魔王様と恋するメイド
お久しぶりです(一週間)。
先週の投稿後いくつも感想をいただき、自分でも読み返していたら、新しい話が書けました。
やはりメイドは良い……!
どうぞお楽しみください。
「コッヌイ、ミカーオ何か変だ」
「どうしたの? また具合悪いの?」
魔王城に仕えるコボルトのメイド・コッヌイは、後輩であるワーウルフのミカーオの言葉に心配そうな顔を向ける。
ミカーオは以前城の主である魔王に体調不良を指摘され、その後熱を出した事があったのだ。
「うーん、具合悪いのかなー。あんまりご飯食べたくない」
「そうしたらメイド長のレヌ様にお話しして、今日はお休みしよう?」
「うーん、でも今日は魔王の部屋に行く日だから、休みたくない」
「うん、それはわかる……」
コッヌイは魔王の事を思い浮かべた。
訛りの強い陽気な声。
誰にでも優しく温かい気配り。
失敗を気にもしない広い心。
中型犬ほどの大きさ。
全身を覆う粘液。
頭から突き出した大きな目。
どう見ても大きなナメクジにしか見えないその姿を思い浮かべると、胸の中がぽぅっと暖かくなる。
「魔王に会えたら元気になれる気がするんだけど、会おうとすると変になるんだ」
「変ってどんな?」
「……頭の中がめちゃくちゃになって、飛びつきたくなる。顔を押しつけてぐりぐりしたくなる」
「え……」
「だけど会って『元気か?』とか言われると、身体がぴーんとなって動かなくなる」
「それ……」
「で、夜になってそれを思い出すと、ベッドの中でめちゃくちゃごろごろ転がっちゃう。……病気かなー?」
「……!」
その衝動に、コッヌイには心当たりがあった。
多少落ち着いたとはいえ、それはコッヌイも感じている衝動だからだ。
(ミカーオちゃんも魔王様の事……)
自分を肯定されたような喜びと、味方が敵に変わったような混乱が同時に沸き起こる。
その気持ちの正体を伝えるべきか、誤魔化すべきか、コッヌイの心は揺れた。
「コッヌイ、ミカーオ、支度はできていますか?」
「あ、レヌ様!」
ラミアのメイド長・レヌが来た事で我に返ったコッヌイは、レヌに助けを求める事にした。
「あの、ミカーオちゃんの事でちょっと……」
「何かありましたか?」
「……魔王様に恋してるみたいなんです」
「!」
コッヌイの耳打ちに、レヌの目が大きく開く。
「た、確かな事ですか!?」
「えっと、食欲がなくなったり、魔王様に飛びつきたくなったり、でも声を聞くと身体が固まったり、夜にベッドで悶えたりするそうです……」
「……それが恋だと……?」
「……あの、私も、そう、ですから……」
「こ、コッヌイも……!?」
「み、ミカーオちゃんほどじゃないですけど……!」
恥じらうコッヌイに、額を指で抑えるレヌ。
「それで、ミカーオちゃんに、それは恋だよって教えてあげた方がいいんでしょうか?」
「……やめておきましょう。そう聞いたらミカーオは戸惑いがなくなり、魔王様により遠慮なく接触しようとするでしょう」
「そうですね……」
「魔王様のご迷惑になってもいけませんし、何より側近であるラーミカ様が何を思われるか……」
「あぁ……」
以前の厳しい様子を思い出し、コッヌイは身震いする。
「ミカーオはまだ幼い。自覚する前に憧れや敬意に変わるかもしれません。少し見守りましょう」
「わかりました」
「今日の魔王様へのお茶のご提供には、あなたも付き添いなさい。できる限りフォローするのですよ」
「はい!」
結論を出した二人は、椅子で左右に揺れるミカーオに声をかけ、仕事へと取りかかった。
「魔王、様ー。お茶をお持ちしたぞー」
「おぉ、ミカーオ。おおきにな」
「ぴ」
魔王が書類仕事の手を止めてかけた声に、ミカーオが直立不動の姿勢になる。
コッヌイが軽く袖を引くと、硬直が解けた。
「大丈夫? ミカーオちゃん」
「お、おぅ、ミカーオは元気だ」
「お、コッヌイも一緒か」
「は、はい、お仕事中失礼いたします」
ミカーオの熱が移ったのだろうか。
コッヌイの鋭敏な耳に、魔王の声がやけに甘く響く。
「ま、魔王、様ー。お茶だー、です」
「おおきにな。ミカーオもお茶の淹れ方、うまなったな。……ん、うまいで」
「ぴゃ!? そ、そうか! ミカーオは元気だぞ!」
「うんうん、元気が一番やな」
「……」
いつもなら魔王がお茶を飲み終えて、茶器を下げる時まで一旦離れるのがメイドの慣わしだ。
横にいると、魔王は急いで茶を飲もうとするので、その事はミカーオにも何度も教えてある。
しかし普段ならちゃんと下がるミカーオが、魔王を見つめたまま動かない。
「? どないしたミカーオ?」
「……飛びつきたい」
「は?」
「み、ミカーオちゃん!」
「魔王にぎゅってしたい……」
「ちょ、ちょお待ち! どないしたミカーオ! 何や目ェ怖いで……?」
「ぎゅってしてすりすりしたい」
