飛竜対艦隊
「上陸していた人員の収容完了!陸戦隊、近衛近習とも欠員なし!」
報告を受けたフィリップが大きく頷く。
「艦隊出港!駆逐艦は大型艦の進路を確保せよ!」
発せられた命令に、旗下の各艦が動きだす。もっとも動きが良いのはスノーウィンド号だ。命令が発せられる前から、既に動き出しており、湾口を塞ごうと動き始めた共和国の駆逐艦の進路をしっかりと妨害していた。
「スノーウィンドの動きがいいな」
フィリップは思わず感心した声を上げる。
「艦長はインテンですからな、あの男らしいですよ」
リーチ艦長がすこしだけ誇らしげに返した。インテンはリーチの海軍学校での後輩にあたるからだ、思うところがあるのだろう。
「よし、共和国が体勢を整える前に港を出るぞ」
投錨はしていたものの、着岸していた艦が無かったのが幸いし、艦隊は素早く港を出て行く。
「全艦出港よし!」
出港を終えた報告が上がってきた。
「よし! 艦隊陣形、本艦を中心に輪形陣! 対空、対水上見張りを厳と成せ!」
「機関全速! 速力30! 総員戦闘配置のまま待機!」
矢継ぎ早に司令と艦長から指示が飛ぶ。
「共和国軽巡洋艦スファクス! 左舷後方、同航しています!」
「送り狼のつもりでしょうか?」
「まさかな。可能性としたら、例の飛竜を操る仕掛けの方だろう」
上がってきた報告から、リーチ艦長が推察した危惧を、フィリップはやんわりと否定する。この状況なら後を付けるより、襲い掛かったほうが都合がいい。しかも、飛竜なら災害扱いだ、共和国の懐は痛まない。
「では、全艦に対空、対水中戦闘を発令した方が?」
「あぁ、そうだな。発令しよう。伝令!」
「ハッ!」
「全艦に対空、対水中飛竜戦闘発令!」
「ハッ! 全艦に対空、対水中飛竜戦闘発令!」
復唱した伝令は、魔導通信機に飛び付くと艦隊全艦に発令する。
艦隊の各艦は警報を鳴らしつつ、戦闘態勢をとった。
「魔導探知に感有り! 飛来する不明物体多数! おそらく飛竜と思われます!」
「アルビオンに直援騎を上げさせろ」
魔導騎兵母艦であるアルビオン号から、艦隊直援のため数騎の魔導騎兵が飛び立つ。
「本艦の魔導騎兵も上げますか?」
「あれにはまだ殿下が座乗されたままだ。いざというときに全力で逃げてもらわねばならんからな、今はまだ待機させておけ」
アドルフィーネがアインに乗ったまま戦闘配置が発令されたため、王女は座乗したまま待機している。王族とはいえ、戦闘配置がかかった戦闘艦の内部を自由には動き回ることはできないからだ。
海上では対空駆逐艦であるオータム号、ウィンター号がその主砲を振り立てて、迫る飛竜に対していた。
「直援騎、接敵します!」
「飛竜、その数およそ20!」
「艦隊、対空飛竜戦闘始め! 対水中監視を怠るな!」
艦隊の対空兵装が一斉に火を吹く。
急速に天候が悪化しつつある空に、次々と火薬と魔力の花が咲いていった。
「始まりましたね」
火砲の発砲音が響く格納庫のアインの中で、マヤは不安気に呟く。
「外の様子は見られない?」
アドルフィーネが、言葉に微かに苛立ちを混じらせながら聞いてきた。
「艦の周辺監視の情報で良ければ、写せます」
「お願い、見せて」
アドルフィーネの周囲に外の景色が写し出される。
プリンセスアドルフィーネ号の周辺で、奮戦している味方艦が微かにうかがえる程度の映像だ。
「飛竜程度にやられる海軍じゃないけど、でも、心配になるわ」
「飛竜の後に、共和国の海軍と戦闘になったら危ないかも」
「そうね」
それきり、二人は黙り込む。
時折響く、火砲の音だけがその場を支配した。
「ねえ、この騎体で……」
「駄目です」
何か言いかけたアドルフィーネを、マヤが制する。
「なによ、まだなにも言ってないわよ」
すこし膨れて文句を言うアドルフィーネに、マヤは真面目に返す。
「私だって飛び出したいんです。でも、アインは殿下をお守りするためにここにいます。今はこらえてください」
アドルフィーネの口から出れば、それは命令も同義だ。マヤには拒否できない。だからこそ、王女の言葉を無礼を承知で遮った。
「……そうね、私が悪かったわ。マヤを信頼してるから」
アドルフィーネもマヤの真剣な口調に、己の浅慮を悟る。
唐突に格納庫内に警報が鳴り響く。短音3回、長音1回。鳴り終わると轟音と共に、艦が震える。
外の映像に、空中に咲いた特大の炎の花が写し出される。
「主砲を撃ってるわね」
「飛竜が随分寄ってきたみたいですね」
この艦が主砲を対空射撃するということは、外周の駆逐艦を突破した飛竜がいる、ということだ。
「マヤ、これは私の独り言なんだけど、貴女の判断で戦闘するときは、私より艦隊の皆を優先して欲しいわ」
独り言ということは命令ではない、というわけだ。つまりマヤには拒否できる。
「独り言ですけれど、心に止めておきます」
マヤもアドルフィーネの気持ちは分かる。分かるが故に悩むことになる。
二人の苦悩をよそに、戦闘はし烈になっていった。




