実地研修
軍大学には、実地にて行う研修がある。これは実際に過去の戦跡や実際の軍事施設などに訪れ、そこで仮想的に軍の指揮や作戦の立案を検討することで、より現実的な視野を学ぶためのものである。
しかし、今は共和国から宣戦布告を受けている状態、つまり戦時である。のんびりと各地を回って研修をしている暇は無いと判断された。
そのため、マヤ達の年次の学生は、王都近郊の軍施設を回るだけの研修として行われる。
とは言え、歩兵と同じ装備の担ぎ、基本的に移動は徒歩である。男でも大変な行程であり、女性陣にとっては非常に過酷である、と言えた。
「わたくしはギルドで討伐隊におりましたから、この程度の行動など当たり前ですわ」
エリザベートが、涼しい顔で言ってのける。
「私は、体力に自信が有りますので」
ミリシアも、当然のような顔で付いてきていた。まあ、正体が魔王なだけに当然だろう。
結果、一番苦しんでいるのはマヤとなる。
子供の頃より鍛えているとは言え、やはり、軍隊での行動には付いていくだけでギリギリであった。
気付かれぬよう痕跡を隠蔽して魔法を使い、荷物を軽くしたりして何とか付いていっている。
「歩兵は動かすだけで消耗する。練度も下がる。それを忘れるな」
指導教官からの指導が飛ぶ。
「机の上だけで考えた作戦で、苦しむのは歩兵だ。魔導騎があるとは言え、全員が魔導化されているわけではないからな」
ここで言う「魔導化」とは、歩兵の移動手段を魔導具や魔導騎等で行えるようにしている、高速化部隊のことだ。もちろん、全軍を魔導化することは、現時点では不可能である。
「ミズキ! この拠点が攻撃された場合。貴様ならどう反撃する? 敵勢力はこちらと同数。魔導騎兵、騎兵隊は両軍ともに無い」
唐突に質問を振られる。ここできちんと答えておかないと、それはそれで成績に響きかねない。
「拠点内に砲兵は有りますでしょうか?」
マヤは一応は確認をする。有ると無いとで大違いなのが砲兵である。正面から戦うのが歩兵なら、後方から前線を叩けるのが砲兵だ。通常の火砲を扱う砲兵と、魔法で支援する魔導砲兵が存在する。
「一個中隊存在する。残弾は二斉射分だ」
「それでは……」
「王都からの支援を確認した方が、よろしいですわよ」
そっと、エリザベートが耳元に囁いてくれた。
「あっ……他の拠点からの支援、救援は望めますか?」
「二日後に、近衛師団が来援予定である」
チロリ、と指導教官はエリザベートを見たが、公爵家令嬢と言うこともあったか、それ以上の反応はしなかった。
「でしたら……」
マヤは拠点から夜間出撃し、敵後方補給線を脅かす少数浸透作戦を提案した。
「敵が本気になって攻勢に出た場合は?」
「拠点内に立て籠ります。拠点の防御力を勘案した場合、同数であれば二日は維持できるはずです」
指導教官はその答えに頷く。
「よし、ではその作戦をとった時、予想される敵の行動は? グランハイツ! 貴様が答えろ!」
「はッ! まず一個中隊を後方警備に回し、残りの主力で拠点正面を迂回し、側面より強襲を仕掛けます」
入学式で絡んできたリーベストに、指導教官は残りの質問を振る。
慌てたリーベストは、容易に主力を分断する判断をしてしまった。
「それではここの拠点は落とせん! ミズキの意図にはまってどうする!」
当然のように叱責が飛んだ。
「グランデンヴェルグ、貴様はどうだ?」
次はミリシアに質問が飛ぶ。
「そうね、拠点に夜襲を仕掛けましょうか。全軍で」
「ほう、その理由は」
「少数とは言え部隊を出撃させているなら、守りが若干は薄くなるでしょう?」
なるほどな、と指導教官は呟く。
満足そうな指導教官とは裏腹に、マヤには焦燥が満ちる。
ミリシアの案が評価されたと言うことは、アリシアである彼女に未だ追い付けていない、と言うことだ。契約のこともあり、ミリシアが評価されて焦るのは当然であろう。
ふとマヤを見やり、軽く微笑むミリシア。
その笑顔が、マヤにとって何よりも恐ろしく感じられた。




