魔王様と専属画家(仮)
ちょっとお待たせしました。
『魔王様と雑用係』で登場した、絵の好きなゴブリン娘、ニオコ再登場です。
どうぞお楽しみください。
「今日も城は平和やなーっと」
機嫌良く魔王城の廊下を歩く中型犬ほどのナメクジ。
のんびりとしたその言葉に、隣を歩く吸血鬼が足を止めて恭しく頭を下げる。
「これも魔王様のご威徳のお陰かと」
しかしその言葉に、魔王と呼ばれたナメクジは、触腕をぷいぶいと振る。
「ちゃうでラーミカ。城のみんなの働きあっての事や。そのお陰さんでワシみたいなもんでも魔王やらしてもらえとる」
「謙虚でいらっしゃる。なればこそ皆も付いて来るのだと思いますが」
「そんなにやたら褒めたらあかんで? ワシ調子に乗ってまうから」
ラーミカの言葉に再び触腕を振った魔王に、ラーミカは微笑んで軽く頭を下げた。
「かしこまりました。魔王以外にやれる仕事のないクソザコナメクジ様」
「切り替え早ァ! 何急に! えらい温度差!」
「お言葉に従ったまでですが」
「ラーミカは極端やな……」
「お嫌でしたら素直に敬われてくださいませ」
「……おおきに」
そんな二人の行手に、ゴブリンの少女が待っていた。
「……ま、魔王様」
「おー、ニオコやないか。また紙が欲しなったんか?』
「……」
ニオコはこくんと頷く。
雑用係として魔王城で働くニオコは絵を描くのが趣味で、以前壁に魔王の絵を描いていたのを見咎められて以来、使わなくなった書類をもらい、裏に絵を描いていた。
「よっしゃ、後で用意させとくわ。部屋に届けるんでいいんか?」
「……」
首を横に振るニオコに、魔王は首を傾げる。
「自分で取りに来るんか?」
「……」
再び頷くニオコ。
怪訝な表情をする魔王に、ラーミカが助け舟を出す。
「魔王様。ニオコは魔王様をモチーフに絵を描いていました。紙を受け取る際に、魔王様のお姿を見たいのでしょう」
「……」
こくこくと頷くニオコ。
魔王は触腕で頬をかいた。
「そんなんなくても、いつでも来てくれてえぇんやで?」
「……」
「そう仰いましても雑用係では、そうそう玉座の間や魔王様の自室に来るわけにもいきませんでしょう」
「……! ……!」
魔王の言葉に困った表情を浮かべたニオコが、ラーミカの助言に我が意を得たりとばかりに頷く。
そこに続いたラーミカの一言が、ニオコを凍り付かせた。
「そこでニオコを魔王様付きの画家にしてはいかがでしょう?」
「!?」
「あー、そらえぇな。ワシの肖像画を描いてもらうっちゅー話もあったしな」
「……! ……!」
必死に首を振るニオコだったが、
「ニオコ、あなたはこれまで魔王様から使用済みの書類の裏紙とはいえ、たくさんの紙をいただいていますよね?」
「!」
「それをただ遊びに使ったのではなく、魔王様のために使ったという証が必要なのではないですか?」
「……」
ラーミカの言葉にびくりと身体を震わせると、力なく頷いた。
「専属画家となれば紙はこれまでのような裏紙ではなく上質なものを渡せますし、魔王様のお姿を遠慮なく描く事ができます。魔王様のお姿を多く残す事もできて万々歳ですね」
「……」
「……?」
浮かない表情のニオコを、魔王はじっと見つめていた。
「ニオコ、おるか?」
「!? 魔王、様……?」
雑用係の仕事を終え、自室に戻ったニオコの元に、聞き慣れた柔らかい声が扉越しに聞こえてきた。
「紙、届けに来たで」
「あ、ありがとう、ございます……」
なぜ魔王が自ら持ってきたのかわからないまま、ニオコは扉を開ける。
「ほい、紙や」
「あ、ありがとう、ございます……?」
ニオコは受け取った紙を見て、頭に疑問符を浮かべた。
