魔王との契約
次の日の講義は、大規模な図上演習が行われた。
学生を二つの陣営に分け、さらにそこからいくつかのグループを作り、教官か裁定役を行う実践的な演習となっている。
この日の演習は以前にマヤとエリザベートが行った図上演習よりも軍事的な側面は簡略化され、前線指揮官として意志決定の時点でどう発言するか、自身の考えをどう他人と共有するか、発生する事態をどう対処するかに重きが置かれたものであった。
先日以来、ミリシアの動向を気にしていたマヤは、当の本人と同じグループと言うことになってしまい、身
が入らぬままに演習に参加することとなる。
「状況開始!」
演習内では実際の十倍ほどの速さで時間が進む。即断即決を意識付ける訓練でもある。
マヤ達のグループに、課題が記載された紙が配られる。
ミリシアが手に取り、一つ一つ読み上げていく。
「前線右翼にて敵対勢力の活動が活発化。食料の補給部隊が到着時刻に未到着……」
読まれた内容を、筆記担当が用意された黒板に書き付けていく。
「予備兵力の内、機動性の高い騎兵部隊を、前線の偵察に回しましょう」
学生の一人が発言する。
「補給部隊が襲撃された可能性は?」
マヤが、恐る恐るといった感じで発言した。
「この状況開始時点で、それは考え難いな」
また、他の学生が否定する。
「それよりも前線の偵察が急務だ」
ミリシアは楽しそうな顔で、マヤ達の会話を見ているだけだ。
「念のため補給線の確認に、部隊を一つだした方が……」
「今は手元に予備兵力を置いておくべきだ、後方はまだなんとでもなる」
なおも言い募るマヤを、言下に切って捨てる。
「そうね、私は後方を確認することに賛成だわ」
意外なことに、ミリシアがマヤの意見に賛成してきた。
「騎兵部隊の一小隊を、後方に振り分けてはいかが?」
「まあ、一小隊くらいなら」
しぶしぶ、といった形で意見が調整される。
急ぎ対応内容を紙に書き込み、裁定役の教官へと提出した。
「ちょっと、どういうつもり?」
マヤが小声でミリシアに問いかける。だが彼女は涼しい顔で答えた。
「貴女の意見に、見るべきところがあったからよ」
ミリシアはマヤを見て微笑む。
「ただ、自分の意見を通したければ、もっと柔軟な思考をしないといけないわね」
「……はい」
悔しそうに、マヤは返答する。
そんな会話をしていると、教官より反応の紙が帰ってきた。
「右翼前面の敵対勢力に攻勢の兆候なし、欺瞞行動の模様」
グループにほっとした空気が流れるが、しかし。
「補給部隊を確認に行った騎兵部隊との連絡途絶」
サーッと潮が引くように、空気が重くなる。
「擾乱行動に結構な数が投入されたと見るべき、かしら」
ミリシアが冷やかすように、感想を述べた。擾乱行動、簡単に言えば嫌がらせのための行動、今回の場合は補給部隊を襲撃したと言うことだ。
「すぐに排除するべきだ。直ちに予備兵力から部隊を抽出して……」
学生の一人が、色めき立って話し始める。
「待て、今予備兵力を動かすと敵の攻勢が行われた場合、対応できない」
もう一人が諌めるように言った。予備兵力からそれなりの部隊を抽出すると、敵が打って出てきた時に送り込む増援が無くなるためだ。
「くそ、実戦だったら、あたしがアインで行けるのに」
マヤがまた、小さく呟く。
「それは駄目でしょ。なんのための演習なの?」
ミリシアに聞かれたらしく、あきれた声で告げられる。
散々揉めた後、抽出部隊の規模を縮小して送り出す決断をしてしまい、敵対勢力の部隊と激戦となり、排除に成功したものの予備兵力のそれなりの割合を喪失してしまった。
結果、前線の攻勢に耐えきれず、戦線が崩壊したとの裁定を受ける。
「初動で補給部隊が襲撃された可能性に気がついたまでは良かったが、戦力投入段階で判断ミスがある」
マヤ達のグループは演習後の講評で、散々な評価をされてしまった。
しかし、他のグループでは補給部隊の襲撃された可能性にすら気がつかなかったグループもあり、その点では評価はされていた。
「はぁ~」
思わず溜め息が出るマヤ。ミリシアの行動が気になって、集中できなかったと言う言い訳はできるが、だからと言って気分が良くなるものでもない。
「どう? 一晩考えて、答えは決まったかしら?」
演習後の休み時間に、ミリシアが問いかけてきた。
チロリ、とミリシアを見てからマヤは大袈裟に溜め息をつく。
「あんたに勝たないと、何も始まらない事は分かってる」
「なるほど、乗るわけね」
ミリシアはニヤリと嬉しそうに笑う。
「あんたには負けない。絶対に」
「そう、楽しみが増えたわ」
ミリシアは満足げに微笑み、魔方陣をその場に展開する。
「約束の契約、術式を見ればどんなものか分かるでしょ」
「卒業する時の成績が上の方が勝ち。あんたはその間、手出しはしない。あたしが勝ったらあんたは何か一つ質問に正直に答える。あたしが負けたらあんたの言うことを一つ聞く」
マヤは、契約魔法の内容を声に出して確認した。
「いいわ、契約」
マヤが魔法陣に触れ、それが飛び散り光となって二人の体に吸い込まれた。
「契約完了、と」
ミリシアは笑みを崩さず、マヤを見つめる。
「さあ、頑張らないと魔王様の手に落ちちゃうぞ」
「言われなくても、あんたには絶対に負けない」
マヤはミリシアを睨み付け、決意を口にした。




