軍大学入学
「叙勲ですか!? あたしが!?」
マヤは驚いた声を上げた。呼び出された王城の王女私室で、悪戯っぽい笑顔のアドルフィーネに「勲章をあげる」と言われたのだ。
「貴女はそれだけの功績があるの。貴女を叙勲しなければ、今後、誰も叙勲できないくらいだわ」
アドルフィーネがにこやかに告げる。
「それと、昇進ね。速やかに二等に昇進。軍大学にも入学させてあげるわ。将来の将軍様って訳ね」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい。軍大学って貴族しか入れないんじゃあ?」
軍大学というのは、将来的に軍のを指揮することになる、指揮官や参謀を育てるための学校だ。
もちろん、今の制度では入学できるのは、貴族かそれに類する者、あるいは特別に認められた者となっている。
「もちろん、だから貴族にもしてあげる。丁度、ヴォルフガング伯爵がこの間の事件で失脚したからね」
アリシアに操られ、王都で魔導騎兵で暴れるという騒ぎを起こした事件だ。
「ヴォルフガング伯爵は独り身で、世継ぎも無し。伯爵領は今王家預かりになってるの、貴女が養子だったことにしてあげるから、領地ごと相続しなさい」
「いや、そんな無茶な……」
「ヴォルフガング家をとり潰すより、そちらの方が家令やら使用人を、路頭に迷わせなくて済むわ」
「あたしで務まらないですよ」
「ヴォルフガング家の家令は優秀な人物よ。それに使用人として、何人か私の配下を回してあげるから」
あぁ、殿下に、ずっと監視されてるみたいなものだわ。と心の中でマヤは嘆いた。
どのみち、マヤに断る権利は無い。アドルフィーネが「してあげる」と言っているからだ。相談を持ちかけてくるなら「これならどう?」と言うはずだ。
「あたしはギルドで働きたかったんです」
駄目を承知で、ポツリと漏らすマヤ。過去形で言っているところが、彼女も自分の立場を理解している証拠だろう。
「今はそんな贅沢はさせてあげられない。むしろ、ギルドに行ってる連中を呼び戻したところなんだから」
アドルフィーネが、やや困った顔で告げる。彼女とて、マヤに重石を背負わせることは、本当は避けたいことなのだ。
「共和国は宣戦布告したまま、今のところ動きはないけど、次は何か仕掛けてくるかも。そうすると、大陸側の帝国やら連合やらが動き出すかもしれない」
共和国の隣国の帝国、連合などがどう動くか、現状では予想は困難だ。
「軍の編成強化は今の急務なの。そして、優秀な人間を遊ばせておく余裕は、我が国には無いの。分かってくれる?」
アドルフィーネの頭を下げんばかりの態度に、マヤは驚く。彼女はマヤに王女としてだけでなく、友人としても頼んでいる。本当はするべきではない態度だ。それほどに、王国は危険な立場にある、と言うべきだった。
「殿下の御心のままに」
すっと片膝を付き、臣下としての態度をとる。
マヤとしては、アドルフィーネの立場を慮ってのことだ。ここまで、親身になってくれる王族に返す態度など、これ以外取りようがなかった。
「ありがとう」
アドルフィーネはマヤの手を取り、両手で握りしめる。その暖かさが、マヤにはアドルフィーネの心遣いと重なって思えた。
「マヤ・ミズキ・ヴォルフガングの入学を認める、か……」
急に立派になった自分の名前に苦笑しつつ、マヤは軍大学の正門前で書類を見直す。
「入学式典まで時間があるなぁ」
所在無げに辺りを見渡す。おそらく同輩となるであろう、入学者とおぼしき人々が行き交っていた。その年齢層は幅広い、マヤは最年少くらいである。上は中年に届こうかという人もいた。
と、ポンと肩を叩かれた。
「お久しぶりですわ」
驚いて振り替えると、エリザベートの笑顔が出迎える。
「エルザさん! お久しぶりです!」
思わずエリザベート手を取り、ブンブンと上下に振ってしまうマヤである。
「どうしてここへ?」
「わたくしも入学ですわ。ギルドから呼び戻されましてよ」
やれやれ、とばかりに肩をすくめるエリザベート。
「今は国家存亡の非常時、仕方ありませんわ」
「そうだったんですね」
と納得しつつ、安堵するマヤ。さすがに一人では心細かったところだった。
しばし二人で雑談を交わす。久々なこともあり、話が弾んだ。
「おい! そこのメスガキ二人! 何時まで遊んでやがる! いつから軍大学は女子供の遊び場になったんだ!?」
唐突に嫌味な声がかけられる。振り返れば、いかにも貴族の荒れた子供、といった風体の男が二人を睨んでいた。
「……あんなんでも軍大学って入れるんですか?」
マヤが小声でエリザベートに尋ねる。
「親のコネでどうにか、ってとこですかしら? 今年は入学枠が拡大されましたし」
エリザベートも小声で答える。
「おい、こそこそ喋ってないで、はっきり答えろよ! てめえら何者だ?!」
「失礼、エリザベート・コッフォフェルト二等陸尉ですわ」
「マヤ・ミズキ・ヴォルフガング二等陸尉です」
二人は敬礼せずに、そう答える。男の階級章が三等であることを確認しての態度だ。
男の顔色が変わる。
「三等陸尉……ですかしらね、官姓名を名乗りなさいな」
エリザベートが鷹揚な態度で求めた。
「失礼しました! 自分はリーベスト・グランハイツ三等陸尉であります!」
「新品尉官さん。相手の階級章はよく確認なさることをお勧めしますわ」
反射的に敬礼をした男に、エリザベートは優しく声をかける。しかし、まだ答礼を返していない。敬礼は階級の下の者が先に行い、上の者が答礼し姿勢を解いた後、下の者はようやく姿勢を解ける。この場合、エリザベートとマヤが答礼しない限り、リーベストは敬礼の姿勢をし続けなければならない。
しばらく敬礼をし続け、ようやく二人の答礼を受けたリーベストは腕を下ろした。まだ、気をつけの姿勢のままだったが。
「わたくし達の名前をご存知無いかしら?」
嫌味っぽくエリザベートが問いただす。
「はい! 存じ上げております!」
リーベストが叫ぶように答える。
エリザベートは生身単身で暴れ竜を討伐したとして、マヤは先の海戦で単騎で戦艦撃沈したことで、軍内部では相当名前が知られてしまっている。
「では、外見で判断する癖は直された方がよろしいですわよ」
エリザベートが行っていいと、手で示しながら語りかける。
リーベストは、逃げるようにその場を後にした。
「エルザさん、カッコいい」
一連のやり取りを見たマヤが、憧れるような声を出した。
「あら、貴女もこれくらいはできるようにならないと駄目ですわ」
事も無げにエリザベートは答える。
「そろそろ式典が始まりますわ。会場に参りましょう」
その言葉にマヤは我に返り、会場と向かうエリザベートを追いかけた。
よくある、入学の時のいちゃもん付けをやってみました




