雪山の決戦
その夜、二人は暴れ竜のテリトリーの雪山へと入り込んでいた。
マヤが魔力消費を押さえるため不可知の魔法の効果を絞ったので、防寒と迷彩を兼ねた白い布を頭から被り、臭いと音だけを魔法で隠した状態での侵入だ。
『罠をここに仕掛けます』
『この罠では、暴れ竜の脚を捕らえられないのではなくて?』
そもそもが、小型の狩り蜥蜴用の挟み罠なのだ、エリザベートが当然の疑問を口にする。
『引っ掛かりさえすれば、大丈夫のはずですから』
マヤも手を動かしながら答える。
主に作業をしているのは、暗視鏡を着けたマヤだ。
暗視鏡が無く視界の利かないエリザベートは暗闇の中、マヤの後を着いていくくらいしかすることがない。
マヤは罠と鎖を繋ぎ、鎖を凍りついた雪面に打ち付けた。
『これで、動きを止められますかしら』
『魔法で強化します』
魔導結晶を取り出し、構造強化の魔法を掛けて行く。
雪面に浮き出た魔方陣に魔導結晶を埋め込んで周囲の魔素を取り込む術式を展開した。
これで、マヤがここを離れても構造強化の魔法が持続する。
魔導結晶は不可知の魔法のため既に二人に一つづつ使っているので、残りは二つ。
『さて、準備できましたね』
『ええ、後は予定どおりに』
二人は各々、少し離れた場所にある岩影に身を潜める。
『始めますわ』
僅かに逡巡した後、決意した表情でエリザベートが告げた。
不可知の魔法を発動している魔導結晶を、自ら捨てる。
「さあ、わたくしに気づきなさい」
エリザベートはすらりと長剣を抜き放ち、堂々と言い放つ。
遠くで、あの金属を擦り合わせたような咆哮が響いた。
やがて、地鳴りのような足音が聞こえてくる。
段々と大きくなるその音に、二人の緊張が増してゆく。
ふと、足音が途切れた。
ややあって、暗闇から、巨大な頭部がぬっと出てくる。暴れ竜は不気味なほどに足音をたてず、ゆっくりと近付いて来た。巨大な脚が二人が仕掛けた罠を跨ぐ。
『今!』
マヤが灯火と浮遊の魔法を掛けた魔導結晶を放り投げる。
魔導結晶は明るく輝き、辺りを人の目で活動するのに充分なほどの明かりで照らす。
マヤは暗視鏡を素早く外すと、浮遊の魔法を操り暴れ竜の鼻先でフラフラと明かりを揺らした。
不意に表れた明かりに、暴れ竜は鬱陶しそうに首を降り、その場で数歩たたらを踏む。
カシャンと乾いた金属音が、暴れ竜の足下で鳴った。仕掛けた罠が暴れ竜の左脚の中指に食らい付いたのだ。
暴れ竜は不機嫌そうに左脚を動かそうとするが、魔法で強化された罠は簡単には外れない。
『次!』
マヤは足元に置いておいた魔導銃を拾い、構えた。射撃の訓練をしていない彼女は、銃に追尾の魔法を使い、自分の技量を補う。
「落ち着いて狙いなさい! 罠はまだ持ちますわ!」
エリザベートが声を張り上げる。
本当のところ、罠が持つかどうかは彼女にも分からない。
嘘を言ってでも、マヤを落ち着かせる必要を感じたからこその言葉だった。
『当たって!』
思わず漏れた言葉と共に、マヤは引き金を引き絞る。
エリザベートに気を取られ、意識の外から飛んで来たそれに暴れ竜は反応できず、弾丸は吸い込まれるように暴れ竜の右脚に撃ち込まれた。
暴れ竜の右脚が、途端に動かなくなる。麻痺の魔導弾が効果を発揮していた。
しかし、所詮は小型の蜥蜴用の魔導弾、暴れ竜の全身を麻痺させるまでは至らない。
忌々しそうに暴れ竜が唸る。
