下げるべきか、それが問題だ。
なろラジもありますので、気長にお待ちください。