魔王様と側近
ご来訪ありがとうございます。
タイトルを見て「クソザコナメクジな魔王ってどんなのだろう」と期待して来てくださった方、ごめんなさい。
まんまです。
何のひねりもありません。
それでもよろしければ、どうぞお楽しみください。
「あぁ、平和やなぁ……」
魔王の玉座から、気の抜けた声が聞こえる。
そこには一匹の、どう見てもナメクジにしか見えない生き物が座っていた。
普通のナメクジとは比べものにならないくらいの大きさだが、それでも中型犬と肩を並べる程度である。
玉座の大きさと荘厳さとは、全く釣り合いが取れていない。
「魔王様。会議の時間でございます」
側近の吸血鬼が、うやうやしく礼をする。
「お、今行くで」
魔王と呼ばれたナメクジは、ぬるぬると玉座から降りる。
「ラーミカ、今日は北の荒地のやつやったっけ?」
「はい、最終的にゴブリン案、オーク案、ドライアド案の三つまで絞られましたので、今日で決定できるとよろしいかと」
魔王の歩みに合わせてゆっくり歩く吸血鬼・ラーミカが、書類を手に説明する。
「ドライアド達がえらい勢いで手ぇ上げとったから、やらせてやりたいなぁ」
「よろしいのですか? 彼らは畑と同面積の森を作る案を出してきています。他の案に比べて費用対効果は良くないと思いますが」
「まぁそうやけど、畑ばっかりゆうのも何や寂しい気がするし、やる気のあるもんにやらせる方がえぇんかなと思うてなぁ」
「なるほど」
「それに畑の近くに森があれば、万が一不作になっても木の実とかでしのげるようになるかなー思うてなぁ」
魔王の言葉に、ラーミカは頭を垂れる。
「失礼いたしました。そのような深いお考えがあったとは」
「ちゃうちゃう! 単なる思い付きや! みんなでちゃんと話し合って決めよ!」
ラーミカは魔王の言葉に、首を傾げる。
「いつも申し上げておりますが、魔王様がこうとお決めになれば、我らは皆従います」
「それはあかんて。ワシは魔力も力も知恵もない、ただ親が魔王ってだけで跡継いだボンクラや。みんなの力と知恵を借りんかったら、なーもでけへんで」
「確かに」
「おゥーい! そこはお世辞でも『そんな事ありませんよ』言うところやろ!」
触腕を伸ばしてツッコむ魔王に、ラーミカは微笑む。
「良いではありませんか。そんな魔王様だからこそ、皆が付いてくるのですから」
「そーか? 早いとこ誰か力があって頭のいいもんが変わってくれんかなと思うとるんやけどなぁ。ラーミカ、やらん?」
「ご冗談を」
「ラーミカめっちゃ強いし頭も切れるから、えぇと思うんやけどなぁ」
「私には無理ですよ」
「ワシにできるんやから、誰でもできると思うんやけど……」
「魔王様」
ラーミカが足を止めて、厳しい目を向ける。
「魔王様が魔王の位から降りられましたら、ただのクソザコナメクジになってしまいますよ」
「辛辣ゥー! 事実やけど!」
「雨風をしのぐ場所もなく、街をうろつき、廃棄された野菜クズをかじる日々……」
「やめてー! リアルに想像できてまう!」
「なけなしの金で買った酒をなめながら、『ワシは昔魔王やったんや……』と涙ながらに過去の栄光にすがりつく、みじめな姿……」
「何その詳細な想像!? 未来でも見てきたん!?」
魔王の慌てふためく姿に、ラーミカは表情を緩め、再び歩き出す。
「ですから魔王様、仕事を辞めようとなどと考えず、一生懸命頑張ってください」
「頑張る! 頑張るから! ほな行こか!」
「では参りましょう」
ラーミカがうやうやしく開けた会議室の扉を、魔王はぬるぬるとくぐった。