魔王様と護衛希望者
気が付けば十話目。時の経つのは早いもの。
今回は第八話に出てきたシウ再登場。
ずっと女の子出してきたかと思ったら三話連続で男メインの話。
思いつきで話を作ってるとこういう事もありますよ、うん。
広い心でお楽しみいただけたら幸いです。
魔王城の城下。
中型犬ほどのナメクジと、高位魔族である吸血鬼が並んで歩いていた。
普通なら二度見どころか声を上げてもおかしくない光景だが、
「なぁラーミカ。城下町を回るだけなのに、護衛はいらへんやろ?」
「いえ、魔王様は放っておくと、どこで何を拾ってくるかわかりませんから」
そのナメクジがこの国を、いや魔族そのものを統べる魔王である事は周知の事実なので、誰もが会釈や軽い挨拶で通り過ぎていく。
「ま、前のシウはえぇ感じやったんやて! 何か急に『俺には務まりません』とか言うて……」
「……多少は見どころのある男のようですね」
「せやで! もうちょっと丁寧に教えたら割と」
「それは無理です」
「早ァー! もうちょっと可能性とかを考えてみぃへん?」
「無理なものは無理です」
「何でそんなにあかんの!?」
「その理由を魔王様自身がわからない限りは無理です」
「ちぇー……」
取りつく島もない態度に、魔王は説得を諦めた。
「ほな異常もなさそやし、ぼちぼち戻ろか」
「そうですね」
「ま、魔王様!」
城へ向かって帰ろうとした魔王の背に、野太い声がかけられた。
「お、シウやんけ! ちょうど今シウの事話しとったん!」
「そ、そうですか! ありがとうございます!」
「で、どないしたん?」
「あの……」
シウは深呼吸をすると、
「魔王様に惚れました! 俺を魔王様の物にしてください!」
一気呵成に言い切った。
「は!? な、何!? どういう事!?」
「消しましょう魔王様」
戸惑う魔王の前に、殺気をまとったラーミカが立つ。
「魔王様を妖しい薔薇の道に踏み込ませようなど言語道断。命をもって償っていただきましょう」
「待って待って! 話だけでも聞こか! な!」
「……まさか薔薇の道にご興味が……?」
「ドン引きィー! せやけど今や! シウ! どないしたん! ラーミカが正気に、いや狂気に戻る前に説明してー!」
「え? あ、はい。その以前お話しして以来、魔王様にお仕えできたらと思いまして、一度ミノタウロス族の仲間に話をつけてまいりました。どうか俺を魔王様の剣として盾としてお使いください!」
「……そういう事でしたか」
殺気を解くラーミカに、魔王は胸を撫で下ろす。
「ワシの護衛か……。でも今は平和やし、護衛言うても仕事ないしなぁ……」
「そうですね。魔王様の護衛は私一人で十分ですから」
「一人で十分!? それはいくらなんでも護衛を甘くっ!?」
シウはそれ以上喋れなかった。
目の前からかき消えたラーミカが首筋に冷たい手を当てていたからだ。
「甘く……、何ですか?」
シウは絶望的な力の差を感じた。
それでも今まで鍛え続けて来た自分を、簡単に投げ捨てる事はできない。
「……もう一度、お願いします!」
「護衛に『もう一度』なんてものはないのですが、まぁいいでしょう」
再びラーミカの姿が消える。
「うおおおっ!」
シウは腕を伸ばして高速回転する。
全方位に対する攻撃。
側面であろうと背後であろうと対応できるはずだった。
しかし。
「ぐが!?」
頭に激しい衝撃を受けて、たたらを踏むシウ。
空中に出現したラーミカの蹴りが頭を直撃した事をかろうじて理解できたが、体勢を立て直したシウには何の打開策も思い付かない。
「おや、倒れませんか。気絶させるつもりで蹴ったのですが。相当鍛えてますね」
「……あぁ。俺は、強くなるために鍛えてきた……! 誰よりも強くなって、魔物の頂点に立つと……!」
シウは恥を握り潰そうとするように、拳を強く握る。
「だが! 魔王様は力ではない強さで魔物を統べていた! だから俺はその身を守ろうと! 俺の鍛えた力の使い道はこれなんだと……! だが……!」
思いが、無念が、シウの目からあふれた。
「俺は負けた! 俺の力は、これまでの努力は全て無駄だった! 俺は無力だ……!」
「んな事ないで」
魔王が触腕を伸ばし、肩には届かなかったので、腰の辺りをポンポンと叩いた。
「無力言うならワシの事や。助けてもらわななーんもでけん。嫌味やのうてうらやましいと思うで」
「で、ですが私の力はラーミカ様には遠く及ばず……」
「一番しかいらん仕事もあるけど、二番や十番や百番が必要な仕事も必ずある」
「!」
「だからその力、ワシに貸してくれ」
「力を貸す……? ど、どのように!?」
「そらまだ思い付かんけど……」
勢いこむシウに、魔王は頬をかく。
「でしたら魔王様。ジムのインストラクターなどいかがでしょう」
「インストラクター?」
「彼の鍛え方は本物です。そのトレーニング方法や食生活などを指導させれば、効果は飛躍的に上がるでしょう」
「おお! そらえぇな! ワシも鍛えたら強なるかな?」
「いけません。『箸より重いものを持った事ないクソザコナメクジ』のネームバリューに傷が付きます」
「そのネームにバリューある!?」
「……ありがたい申し出だが、魔王様のお役に立てないなら……」
「立てます」
シウがうつむきながらこぼす言葉を、ラーミカがキッパリと断言する。
「先代魔王ルスマン様が月一で城にお見えになるのですが、仕事後朝までお酒に付き合わされます。あなたがトレーニングに夢中にさせて城に来る頻度を減らしたり、酒を減らしたりするようになれば、魔王様は大いに助かります」
「……しかしラーミカ様より弱い俺では……」
「私は種族固有の能力をベースに鍛えているので、他人に指導はできません。しかし地道に鍛えて今に至ったあなたの経験なら、ルスマン様だけでなく多くの魔物の助けになるでしょう」
「!」
「それやってもろたらめっちゃ助かるわ! 希望とはちゃう仕事やけど、頼めるか?」
「……わかりました!」
シウの目に火が灯る。
自分の目標をいともたやすく折った二人。
そして差し伸べられた手。
なのに悔しくない。
二人から示された道が輝いて見える。
「よろしくお願いいたします!」
シウは生まれ変わったような気分でニカッと笑った。
読了ありがとうございます。
『努力は人を裏切る』
水◯しげる先生の名言。
ずっと自分の中にある言葉です。
努力が人を裏切らないのなら、努力をすれば何でもできる。
成果が出なかったのは努力が足りなかった証。
こんな残酷な結論はないと思ってます。
命懸けの努力ですら、超えられない壁は存在するのですから。
人には向き不向きがあり、自分より優れていると思った人の足りないところを補えたら、どっちが偉い、どっちが凄いなんて決められなくなります。
そんな流動的で混沌とした中で、卑屈にも尊大にもならず生きていけたらと思うのです。
……よし、これだけ真面目な事を言っておけば、この話を思いついたきっかけが薔薇の道発言だった事はバレないな。