紙がいつもの裏紙だったからだ。
「あぁ、さっきの話な、すまんがもうちょい先にさしてくれ」
「……?」
「ほら、ワシ、肖像画に描いてもらう前に少し痩せなあかんねん。せやから、まだしばらくはニオコには雑用係をしながら絵ェ練習しておいてほしいんや」
「……」
「いや、今すぐ描きたい言うてくれるんやったら、細く見えるポーズとか考えるけど……」
「……! ……!」
ぶんぶんと首を横に振るニオコに、魔王は安堵した様子の息を吐いた。
「それまでの間は紙も今まで通りやけど堪忍な! ほな!」
そそくさと部屋を出る魔王。
取り残されたニオコはしばし呆然とした後、
「はぁ……」
大きく溜息をついた。
それは落胆ではなく安堵。
ニオコは魔王から受け取った紙をシワにならないように抱きしめると、自分の机の上に運んだ。
そこにはたくさんの魔王の姿が、所狭しと並べられている。
「……」
紙を置いたニオコは、それを一枚一枚愛おしげに眺めると、黒炭を手に取り、新たな魔王の姿を描き始めた。
「……どないやった? ニオコの様子は」
「仰っていた通り、安堵した様子でした」
「やっぱりかぁ。専属画家の話の時に妙な表情になっとったから、心配してたんや」
ニオコの様子を廊下から魔力で探ったラーミカの報告を受け、魔王は安堵の溜息をついた。
「……ニオコが魔王様の絵を堂々と描けるようになる良い機会と思ったのですが、浅薄でございました」
「そんな事ないで? ワシもえぇ考えやと思うたしな。でもニオコの心の準備はまだやったみたいや。好きでやっとる事でも、やらなあかん事になったら嫌になったりするしな」
魔王の言葉に、ラーミカが深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。これでニオコが魔王城で働けなくなったら、北の開拓地で働くツソクーゴに顔向けができなくなるところでした」
「そんなに弱ないとは思うけど、働きにくうなったかもしれんな。ま、フォローはできたし、めでたしめでたしや」
明るく言う魔王に、しかしラーミカの表情は晴れない。
「それにしても無念です」
「だから気にせんで大丈夫やて」
「いえ、そちらは魔王様のお陰で大丈夫なのですが、魔王様の肖像画を一般に販売して魔王様の支持率を盤石のものにする策が先延ばしになってしまった事を思うと……」
「何それ!? 聞いてへんけど!?」
「言ってませんでしたね」
「せめて動揺する素振りくらい見せてェー! え、何!? 売るの!? ニオコには画家としての給料をあげて、ただで配ればえぇやん!」
動揺しまくる魔王に、ラーミカは首を横に振る。
「無料の物はどれほど素晴らしいものであっても、価値を感じにくく、大切にしないものです。買う事そのものがステータスになるような価値を持たせなければなりません」
「ワシの肖像画に価値なんてあるんか……?」
「城内の者だけでも五十は捌ける算段がついております」
「嘘ォ!? 世の中何かおかしない!?」
混乱を続ける魔王を置いて、ラーミカは折り畳まれた紙を広げる。
それは以前ニオコから一枚分けてもらったラフ画であった。
「ラフでこの出来……。これでも喜んで買う者は少なくないはず……。ニオコの部屋から全ての紙を徴収すれば……」
「やめたげてェー!」
読了ありがとうございます。
ニオコが好きなのは絵を描く事か、それとも……?
それはそれとして、喋るの苦手な子が首の動きで感情表現するのが好きです。
『わかる!』っていう人、僕と握手!
なろうラジオの企画が始まりそうなので、また少し間が空くかもしれませんが、次話もよろしくお願いいたします。




