海戦阻止
「敵艦隊、領海に侵入します!」
王国海軍、連合艦隊旗艦インヴィンシブル号の艦橋に報告が入った。
「共和国の連中は、どうやら我々を舐めているようだな」
艦隊指令、ハウ提督は歯噛みをする。既に艦隊は戦闘準備を終えている。後は一言命令を下すだけで、共和国の艦隊を海の藻屑に変えてやれる、そうハウ提督を含む王国艦隊の首脳陣は考えていた。
「共和国も、何もわざわざ負けに来た訳ではありますまい。何か策を持っているかと」
インヴィンシブル号の艦長がそっと進言する。艦隊規模では、共和国へ派遣していた艦隊と合流した連合艦隊の方が大きい。莫迦正直に正面から挑んでくるとは考えにくかった。
「共和国へ派遣した艦隊が、飛竜に襲われていたな。連中、飛竜を兵器として扱うようになったか」
元来、人の脅威として恐れられている飛竜である。いかに王国の誇る連合艦隊とて、敵艦隊と同時に戦うには多大な困難が予想された。
「対空、対海中見張りを厳とせよ。竜の接近を許すな! 艦隊……」
戦闘開始、とハウ提督が言いかけたところで、報告が邪魔をする。
「本土より高速で接近する騎体があります! 騎体照合! 近衛第三王女近習所属騎!」
「あぁ、殿下肝煎りの例の騎体か?」
ハウ提督も、その騎体のことは聞き及んでいた。
「何をしに来た? 殿下の勅命か?」
その時、戦場全域に魔導通信が響いた。
「共和国艦隊へ告ぐ! 直ちに進路を変更し、帰還せよ!」
マヤはアインの魔導通信機の出力を最大にして、共和国艦隊へと警告を発する。既に魔導炉は高出力で運転しており、膨大な魔力により戦場全体へと彼女の声を響かせる。
「これは警告である! 従わない場合、相応の措置をとる!」
既に、命令を受け作戦行動を開始している戦闘部隊に、敵から戦闘を止めろと言われて、止める莫迦はいない。
であるなら、作戦行動を中止せざるを得ない状況を作ってやる必要がある。マヤの目的は、その状況を人死にを出さず作り出すことだ。でなければ、アリシアに自分の身を捧げていた方がマシになってしまう。それだけは許せない。
共和国艦隊の上空で直掩にあたっていた魔導騎兵が、急速に接近してくる。
「拘束」
マヤが術式を流し込み、魔法を発動する。
たちまちに魔導騎兵は魔方陣に囲まれ、その行動を拘束された。
その魔法の発動を合図にしたかのように、共和国艦艇が次々と発砲を開始する。
王国艦隊も応戦を始め、砲撃を開始した。
「勝手に始めるなァッ!」
引き金は自分の魔法であるため、我ながら滅茶苦茶言ってるなと思いつつ、マヤは魔法を使用する。
両艦隊の中間に長大な不可視の障壁が形成された。作り出したのはマヤが使用した障壁の魔法である。アイン・ソフ・オウルからの魔力を大量に注ぎ込み、艦隊を分かつ巨大な障壁を現出させた。
お互いが放った砲弾が空中で障壁に激突し、爆発する。
「共和国艦艇へ。これより我が力の一端を示す」
これから行おうとしていることは、明確に自身が脅威となることを表すものだ。
共和国どころか、王国からすら恐れられ、迫害される可能性すらある。
それでも、ここで戦争を起こさせない方法は、自らが抑止力となることしか思い付けなかった。
マヤは覚悟をきめた。
「共和国旗艦、サヴォアを撃沈する」
共和国艦艇の中でも、特に巨大なその艦影を見下ろし、冷徹に宣言する。
「空間把握」
巨大な戦艦サヴォアを、一呑みにするほどの魔方陣が艦を中心に展開する。
マヤはサヴォアの全乗組員、2,335人の位置を把握する。
「転移」
その乗組員を全員一気に、近くの魔導騎兵母艦の甲板上へ転移させた。
「魔器具現」
かざしたアインの左手の先に、ゆらりと光の槍が具現化する。
「拡大『鋼巨人の槍』」
光の槍がぐっと拡大し、アインの全高の数倍の長さと太さを持つ巨大な光の塊となった。
アインはその光を左腕の射出槍に纏わせる。アイン自体が、巨大な光の槍となったような姿だ。
マヤは目を閉じて魔法を行使し、ゆっくりと目を開いた。
微かに手が震えるのを、ぐっと操縦桿を握り来んで押さえつける。
「行きます!」
叫び、アインを加速させた。一気に高度を上げ、サヴォアの上空に位置取りをする。
そのまま急降下、サヴォアの主砲塔を目指し突っ込む。
「撃ち抜けェェェェッ!!」
一条の光となって、アインは突っ込んだ。
強靭な主砲塔天蓋の装甲板に激突し、一瞬の抵抗の後、そこを貫通。艦体を貫いて海中に飛び出したアインは、ゆっくりと上昇に転じた。




