魔王様と喧嘩の仲裁
夏ホラーに気を取られ、随分と間が空いてしまいました。
気が付けば投稿済み小説のトップページの真ん中くらいに魔王様が落ちていって……。
ホラーって怖い……。
久々の更新、お楽しみいただけましたら幸いです。
魔王城の廊下。
中型犬ほどの大きさのナメクジと、高位魔族である吸血鬼が連れ立って歩いていた。
「魔王様。平和ですね」
「せやなぁ」
「こうも平和だと、何か騒動の一つも起こってほしいものですね」
「何言うとん。ワシはラーミカと違うて力も魔力も弱いんや。平和が一番。騒動なんてごめんやで」
そう言って、魔王と呼ばれたナメクジは、触腕をぷいぷいと振る。
「それにそないな事言うとフラグが立ってまうで?」
「フラグ、ですか」
「せやで? 平和やー、何か起こらんかなーなんて言うたら、起こらんでもえぇ騒動が起きるっちゅージンクスみたいな」
と、行く手の練兵場から怒号が聞こえた。
ふざけるな、取り消せ、など激しい声が聞こえる。
「……魔王様」
「え、これワシのせい!? 最初に言うたのラーミカやん!」
「ほう。では私のせい、ですか」
「いやちゃうて! そういうつもりやなくて……! と、とにかく早よ行かな!」
「かしこまりました。では失礼いたします」
ラーミカが魔王を抱え、黒い霧となって宙を走る。
あっという間に二人は練兵場に降り立った。
「どないしたん? 何の騒ぎや?」
「あ、魔王様! それがシシューとカーターが、飛行訓練の後言い合いになりまして……!」
「シシューとカーター? ちゅーと確かグリフォンとホークマン……」
魔王の言葉通り、腕をつかみ合って睨み合いを続けているのは、鷲の頭と羽根にライオンの胴体を持つグリフォン・シシューと、鷹の羽根を生やした人間、といった姿のホークマン・カーターだった。
「どないしたん! 話聞くから一旦落ち着こーや!」
「魔王様! 止めないでください! こいつだけは許さねぇ!」
「何を憤る。我が何をした」
「しらばっくれやがってこの鳥顔野郎!」
「あの、せやから暴力はあかんて……!」
ヒートアップが止まらないカーターに、おろおろする魔王。
すると、カーターを黒い霧が包み込み、
「魔王様の御前だ。頭が高い」
「ぐっ!?」
次の瞬間、地面に張り付けられていた。
「魔王様のお言葉に逆らうとは、随分偉くなったなカーター。要らんのは耳か? 首か?」
「ひっ……!」
霧から現れて背中に乗り、首筋に手を這わせるラーミカに、カーターの血の気が引く。
「ラーミカ! 無茶はあかんて!」
「大丈夫です魔王様。無闇に傷付けたりはいたしません」
「ほんま? そんならえぇんやけど……」
「傷から出た血は一滴残さずいただきますから」
「えぇ事なーい! フードロスの心配しとるのとちゃうねん! とにかく降りたって! 話が聞きたいんや!」
「わかりました」
頭からどころか全身から血の気が引いているカーターににじり寄り、触腕で背中を撫でる魔王。
「怖かったやろ。もう大丈夫やからな」
「あ、ああ、あり、ありがとうございます魔王様……!」
「何があったんや?」
「……あの、俺、こいつに侮辱されて……!」
恐怖の震えが収まらない中、まだなおくすぶる怒りの炎が、シシューへと向けられる。
「何を言われたんや?」
「ホークマンなんて速さだけだ、それしか能がないって……!」
「待て。我はそのような事……」
「待ってやシシュー。最後まで聞こか。その後シシューの話も聞くからな」
「……わかりました」
シシューが頷いたのを確認して、魔王はカーターに振り返る。
「速さだけ、かぁ。それやとあかんの?」
「……」
「飛べるだけでもワシにはうらやましいけどなぁ」
