魔王様と文官長
続けて第二話です。
さて会議の席で、クソザコナメクジの魔王は何をなすのか。
と言っても、ドラマティックな展開はありません。
のんびりお楽しみください。
「それでは会議を始めさせていただきます。今回の案件は、北の荒地の開墾についてです」
眼球のない虚ろな眼窩が、十人ほどの列席者を見回す。
彼はリッチのロクド。賢者の骨から生まれたアンデッドで、多くの知識を持つ魔王城一の知者と呼ばれる。
そのために魔王城における人事や経理を一手に担う、文官長の職を与えられていた。
「まずは森の精霊ドライアド達の案ですが、畑と同時に森を作るという案で、効率が悪いと思われます。対してゴブリン達の示した案は、整然と畑を整備して予想される収穫量が最も多い」
ロクドは力強い声で説明を続ける。
「オークの提示した案も、治水に関しては最も優れていましたが、効率の面でいささか劣ります。そこで、今回の件はゴブリンの案が良いかと思いますが、いかがでしょうか?」
列席者から意見は出ない。
ドライアドの代表は、黙って机を見ている。
ゴブリンの代表は誇らしげに頷く。
オークの代表は諦めの色を浮かべている。
「あの、ちょっとえぇか?」
遠慮がちにうねうねとした触腕が伸びる。
最も上座に座るその手の主は、どう見ても大きなナメクジであった。
「魔王様、ご意見頂戴いたします」
しかしロクドは最大限の敬意を持って、その言葉を促す。
列席者も一様に、魔族の長たる魔王の言葉を待つ。
「いや、ワシな、まだそれぞれの案がようわかっとらんのや。悪いんやけど、もうちょっと詳しく教えてくれるか?」
「……承りました」
自分の簡潔かつ完璧な説明に何が不満かと少し憮然としつつ、ロクドは各案の代表者に水を向ける。
「魔王様がより詳しい説明を望まれています。何か加えたい事があるなら発言してください」
「あ、あの……」
「あっしはロクド様の説明で十分でさぁ。あっしらの案の強みをしっかり紹介してもらえやしたからねぇ」
「オイラも特にねぇ。治水に関しては評価してもらえたけど、ゴブリンの案の方が、オイラ達の案よりも優れてたからな」
「あ、あの……!」
頷くゴブリンとオークの横で、ドライアドが小声で何かを言おうとしている。
「ドライアドの、えっと、リモやったな。詳しく教えてくれ」
「はい……!」
魔王に促されて、リモは訥々と話し出す。
「オラたつドライアドは、植物の事には詳しいだ。だ、だからオラたつに任せてほしいだ」
「そんな根拠のない言葉で、大事な仕事を任せられるものですか」
「う……」
「まぁまぁ。意気込みがあるのはえぇ事や。んで、案の半分森にしたい言うのが気になっとったんや。何でそうしたいんや?」
言葉に詰まったリモに、魔王がさらに声をかける。
「は、畑は作物だけ作っとると痩せるだ。森があれば、落ち葉や木の実が肥料になるだ」
「なるほどなぁ。他には?」
「つ、強い風で作物が折れんように、森が守ってくれる。雨で土が流れそうになるのも止めてくれるだ」
「ほうほう。まだあるか?」
「も、森があると虫が住んで、その虫が花粉を運んでくれて、実をつけやすくなるだ」
「色々あるんやなぁ」
次々と出される説明と、それに頷く魔王に、ロクドは焦りを覚えた。
(このままではろくに意見も聞かず、自分の考えを推し進めた愚か者と思われる……!)
それは知恵を誇るロクドにとって、耐えがたい屈辱であった。
「し、しかし森が育つまでに何年かかる! そこを考慮するとこの案は……!」
「オラたつが力さ使えば、森一つ一週間でできるだ。畑は慣れてねぇから時間さかかるけどな」
「何いいいぃぃぃ!?」
資料になかった情報に、取り乱すロクド。
そうとなれば前提からして覆る。
(……肥料の現地調達、防風壁や治水工事の簡略化、受粉作業の省略……、それが数ヶ月で……。こ、これは……!)
ロクドがその優れた頭脳で再計算すると、通常条件下ではゴブリンの案が勝るものの、気象条件を変えると順位は覆った。
「……ロクド様。あっしらの案とドライアド達の案、どっちが良いんですかい?」
「……う……」
頭の回転の速さゆえに、激しい葛藤にさいなまれるロクド。
しかし最後には、
「……気象条件が良ければゴブリン案、優れない時はドライアド案、となります……」
知者としてのプライドが偽る事を許さなかった。
どよめく会議室。
「……申し訳ありません魔王様。私の調査不足で……」
「やー、おかげでようわかったわ! なら全部を活かしてやれる方法考えてみよか!」
「……え?」
ロクドの戸惑いに気づかず、魔王は満足そうな笑顔で会議室を見回す。
「ドライアドの森、ゴブリンの畑、オークの治水、それ全部まとめたらすごい案になるんとちゃうか?」
「……いやしかし……」
突如示された新たな案に、ロクドの明晰な頭脳をもっても結論が出ない。
案の融合だけでなく、三者の意思統一、役割分担など、一案にまとめれば必要ない手間が、頭の中をぐるぐる回る。
「あー、いや、思い付きで悪いんやけど、ロクドやったらうまい事まとめてくれるかなぁって思うて……」
「!」
「ワシやったら絶対無理やからなー」
「さすが魔王様。ご自分のクソザコナメクジな頭脳を理解なさっておられるとは」
「毒舌ゥー! この会議初の発言がそれってどうなんラーミカ!?」
側近ラーミカとのかけあいに、会議室の空気が緩む。
「……ではここからはこの三案の融合をどう行うか、という事で進めてまいります。意見のある者は挙手してください」
「ならばオイラから、オイラ達の治水案の優れた点と、森の保水力で省略できる点について話をしたい!」
「オーク代表タブ殿、お願いします」
活気に満ちる会議室を見ながら、己の知者としてのおごりを何気なく正してくれた魔王への感謝が沸き起こる。
(私は素晴らしい主を持った……)
恩に報いるためにも、この三案をまとめ上げてみせる。
その誓いの元に、ロクドの頭脳は回転を高めていくのであった。
読了ありがとうございます。
ゴールを決めない会議は時間の浪費ですが、答えが決まっている会議なら単なる意思確認。
難しいものです。
それと、分からない人に説明をすると、理解が深まったり穴が見つかったりするので、会議に前情報のない人を入れるのも有効だそうです。
次話は明日投稿します!
ヘビメイド長と犬メイドが出ますよ!
お楽しみに!