アリシアの思惑
盛大な水飛沫をあげて、戦艦の巨体が着水した。
「損傷箇所点検急げ!」
「浸水箇所確認しろ!」
応急班が艦内を駆け回り、異常の確認を行う。
「……やりましたな」
「……あぁ」
艦橋でリーチ艦長に話しかけられたフィリップは、半ば呆然と返事をする。
「しかし、無茶苦茶ですな」
「なんとかなった事で良しとしよう」
二人ともようやくの事で、落ち着きを取り戻しつつあった。
「共和国艦隊の様子は?」
フィリップが報告を求める。
「共和国艦隊、退避しつつあり! 既に領海外へと離脱しています!」
「さすがに、あんなものを見せられては」
リーチ艦長が、苦笑いしながらフィリップに同意を求めた。
「私だって撤退を考えるさ」
フィリップもリーチの後を受け、言葉を発する。
「よし! 本艦も艦隊に復帰する!」
プリンセスアドルフィーネ号は反転し、王国艦隊へ復帰のための進路を取った。
「やった……」
マヤはアインの操作席でへばっていた。限界まで魔力を引き出し、大量の魔力を操ったのだ。疲労もしようと言うものだ。油断すれば、このまま眠ってしまいそうであった。
「まだ、気を付けてないと……」
だか、今回はまだ、完全に気を抜いてはいない。何時もなら、そろそろ来る頃だからだ。
「何に気を付けるのかしら」
唐突に、座ったマヤの腿に跨がるように、アリシアが転移してきた。
ビクッとして、マヤはわずかに身をよじる。
「疲れてたのね、警戒が全然できてなかったわよ」
アリシアはマヤの両肩を押さえつける。それだけで、マヤは身動きが取れなくなった。
「警戒してないわけないでしょ?」
マヤが呟くと、魔方陣が二人の周囲にいくつも展開する。
「拘束の魔法、ね。なるほど、これで私を捕まえたつもり?」
「あたしがここの扉を開けなければ、誰かが不審に思って開けてくれる。そうしたら動けないあんたは、逃げられないからね」
強気にいい放つマヤに、艶然と微笑んで見せるアリシア。
「じゃあ、ちょっとお話しましょうか。貴女に私の目的を話して聞かせてあげる」
「どうせ嘘でしょ?」
「あら、心外ね。嘘はつかないわよ。貴女には私に協力してほしいから。なんなら、魔法で嘘かどうか確認する?」
真偽看破の魔法と言うものを使えば、対象が嘘をついているかどうか、大体程度には分かる。
「いいや、使わない。どうせ、都合の悪い事は言わないつもりでしょ?」
「よく分かってるじゃない。察しの良い子は好きよ」
「あたしは、あんたは大嫌い」
嫌悪感を示すマヤに、クスリと笑いかけアリシアは語りだした。
「邪神龍オウディガルム。人の世と魔界、精霊界を滅ぼして余りある力を持つもの。かつて、人の勇者、魔王、精霊王の力を持って、この地に封印されし伝説の神」
アリシアはゆったりと、言葉を紡ぐ。
「その封印は今、解けかかっているの」
「どうせ、あんたの仕業じゃないの?」
「茶化さないで聞いて」
アリシアは意外にも真面目な顔で言う。
「私はね、この世界が欲しいの、滅ぼそうとは思ってないのよ。だから、オウディガルムに滅ぼされる訳にはいかないの」
マヤは一応ではあるが、態度を改めた。神妙な顔で話を聞く。
「アイン・ソフ・オウルは、かつて異世界より来たりし賢者がその生涯を賭けて作り出した魔導具。この世の在ろうとする力を受けとることで、理論上無限の力を発揮できる」
アリシアはマヤを正面から見据える。
「今の貴女なら、もう、それに近いことができる筈。オウディガルムを復活させ、その力で倒す。これで世界は滅びから免れるわ」
「無理よ、そんなの勝てるわけない!」
「封印は放っておけばいずれ解けるわ。でも、その時に貴女が生きているか、戦える体なのかは分からない」
アリシアの瞳に、妖しげな炎が宿った。
「もし、協力しないのなら、貴女を操り人形にしてでもその力を貰うわ」
でもね、とアリシアは続ける。
「貴女にちょっかいかけてたのは、早く強くなって欲しいからだからね」
さあ、どうする? と迫るアリシアを、マヤはきっぱりと否定する。
「あんたは信じれない。今さら信じろって言われても無理。もし、邪神龍が復活して、あたしにその力があるなら、あたしがやる。あんたの力は借りない」
マヤの言葉に、アリシアはにんまりと笑った。
「なら、仕方ないわ。私のにんぎょ……」
言葉が途切れ、アリシアの口から血が溢れる。
視線を下ろすと、アリシアの腹に拳大の穴が開いていた。
「槍の魔法、一発残しておいたの」
マヤが苦し気に告げる。
アリシアの体から力が抜け、ぱたりとマヤに寄りかかる。傷口から盛大に出血し、マヤにも返り血を大量に浴びせていた。
「これで死んだとは思えないけど……」
マヤは不安そうに、そう呟いた。