「魔王様にはわからないんですよ! 俺の気持ちなんて!」
「……」
再び殺気立つラーミカを、魔王は目で制する。
「確かに飛べるもんの辛さはワシにはわからん。だから教えてくれ。カーターが何に怒ったのか、何が許せんかったのか、ワシは知りたいんや」
「……」
カーターの険が崩れ、泣きそうな表情が現れる。
「……俺達ホークマンは、確かにグリフォンより身軽で速いです。でも、最高速度で言ったら鳥型の魔物には勝てません……」
「せやなぁ」
「俺達には羽以外に手があるので、物を運んだり、空中で道具を使ったりもできます。でもそれならグリフォンの方が力も強いし輸送力もある……」
「確かになぁ」
「中途半端なんです俺は……! それは俺が一番わかってる! なのにあいつはそれをことさらに指摘して……」
「成程なぁ。確かにそう思うたら腹も立つなぁ」
頷いた魔王は、じっと話を聞いていたシシューに水を向ける。
「シシューは何て言ったんや?」
「……我は『速さではホークマンには勝てぬな』と言いました。彼は速さで、我は力で、それぞれ持ち味を生かして行こうと言ったつもりでしたが、配慮が足りませんでした」
「え……」
「済まない。だが大型輸送なら我、手紙のやり取りなら鳥族だが、高速輸送ならホークマンに敵う者はいないと思っている」
「く、口では何とでも言える……! 魔王様の前だからそんな事を言って……!」
「いや、本音だ。鳥型でも、我々でも、できない仕事ができる、それがホークマンだ」
「……ほ、本当に……?」
徐々に明るさを取り戻すカーターの背を、再び魔王の触腕が撫でる。
「自分にできひん事ができる相手をうらやましく思うのは当然や。でも逆に周りからも自分がそう思われてるかもしれん事を、たまにでえぇから思い出しぃや」
「……はい」
「ワシを見てみぃ! できひん事ばっかりや! だからみんなの力を借してもろてる。カーターもシシューも大事なワシの仲間や。せやから、助けてくれ、な?」
「……はい……!」
「我が身命、全て魔王様のために」
二人が頭を下げ、練兵場の空気はふっと緩んだ。
「ほな怪我せんように頑張ってや〜」
『はい!』
練兵場を後にすると、魔王は全身を使って息を吐いた。
「あ〜、つっかれたぁ……。うまくまとまってほんま良かったぁ……」
「お見事です魔王様」
「いや、これはラーミカが怪我せんうちに止めてくれたからや。せやなかったらこんなに早うには収まらんかったわ……」
「いえ、魔王様でなければこのような解決はなりませんでした」
「いやいや、ラーミカが言うたら聞いたと思うで? カーターなんかめっちゃビビっとったしな」
「私が、ですか……」
魔王の軽口に少し考えて、ラーミカはニタリと笑う。
「私なら能力を駆使して、グリフォンでも運べない重量の荷物を持ってカーターと競争を行い、スタートとゴールを高速反復横跳びして、心を折るくらいしかできませんね」
「やめたげてェー! シシューまでセットで心が折れてまうやん!」
「だからこそ魔王様が必要なのですよ」
「そんなもんかなぁ」
首を傾げる魔王に聞こえないように、第一の側近は小声で呟く。
「……カーターに言った言葉、たまにはご自分に向けてもいいんですからね。クソザコナメクジ魔王様」
読了ありがとうございます。
コンプレックスがあると、過剰反応しちゃうよね、というお話でした。
当初の予定では、怒りに燃えるカーターを、ラーミカが高速反復横跳びで心を折ってから魔王が説得する予定でした。
しかし流石にそこまですると、魔王が何言っても立ち直れないよな、と思い、この形に落ち着きました。
次回はまた少し間が開くと思いますが、よろしくお願いいたします。