マヤはそれを見ると、忙しく手を動かし魔導銃に次弾を装填する。
再度、追尾の魔法を使い、今度は動きを封じられた暴れ竜の鼻先へ狙いを定めた。
『お願いだから、眠って……ッ!』
残る一発、睡眠の魔導弾を撃ち出す。
睡眠の魔法にはマヤが手を加えて、可能な限り強化してあるものだ。
といっても、魔導弾の魔法術式は後から手を加え難い構成に成っているため、劇的に改善されたか、といえばそうではないのだが。
弾が鼻先へ着弾する寸前、暴れ竜はブルンと頭部を大きく振る。しかし、外れたかと思われた弾丸は、僅かに軌道を変え狙い通りの場所に命中する。追尾の魔法の効果が発揮されていた。
術式が起動し魔方陣が一瞬輝く。
暴れ竜の目が途端に虚ろになり、動きが鈍る。
ややあって、暴れ竜は雪面に倒れ付した。
「やった、かな?」
恐る恐るマヤが声を上げる。
「上出来ですわ」
マヤの奮闘を称えつつ、抜刀したエリザベートが暴れ竜に近付いて行く。
魔法具である長剣を構え、術式を起動させる。斬撃強化の魔法が発動し、刀身が淡く煌めいた。
「行きますわ」
ここで、喉笛を切り裂き、致命傷にすると言うのが二人の作戦だった。ここまでは上手く行っている。
横たわった暴れ竜の喉元に近付き、大上段に長剣を振り上げるエリザベート。
長剣を全力で振り下ろす。
暴れ竜の皮膚を切り裂いた長剣は、しかし、途中で固い音を立てて止まった。
「なっ!」
喉笛だけを切り裂くつもりが、骨に当たってしまったのだ。
激痛に気付き、目を見開いた暴れ竜は頭部を振り回し咆哮する。
「キャァッ!」
エリザベートが振り回された暴れ竜の頭部の直撃を受け、後方に吹き飛ばされる。
鎧の魔法が受動発動し受ける衝撃を和らげるが、それでも堪らず長剣と盾を飛ばされてしまう。
暴れ竜は立ち上がらんと、全力で踠いていた。麻痺した右脚も罠に捕らえられた左脚も、そう長いこと持ちそうにない。
マヤは咄嗟に駆け出していた。先ずは吹き飛ばされた長剣の元へ走り寄り、それを拾い上げる。
「魔素即時充填、蓄積魔力全力解放、斬撃術式起動!」
矢継ぎ早に術式を長剣に流し込み、踠く暴れ竜へ駆け寄る。
「追尾術式起動!」
追尾の魔法で暴れ竜の喉笛に狙いを定める。
「ついでに、あたしの魔力も全部持ってけ!」
長剣から目も眩むような目映い光が放たれた。
マヤが長剣を掲げると、光の柱が天を突かんばかりに立ち上がる。
「切り裂けェッ!」
風切り音を立てて、光の柱が振り下ろされる。
光を纏った刃は暴れ竜の頚をなんの抵抗も無く通過し、雪面に達する。
瞬間、雪が爆発的に蒸発し辺り一面水蒸気に覆われた。
顔を上げたエリザベートの耳に、なにか重く湿ったものが落ちる音が聞こえた。
と、同時にやけに生暖かく生臭い「雨」が振ってくる。
「これは、血、ですの?」
何が起きたかさっぱり分からない。
やがて、水蒸気が晴れ、視界が戻る。
そこで、エリザベートが見たものは、かつて雪面だった岩肌に倒れる首無し暴れ竜と、長剣を振り下ろした姿勢のままのマヤだった。
暴れ竜の首は意外な程遠くまで飛んでいる。
「貴女が……やりました……の?」
呟くようにマヤに声を掛ける。
「はは……ちょっと……やりすぎました」
マヤがぎこちなくエリザベートの方に顔を向けた。
「魔力……使いすぎて……動けません」
慌てて駆け寄るエリザベートの腕の中へ、マヤはふらりと倒れこんだ。
バトルシーンに挑戦してみました。ちょっとあっさり目です