「あかんって! ワシの身体ぬるぬるやから、服汚れてまうで!」
「……なら脱ぐ。脱いだ方が魔王ともっとぴったりくっつける」
「ダメだよミカーオちゃん!」
服に手をかけるミカーオ。
慌てて止めようとしたコッヌイの目の前で、
「何をしているのですか」
ミカーオを黒い霧が包み込み、空中に浮いた。
「ラーミカ様!」
「ぴっ!」
「この娘は懲りずにまた無礼を……!」
「あわ、あわわ……!」
霧から現れた吸血鬼・ラーミカが、怒りの目でミカーオを見下ろす。
しかし魔王の視線を感じると、一瞬でその炎を消し、にっこりと微笑む。
「魔王様、ミカーオはまた熱が出たかもしれません。別室に運びます」
「お、おう。頼むで。ワシは全然怒ってへんから、キツうせんようにな!」
「ほう、つまり魔王様はミカーオに裸で飛びついてほしかったと?」
「ちゃうて! 熱で変になっとっただけかもしれへんやろ!? せやから優しくな!」
「……魔王様がそう仰るのなら」
若干不満そうにそう言うと、ラーミカは大人しくなったミカーオを連れて部屋から出て行った。
「……大丈夫かいなミカーオは」
「あ、だ、大丈夫だと思います……」
「熱でワシの事お父んにでも見えたんかもな。まだ甘えたい盛りでここに来とるんやからな」
「あはは、そうかもしれません……」
「そんな風に甘えてもらえるのは嬉しいけどな」
「!」
その魔王の言葉が、度重なる揺さぶりで緩んでいたコッヌイの枷を外した。
ゆっくりと魔王に近づくコッヌイ。
一歩ごとに顔が紅潮するのを感じる。
それでも足は止まらない。
「魔王様……」
「ん? どないしたコッヌイ?」
「……私、私も、魔王様の事……」
「こ、コッヌイ……?」
コッヌイの手が伸び、魔王を包み込もうとしたその時。
「あなたもですかコッヌイ……!」
「ら、ラーミカ様!?」
虚空から現れたラーミカの声に、弾かれたように離れるコッヌイ。
「来なさい、頭を冷やさせてあげましょう……!」
「ご、ごめんなさい! つい出来心で……!」
「ら、ラーミカ!? 何や知らんけど手荒な真似はあかんで!」
魔王の声が届くか届かないかのうちに、コッヌイはラーミカの霧に包まれて、部屋から連れ出されていった。
場所は変わってラーミカの部屋。
コッヌイとミカーオは、仁王立ちのラーミカの前で正座をさせられていた。
「全くあなた達は何をしようとしていたのですか」
「……すみません」
「……ごめんなさい」
「魔王様は耐久力もクソザコナメクジなのですから、みだりに抱きつこうなどとしてはいけません。どんな事故につながるかわかりませんから」
「……はい」
「うー、わかっ、わかりましたー」
「魔王様のお言葉がありますから今日はここまでにしますが、次からは気をつけてお仕えするように……、っ!」
話を締めようとしたラーミカの表情が変わる。
「メイド長……! あなたもですか……! 全く油断も隙もない!」
霧となって消えたラーミカ。
残された二人はしばし呆然と虚空を見つめた。
「……なぁコッヌイ」
「な、何? ミカーオちゃん」
ぼんやり虚空を見つめたままのミカーオが、悲しげな声で呟く。
「魔王にさわりたいって思うの、ダメな事なのか……?」
「……そ、それは……」
「急に飛びついちゃダメなのはわかった。ミカーオも魔王をケガさせたいわけじゃない。だから今日のはミカーオが悪い」
「ミカーオちゃん……」
「でもそっとやさしくさわるのもダメなのかな……? そう思ったら胸がきゅーって痛いんだ……」
「……」
ミカーオが胸をぎゅっと抑える。
その切なさに、コッヌイは何の言葉も返せない。
「なぁコッヌイ。ミカーオは強いんだ。痛くても辛くても泣かないでガンバれるんだ。でもこんなに痛いの初めてなんだ。これもガマンすれば平気になるかな?」
「ミカーオちゃん……!」
コッヌイが、ミカーオの手を取った。
ミカーオが、かつての自分と重なる。
(私と同じように魔王様を好きなミカーオちゃんを、誤魔化して抜け駆けなんてしたら、自分の気持ちに胸を張れない……!)
「な、何だ? コッヌイ……?」
「ミカーオちゃんが魔王様に感じてる気持ち、悪い事なんかじゃないよ」
「ほ、ホントか!?」
「うん、私その気持ち、知ってるの。それは苦しいけど暖かくて、魔王様もきっと喜んでくれる気持ち……」
「そうなのか!? それ、何て言うんだ!? 教えてくれコッヌイ!
「それはね……」
ミカーオが自分の気持ちの名前を知った直後、ミカーオとコッヌイの気持ちを聞き、自分の本心に気がつきアプローチを試みたメイド長レヌが連行されてきたのだった……。
読了ありがとうございます。
ミカーオの初々しい恋心が、コッヌイとレヌに火をつけました。
魔王はもげたら良いと思います。
また少し間が開くとは思いますが、よろしくお願いいたします。