魔王様と夢見る姫
魔王の玉座に飛び込む影!
「魔王ー! 覚悟しろー!」
魔王の運命やいかに!
どうせほのぼのなんだろうって!?
正解!
安心してお楽しみください。
「魔王ー! 覚悟しろー!」
玉座の間に響き渡る扉の音。
扉を開いた人間が、高らかに宣言する。
「魔王様。来ました」
側近の吸血鬼・ラーミカが玉座の前に立ちはだかる。
「修行の成果、とくと味わえー!」
玉座に駆け寄るその手には、
「今日のご飯は肉じゃがだー!」
お椀が握られていた。
「おー、美味そうやないか」
「はい、お預かりします。魔王様が直接持つとこぼしますので」
ラーミカがお椀を受け取りサイドテーブルに置いた事で、玉座の主の姿が明らかになる。
そこには中型犬くらいの大きさのナメクジが、機嫌良さそうに触腕を振っていた。
「マァニもバッチリだって言ってたぞ! な!」
「えぇ。煮え具合からぁ、味付けまでぇ、バッチリですわぁ」
「マァニがそこまで言うとは、さすがやなメーフィ」
「うん! もうすぐ十歳だからな!」
「おー、もうそんなんになるんかー」
メーフィと呼ばれた少女と、サキュバスの料理長・マァニに、魔王は交互に頷く。
「早いもんやなぁ。背ェも随分伸びたしなぁ」
「うん! 魔王はちっちゃいまんまだな!」
「ワシはこれ以上大きくはならんかなぁ」
笑いながら魔王はスプーンを持ち、サイドテーブルの肉じゃがを口に運ぶ。
「ん! うまっ! 完璧やん!」
「ほんとか!」
「ほんまやで。随分上達したなぁ」
「そっかぁ!」
「十歳になる前にここまでできる子、ワシ他に知らんわ! メーフィが頑張っとるのと、先生がえぇのとの両方やな!」
「うん! マァニ、ありがとう!」
「どういたしましてぇ」
満面の笑みのお礼に、マァニもつられて微笑む。
「なー、これで素敵なお嫁さんに近づいたかなー!?」
「おぉ! この調子で行けばバッチリやで!」
「わーい!」
きゃっきゃと喜んでマァニの周りを飛び跳ねるメーフィを横目に、ラーミカが魔王に耳打ちする。
「いくら人間の国王が許しているとは言え、姫君の花嫁修行の手伝いなど大丈夫なのですか?」
「しゃーないやろ。あっちの城では料理人やメイドが怪我させたら責任取れんって言うし、かと言ってそれで収まるメーフィやない。あのオイラエが泣きついて来るくらいやからなぁ」
「確かに人間の国王自ら頼み込んで来るとは思いもしませんでしたが……」
もう一口肉じゃがを頬張り、微笑む魔王。
「子どもは自分の力よりちょっと上の事に挑戦する事で成長する。ワシらはそれが危なすぎないように、守りすぎないように育てていかな。な?」
「……しかし……」
まだ何か言いたげなラーミカをさえぎるように、跳ね回っていたメーフィが玉座の魔王に飛び込んだ。
「おっと。危ないですよメーフィ姫」
ラーミカが腕で支え、メーフィの粘液まみれは無事阻止された。
その体勢のまま、メーフィはキラキラした目で魔王に話しかける。
「なーなー! あたし後どれくらいでお嫁さんになれるかなぁ!」
「んー、まぁ後七、八年くらいやないか?」
「じゃあそれまで待っててくれるかー?」
「待つ?」
「うん!」
メーフィはにこーっと顔中で笑う。
「あたし魔王のお嫁さんになるからー!」
「え!? ちょ、ちょお待て待て! 何でワシ!? お嫁さんは好きな人のになるもんやで!?」
「魔王の事好きだもん」
「な、何で!?」
「お城では『やっちゃダメ!』って言われた事も魔王はやらしてくれるしー、優しいしー、後お菓子くれるからー!」
恋とはほど遠い幼い好意に、魔王の動揺が消え、優しい笑みが浮かんだ。
「……さよか。可愛らしなぁメーフィは……」
「じゃあお嫁さんにしてくれるー!?」
「あぁ、えぇでっ!?」
魔王が驚愕の声を上げる。
目の前からメーフィが黒い霧に包まれて浮かび上がり、部屋の隅へと飛んだからだ。
「うわー! すっごーい! すっごーい! ラーミカ! もう一回やってー!」
「後でいたしますので、少々お待ちください」
部屋の隅で黒い霧の中から出現したラーミカは、腕に抱えたメーフィを下ろすと、再び消えて魔王の元に出現する。
「何を考えてるのですか魔王様」
「な、何が!?」
小声に込められた静かな怒りにたじろぐ魔王。
「魔王様からしたらメーフィ様は親戚の子感覚なんでしょうけど、相手は国王の娘ですよ? 滅多な事を言わないでください」
「あ、そっか!」
「子煩悩なオイラエ様なら、幼いメーフィ様をたぶらかしたと怒り狂ってもおかしくありません」
「……かもなぁ」
「子どもとの約束と侮らず、きちんと対処してください」
「わ、わかった」
「流されて口約束でも『結婚する』なんて言ったら、城内全域と魔王様のご両親に、魔王様はロリコンになったとご報告します」
「やめてェー! 社会的にも物理的にも死ぬゥー!」
「魔王ー!」
部屋の隅から駆けてきたメーフィが、再び飛び付こうとして、ラーミカに抱えられる。
「わー! ラーミカ! またさっきのやってー!」
「その前に魔王様からお話があります。さ、どうぞ」
「……あ、あのな? お嫁さん言う話やけど……」
「うん!」
「う……」
魔王に向けられる期待の眼差し。
裏切られる事を微塵も考えていない笑顔。
「……この国ではな、十五歳になるまでお嫁さんの約束はしたらあかんねん……」
「そーなのー?」
「う、うん。ほんまや。せやから今は約束できへんねん……」
「わかったー! じゃあ十五歳になったら約束しようねー!」
「う、うん。ま、まぁその時にな」
その時魔王は確かに見た。
にやにやしているマァニの横、ラーミカがメーフィに聞こえないように唇の動きだけで、
(逃げましたねこのヘタレロリコンクソザコナメクジ様)
と呟いていたのを。
(しゃあないやん! きっぱり言うたら絶対泣くし! 五年先のワシよろしくゥー!)
ラーミカに空中に運ばれ、きゃーきゃーはしゃぐメーフィを見ながら、魔王は静かに溜息をこぼすのであった。
読了ありがとうございます。
「どう見ますかこの判断」
「そうですね。子ども時代の約束が恋の決め手というのはラブコメの王道ですから、たとえ年齢一桁でも出塁を許さないラーミカ様の姿勢は、王族の怖さをよく知っていると思われますね」
「成程。五年後に先送りバントをした魔王様、こちらはいかがでしょうか」
「光源氏計画フラグを立てにいっているとしか思えませんね。五年後が楽しみです」
「さすがは魔王城一の知者。解説ありがとうございます」
「……レヌ様、ロクド様、何をしていらっしゃるんですか?」
魔王城は今日も平和です。
五年後はわかりません。