魔王様と狼メイド
だいぶ間が空いてしまいました。
久々の更新で力が入り、三千文字越えとなってしまいましたが、お時間のある時にでも楽しんでいただけましたら幸いです。
魔王城の玉座の間。
城のメイドを取り仕切るラミアのレヌは、玉座に向かってかしずいた。
「魔王様、新たなメイドのお目通りにまいりました。こちら、ワーウルフのミカーオです。さ、ご挨拶なさい」
「えっと、ミカーオは、じゃなかった、私は、人狼族の、ミカーオだ、じゃなかった、です。頑張るからよろしくな、じゃなかった、お願いいたします」
隣でかしずくコボルトのメイド・コッヌイに袖を引っ張られて何度も言い直しながら、ミカーオは何とか挨拶を終えた。
「ははは、敬語苦手みたいやな。普通に喋ってえぇで」
「ホントか? 魔王いいヤツだな! ナメクジみたいで弱そうなのに!」
「あっ! ミカーオ! 何という失礼を……!」
「えぇよレヌ。ワシも堅苦しいのは苦手やし」
魔王がひらひらと触腕を振る。
中型犬ほどの大きさのナメクジ然たるその姿は、ミカーオの言う通り強さは全く感じられなかった。
「ミカーオは何で魔王城で働こ思たん?」
「あのな! 父ちゃんが魔王と仲良くすると、みんなのためになるって言ってた!」
「あー、さよか」
「あと、魔王のお嫁さんになれば、一生肉食べ放題だって言ってた!」
「えっ!?」
「なっ……!」
「ちょっ、ミカーオちゃん!?」
「……」
ミカーオの無邪気な言葉に、魔王、レヌ、コッヌイ、そして玉座の横に控える側近の吸血鬼・ラーミカの顔色が変わる。
「魔王全然弱そうだし、お嫁さんになるのはヤだけどな!」
「あ、あはは、さよか……。まぁせやろな……」
「な、何という失礼を……! ミカーオ! 謝りなさい!」
「えー、でも普通にしゃべっていいって魔王が」
「魔王様はお優しい方だけど、何でも言っていい訳じゃないの! ほら魔王様にちゃんと謝って!」
「うー? 何かわからんけど、ごめんなさい」
「えぇでえぇで。ちゃんと謝れてえぇ子やなぁミカーオは」
レヌとコッヌイに責められて、渋々頭を下げるミカーオ。
気にした様子もなく、触腕を振る魔王の横で、ラーミカが凄まじい怒気をにじませる。
「……魔王様。この狼娘を解雇しましょう」
「えぇやん。言葉遣いとか態度とかは働きながら勉強すればえぇんやし」
「問題はそこではないのですが……」
魔王への進言は効果が薄いと見たラーミカは、青い顔をしているレヌへ鋭い目を向けた。
「レヌ」
「はっはい!」
「この娘をきちんと教育するように。……わかりましたね?」
「は、はい! 勿論でございます! 魔王様! お時間を頂戴し、誠にありがとうございます!」
ラーミカの言葉に更に顔を青くしたレヌが、ミカーオをその長い尾で絡め取り、礼法の中の最大速度でコッヌイと共に玉座の間を辞した。
「魔王ー、様ー。お茶を持って、お待ちしたぞー」
「おー、おおきにミカーオ」
ミカーオの私室への来訪に、魔王は読んでいた本に栞を挟み、にこやかに出迎えた。
「随分頑張っとるようやな」
「うん疲れるー。礼儀って何であんなに面倒くさいんだ?」
お茶をテーブルに置くなり、ぼすっと客用のソファに腰を下ろす。
レヌの苦労を思って苦笑しながら、魔王はお茶に口をつける。
「せやなぁ。礼儀っちゅーのは、相手の事をすごいなぁ思うたり、大事にしとるでって気持ちを伝える一つの方法や」
「あー、それでレヌもコッヌイも、魔王にはちゃんとしろって言うのかー」
「? 何か思い当たる事でもあるんか?」
「だって二人とも毎日魔王のすごいところとか、優しいところとかを話してるからなー」
「さ、さよか……。ワシ、そんなに大したもんとちゃうんやけどな……」
「うん! そうだな! 魔王はよわよわだもんな!」
「ははは、その通りや。ミカーオと話しとると何や落ち着くなぁ」
笑いながら再びお茶をすする魔王。
「あー、ミカーオも魔王と話してると、何かホッとする! これは魔王のすごいとこかも!」
「そーか? まぁでもそうやったら嬉しいな」
「でもそれくらいじゃ、お嫁さんにはなってやれないな!」
「せやなぁ」
「魔王は鍛えたりしないのか? 人狼族のみんなは、毎日訓練してるぞ?」
「あぁ……、何度かやってみたんやけど、ワシ、どうもそういうのあかんらしくてなぁ。何回も筋肉痛になったけど、全然力は付かんかった」
「ガンバってもダメだったのか! かわいそうだな!」
「おおきに。ミカーオは優しいなぁ」
「へへ……」
ミカーオは照れて鼻をかく。
その姿に、魔王は目を見開いた。
「ミカーオ、何や鼻、乾いとらんか?」
「え? あー、ホントだ」
「具合悪いんちゃうか?」
