演習講評
「本日は、昨年行われた参謀本部の図上演習の講評を行う」
講堂に集められたマヤ達学生を前に、指導教官が説明を行う。
軍の参謀本部で行われた訓練としての図上演習を、その経過を再現しそこで行われた行動の意図を読む訓練である。
部屋の中央に置かれた大テーブルに図面が置かれ、各部隊を表す模型が各所に配置される。
「今回の想定は、共和国軍が我が国正面を迂回し、北方ノースランド地方ノフープより上陸、我軍はノースランド中央平原で迎撃すると言うものである」
「想定として、現実的なんですかね」
指導教官の説明を聞いたマヤが、隣のエリザベートに小声で話しかける。
「可能性として無くはない、といったところですわ」
エリザベートが曖昧に答える。正直に言うと彼女も無理が有ることを承知してはいた。参謀本部での演習はもっと本格的な、いきなり王都前面に敵部隊上陸なども行ってはいる。ただ、教育教材として、いきなり王都決戦をやるわけにもいかない、といったところだろう、とエリザベートは推察していた。
「それより、始まりますわよ」
そう注意され、マヤは地図上を凝視する。後程レポートをまとめなければならない、その内容が成績として評価の対象になる。アリシアとの勝負がかかっている上で、否が応にも真剣にならざるを得ない。
状況が開始され、双方索敵をしつつゆっくり進んでいく。王国側は早期に要害となる地点を確保し、防衛線を引いた。しかし、全体の戦力を見ると共和国側の方が戦力が多い、連合からの増援も含まれている想定のためだ。
主力部隊が衝突する前に、航空隊、魔導騎兵隊が上空で激闘を繰り広げる。地の利は我に有り、といった形で、その戦闘は王国側が若干有利に進む。
結果、主力同士の、つまり歩兵同士の戦闘において、共和国側は空と陸、その両方を相手取ら無ければならなくなった。
共和国側は、後方より増援の魔導騎兵を呼び出し、前線の支援に当たる。
前線では、双方共に多大な被害が発生し、まさに戦力が溶けるように消耗されていく。
魔導騎兵、魔導砲兵などの支援により、地獄の様相を呈した戦場を架空の兵士達が駆け抜けていき、吹き飛ばされていた。
状況開始一日目で、双方三割以上の戦闘不能者を出す大激戦となった。
さらに夜間も戦闘は続く、擾乱、撹乱、奇襲とありとあらゆる戦術がとられ、双方の被害が増加していく。
兵士が魔法で焼かれ、砲兵に吹き飛ばされ、銃で撃たれ息絶えていく。その情景を想像して、マヤは胸が苦しくなってきていた。
自然と息が荒くなってくる。
「大丈夫ですの?」
エリザベートが、心配そうな顔で尋ねてきた。
「だ、大丈夫です」
先日の図上演習の際は、自分で判断しなければいけない、そのことで手一杯で考えていなかった兵士の死を、今は考える余裕があるせいかリアルに想像してしまった。その精神的な圧迫感が彼女を襲っていた。
実際、戦争になれば、戦闘が行われれば千人単位で人が死ぬ。そんな当たり前のことを、数字として見せつけられていたのだ、衝撃を受けるのは当たり前であろう。
演習内では夜が明け、早朝早々、夜間に行軍を行い、二手に分かれていた共和国側は王国防衛線に対し、二正面からの包囲戦を仕掛ける。それまで良く持ちこたえていた、要害に籠った防衛部隊が大隊ごと吹き飛ばされた。
それを見たマヤは衝撃のため、完全に過呼吸に陥る。床に座り込み、浅い呼吸を繰り返す。
「衛生! 衛生!」
気づいたエリザベートが衛生員を呼び、自身は応急手当てを行う。
結局、マヤは医務室へと担ぎ込まれることとなった。
「無理をせず、お休みなさい」
医務室まで付き合ってくれたエリザベートが、優しく告げる。
「すみません。エルザさんまで迷惑かけて」
さすがにマヤも、落ち込んでいた。この程度で倒れるとは、自分が情けなく思える。
「誰にでも起こり得ることですわ。戦場を想像して兵士個人のことを思ってしまうのは」
エリザベートが優しく語りかける。
「わたくし達が成すべきは、その不幸がなるべく減るようにする事。貴女にはそれができる下地がありますわ。兵士の死に共感したからこそ、の不調なのでしょう?」
「そうでしょうか? あたしは今日ので自信がなくなりましたけど」
そんな言葉に、思わず否定を返すマヤ。
「兵士の死を個々に想像していたら、指揮官は指揮できなくなってしまいますわ。でも、兵士の死を忘れないことが、良い指揮官としての条件でもありますわ」
貴女は良い指揮官になれる資質がありますわ、とエリザベートは告げる。
「わたくしは戻りますわ。レポートはお手伝いしますから、わからない事があったらわたくしに」
そう言い残して、エリザベートは講堂へ戻る。
「なんだか、情けないなぁ」
マヤが一人呟く。情けなくて惨めな気持ちにまでなってくる。
「ホント、情けないったら無いわね」
突然響いた他人の声に、マヤはハッとする。まだ、ボーっとする頭を振り意識を集中させた。
「あんたには関係ないでしょ!」
マヤは必死で言い返した。その言葉に答えるように、ベッドのカーテンの向こうから、ミリシアが現れる。
「関係なくはないわよ。少なくとも、勝負を公平にするために、私も演習後半は見ないでおいてあげなくちゃいけないからね」
珍しく、殊勝なことを言うミリシア。
「あの契約、確かにに公平に勝負するって書いてあったけど」
「そういうことよ。私、今回の勝負は本気なの」
ミリシアの、いや、アリシアの顔がいつになく真剣なものになっている。
「私はね、この勝負ができるのをずっと待ってた」
いつもの嫌らしい笑みを見せずに、アリシアが告げる。
「だから、忠告。これからもそうだけど、人間の、他人の事は本当に数字として扱わないと、戦場、いいえ、私との勝負ではやっていけないわよ」
「あんたに虐殺なんかさせない」
「今の貴女なら、止める事はできるでしょうね。でも、そう言う意味じゃない」
「じゃあ、どういうことよ?」
「いずれ分かるわ。でも、その前に潰れないでね」
楽しみがなくなるから、とアリシアはささやく。
「言われなくても、潰れてなんかいられない」
マヤはグッと上半身を起こし、ふらつく体を何とか立たせる。
「講堂に戻る。演習の続きを見ないと」
「ふふっ」
アリシアは満足気に微笑むと、マヤの肩を支える。ふわっといい香りがマヤの鼻をくすぐった。
「何を?」
「頑張る娘は好きよ。だからちょっと応援。それだけ」
「本当に?」
「嘘は言ってないわ」
疑いの眼差しを向けるマヤを、軽く笑ってかわし、アリシアは肩を組むようにして彼女の体を支える。
マヤは、アリシアに抱きかかえられるように、講堂へ戻った。




