魔王様と転職希望者
お久しぶりです(一週間)。
原点に立ち返って、格好良いようで格好良くない、少し格好良い魔王様を目指してみました。
どうぞお楽しみください。
「魔王様」
「何や?」
「門番のゲカートから魔王様にお話したい事があるそうです」
「ほー、何やろな」
「転職の希望だそうです」
「えっ」
側近の吸血鬼・ラーミカの言葉に、魔王の玉座に座るナメクジが目を見開いた。
「な、何で?」
「何でもパンケーキのお店をやりたいそうですよ」
「パンケーキ!?」
「詳しくは本人に聞いてください」
「せ、せやな。もう来とるんか?」
「えぇ。お入れしてもよろしいですか?」
「勿論や!」
「では行ってまいります」
ふっと黒い霧と共に消えたラーミカが、扉を開けてリザードマンと一緒に入ってきた。
リザードマンは何かの包みを携えて玉座の前まで来ると、恭しく頭を下げた。
「魔王様、この度は私にお時間をいただき、ありがとうございます」
「おー、ゲカート。何や、パンケーキ屋やりたいんやて?」
「……はい。お恥ずかしながら……」
「恥ずかしい事なんて何もないがな。理由、教えてくれへんか?」
魔王に促されて、ゲカートは頭を上げる。
その目には強い意志が宿っていた。
「はい。少し前、私の働く門の近くにパンケーキの屋台ができました」
「ほー」
「とても良い匂いがするので、休憩の時に買って食べてみたのですが、これが美味しくて」
「ふんふん。そらワシも食うてみたいなぁ」
「その屋台が畳まれた後もその味が忘れられず、家でも作れないかと、料理長のマニィさんに色々聞きながらあれこれ試作したところ、勝るとも劣らない出来のものが作れまして」
「おー、すごいやないか」
「あの、お待ちしたのですが、召し上がっていただいてもよろしいでしょうか?」
「おぉ! なら一つもらおか」
触腕を伸ばそうとする魔王を、
「お待ちください魔王様。まずは私が味見をいたします」
ラーミカが素早く遮る。
「えー、毒味なんて必要ないやろ」
「いえ、魔王様は味覚もクソザコナメクジですから、何食べても『美味い』としか言いそうにないので」
「辛口ィー! ま、まぁ色んな意見があった方がえぇしな。ゲカート、えぇか?」
「勿論です」
ゲカートが包みを開くと、黄金色のパンケーキが芳しい香りと共に姿を現した。
一切れをフォークで刺して口に入れたラーミカの表情が変わる。
「ほう……、確かに店売りに耐える品ですね。甘みを抑えているのはトッピングのためでしょうが、単体でも十分美味しくいただけます」
「ありがとうございます!」
「ほなワシももらうで………お! 確かに美味いやん! こら城のもんにも教えて買いに行かせたろ!」
「ありがとうございます!」
二人の絶賛に、安堵の溜息を吐くゲカート。
和んだ空気に、魔王が嬉しそうに口を開く。
「そうしたらドザリーも一緒に店に出るんか?」
その言葉に、ゲカートは申し訳なさそうに頭をかいた。
「いや、ドザリーにはまだ話してないんです」
「……は?」
「まずは魔王様にお話してからと思いまして、今夜にでも妻には」
「あかん」
魔王の言葉に、玉座の空気が張り詰めた。
「……え?」
「この話は聞かんかった事にさしてもらうわ。ラーミカもえぇな」
「は、はい」
「な、何故ですか!?」
「何故? わからんか? お前はパンケーキ屋になってもここで働く気ぃなんか?」
「……い、いえ、その折には退職させていただこうと思っておりますが……」
「それや」
「こ、後進は育っておりますし、引き継ぎもこれから」
「そんな話とちゃうねん。わからんのか?」
普段温厚な魔王の真剣な声に、ゲカートは静かながら凄まじい圧力を感じた。
震えながら必死に考えるが、何を間違えたのかわからない。
「はぁ……」
「!」
魔王の溜息に、びくりと身体を震わせるゲカート。
恐怖と混乱で、その目には涙すら浮かんでいた。
「ここ辞めた後のゲカートを支えるのはワシやない。奥さんであるドザリーやろ」
「……あ……」
「筋通す順番が違うとるんや。こんな大事な話が二番目やったらドザリーも悲しいと思うで」
「あ、あぁ……!」
自分の過ちに気が付き、声を上げてゲカートは膝をついた。
「せやからワシは何も聞いとらん。ドザリーにきちんと話したら、も一回来たらえぇ」
「あ、ありがとう、ございます……!」
涙を拭うゲカートに、表情を緩めた魔王が明るく声をかける。
「さ、わかったら今から帰ってドザリーに話し」
「いえ、ですが……」
「善は急げ言うやろ? 門番の詰所の方にはワシから言うとくから」
「で、ですが……」
「何や? そんなにドザリーが怖いんか?」
茶化すように言う魔王に、何とも言えない表情を浮かべるゲカート。
「いえ、今帰ると早退の理由をどう説明したものかと……」
「あ! せ、せやな! なら、えっと、定時まで仕事して、それから帰り! な!」
「はい! ありがとうございます!」
一礼して玉座の間を出て行くゲカート。
扉が閉まったのを見て、魔王は冷や汗を拭った。
「……慣れん事するもんやないなぁ……。しまらん話になってしもた……」
「いえ、十分だったと思いますよ。しかし魔王様がお叱りになるとは珍しい」
ラーミカの言葉に、魔王は頬をかく。
「いやー、城を去っていくゲカートに優しゅう言うて、里心ついてもあかんかな、思うて。一番に相談されたんは嬉しいけど、ほんまに一生側にいるのはドザリーやからな」
「流石です魔王様」
「まー、最後は格好つかんかったけどな! ははは!」
笑う魔王にラーミカも微笑む。
「そんな事はありません。ゲカートにも魔王様の思いは伝わったと思いますよ」
「せやったらえぇな」
魔王はそう言うと、まだ微かに残るパンケーキの香りに目を細めた。
翌朝。
「魔王様! 本当に申し訳ありませんうちの宿六が! 昨日転職をしたいという話をしてきたんですけど、魔王様へ相談したかと聞いたら私が一番だなんて馬鹿な事言って!」
「え、あ、いや」
「大恩ある魔王様を差し置いて申し訳ありません! とりあえず一晩しばき倒しましたので、どうかこれでこの馬鹿の先走りをお許しください!」
「……うぅ……」
見上げるような巨躯のドザリーの腕には、顔を倍近くに腫れ上がらせたゲカートが吊り下げられていた。
「おぉ、結婚を機に引退したとはいえ、一時は魔王城格闘最強を誇った『腕こそ武器』ドザリーに一晩中しばかれても口を割らなかったとは。ゲカートの覚悟は本物ですね」
「言うとる場合かー! そんなつもりやなかったのにー! 誰か回復魔法使えるもん呼んでェー!」
読了ありがとうございます。
魔王様の貴重な説教シーン。
なお締まらない模様。
奥さんの二つ名を思いついてしまったせいで、ゲカートはオチ要員になってしまいました。
ごめんねゲカート。
魔王城最高の治癒魔法を使ってあげたから許して。
次話の投稿は未定です。
どうぞのんびりお待ちください。