「んー? よくわかんないな」
首を傾げるミカーオに、魔王は卓上のベルを鳴らす。
「お呼びでしょうか魔王様」
「わ! 急に出てきた! すごい!」
「ラーミカ。レヌに言って、ミカーオを休ませたってくれ」
「かしこまりました」
「……え?」
空中から現れたラーミカに驚いたミカーオは、魔王の言葉に二度驚く。
「な、何でだ? ミカーオはこの後洗濯の仕事があるんだぞ?」
「調子悪いもんに無理させるわけにはいかん。何もなければえぇけど、慣れへん場所に来て疲れが出てもおかしくない時期や。今日は身体を休めぇや」
「だ、大丈夫だ! ミカーオは強いんだぞ!」
「あかん」
「……ま、魔王は弱いくせに! ミカーオより弱いくせに!」
「あぁ、ワシは弱い。ミカーオに二、三発殴られたらやられるやろ。せやけどワシはこの城の主や。この城のもんを守るんはワシの義務や。せやから休んでくれ。頼む」
「う……」
弱いはずの魔王の言葉。
厳しくもない、命令でもない言葉。
しかしその言葉にミカーオは逆らえない何かを感じ取り、黙り込む。
「魔王様、レヌを連れてまいりました」
「おおきにラーミカ」
「魔王様、ミカーオがまた何か……!?」
「いや、鼻が乾いとったように見えて、ミカーオは平気や言うたんやけど、疲れの出る時期やし、何かあってもあかんし、今日は休ませたって」
ラーミカに続いて部屋に入って来たレヌは、魔王の言葉に険しかった表情を緩めた。
「そ、そうでしたか。ありがとうございます。ほらミカーオもお礼を申し上げなさい」
「……」
「……! ミ」
「レヌ、調子悪い時に無理させんでえぇ。また元気になったら寄越してや」
「……はい、ありがとうございます」
「お大事にな」
叱責しようとしたレヌを遮った魔王は、手を振って二人を下がらせる。
部屋には魔王とラーミカが残った。
「よく気付かれましたね。ミカーオの変化に」
「んー、まぁ新しく来たもんは体調崩しやすいから、気にしとったんや」
「そうですか。私はてっきり自分の権威に媚びない姿に、『おもしれー女』枠に認定したのかと思いましたよ」
「何それ!? 全然ちゃうけど! ……まぁあの遠慮のない感じは新鮮やけどな」
「そういうのがお好みでしたか。でしたら私がクソザコナメクジ様をそれはもう遠慮も容赦もなく罵倒して差し上げますよ?」
「やめてェー! ラーミカの本気は心が死ぬゥー!」
翌々日。
「おっはよー!」
「おお、ミカーオ。元気になったか?」
玉座の間に元気よく飛び込んで来たミカーオに、魔王は目を細める。
「うん! やっぱり疲れてたみたい! あの後熱出たけど、早めに寝てたからすぐ治った! 昨日もゆっくりしたから、もうバッチリだ!」
「そら良かった」
「あの時休めって言ってくれた魔王様、カッコよかったぞ! レヌとコッヌイがすごいって言う意味、わかった気がする!」
「そらおおきに」
「魔王様はミカーオより弱いけど、強いのかもしれない! もしかしたら人狼族で一番強い父ちゃんより強いかもしれない! だからミカーオは、魔王様のおよ」
「ミカーオ?」
ミカーオの言葉は、そこで止まった。
玉座の側から消えたラーミカが耳元からささやいたからだ。
息すら吐けないミカーオに、ラーミカは口調だけは優しく続ける。
「魔王様は我々の王。お仕えするべき尊いお方。これ以上無礼を重ねるようなら、人狼族の皆様ともじっくり『お話』しないといけませんね?」
「は、はひ……!」
「魔王様はお忙しい身。体調回復の報告が終わったなら仕事に戻りなさい?」
「……わ、わかった!」
「……わかった、ですか?」
「わかりましたっ!」
「ミカーオ、また体調変やなと思うたら、早めに言うんやで」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
びしっと音が聞こえそうな勢いで姿勢を正し、玉座の間を辞すミカーオ。
「……何言うたん? ラーミカ」
「礼節を守るコツをアドバイスしただけですよ」
「……ほんまか……?」
魔王が向ける不審の目を、ラーミカは涼しい顔でかわした。
その後しばらく怯えた様子で礼儀正しく振る舞うミカーオに、レヌとコッヌイは首を傾げるのであった。
読了ありがとうございます。
この後ミカーオの様子に気付いた魔王が事情を確認。
礼儀のためとはいえ、行きすぎた注意をラーミカに謝罪させ、ミカーオは復活。
超怖いラーミカに頭を下げさせた魔王に、ミカーオの尊敬の念は更に上昇。
ラフな言葉遣いはそのままに、心からの敬意を払うようになりましたとさ。
……アペリとキャラ被ってる……?
また少し投稿に間が空くかと思いますが、また次話もよろしくお願いいたします。