パレード
翌日、迎賓館より港へ向かう街道沿いに、ずらりと観衆が並んでいた。また、それぞれ等間隔に警備の兵が立っている。
その街道上を、王女を乗せた馬車がゆっくりと進んでいった。
王女は屋根が無い馬車の上で、穏やかに手を振り沿道の歓声に答えている。
「まだこんなに、王国に親しみを感じている人がいたんですね」
マヤは、プリンセスアドルフィーネ号の甲板上に立たせたアインの操作室で、その景色をアインの視力を望遠にさせて確認しつつ呟く。
『まだ、完全に敵対してるわけじゃないっすからね』
アインの外で、待機しているトールがマヤの呟きを受けて答えた。
『ただ、ヤラセもあるんじゃないっすか?』
「そうですよね」
一国の王女のパレードに、閑古鳥が鳴いてしまっていては、政権の権威に傷がつきかねないところはある。
逆に、現共和国政権に取っての不安分子がこれだけいる、とも取れるわけである。
「何事も起こらないで……」
祈るようにマヤは呟いた。
王女の馬車が、街道の街と港の中間までやってきたとき、マヤの祈りを嘲笑うかのような出来事が起きる。
突然、乾いた銃声が鳴り響いたのだ。
馬車の上の王女が倒れ伏す。
「ッ!アイン、緊急発艦します!」
『アイン、緊急発艦どうぞ!』
アインの足元にいた作業員たちが、一斉に退避するのを確認して、マヤはアインを空中へと飛び出させる。全速力で飛翔しほんの僅かな時間で馬車上空へたどり着いた。
周囲の群衆が、突如現れた18メルテの鋼鉄の巨人を見て、わらわらと逃げ散っていく。
マヤはアインを空中に浮かせたまま、馬車へアインの手を伸ばし王女を救い上げた。
『我々は周囲の捜索を行う。ミリシャの手当ては頼んだ。見たところ、さほどの怪我はしてないと思う』
周囲を警備していたマイヤーから通信が入る。
「了解しました」
マヤは答えると、そのまま港の方へと引き返した。
アインの手に掴んだ、王女の格好をした人物を確認する。
よく見れば、それはアドルフィーネそっくりのあの近習の人物であった。
胸を押さえているが、出血もしておらず危険な様子はなさそうである。
「ミリシャさん、大丈夫ですか?」
アインの手の魔導結晶を使って、魔導通信を行う。
『大丈夫だ、マヤのかけておいてくれた魔法で、弾丸の威力が弱まったからな。胸を打った程度の衝撃で済んだ』
その声はアドルフィーネのものとは、やはり違っている。
「ミリシャ、大丈夫なのね? なんともない?」
マヤの後ろの座乗席に座っていたアドルフィーネが、心配して声をかけた。実はアドルフィーネ本人は暗殺を警戒し、マヤと一緒に昨晩中にプリンセスアドルフィーネ号に戻り、パレード中はアインの座乗席で待機していたのだ。心配が大当たり、といったところである。
『ありがとうございます。大丈夫です』
「でも、あれだけ矢返しと障壁の魔法をかけておいたのに、それだけ衝撃がありましたか……」
マヤの魔力と、アイン・ソフ・オウルの魔力をかりて、魔導結晶に魔力を込められるだけ込めた矢返しと障壁の魔法を受動発動するように仕掛けておいてあったのだ。それでも胸を打って倒れ込むほどの衝撃ということは、
「魔法無しなら死んでましたね」
「下手をすれば上半身無くなってるわ」
マヤとアドルフィーネは、二人揃って身震いする。
「撃った相手には矢返しの魔法で、弾が跳ね返ってるはずですけど」
「どうだろう、群衆が多くて探しきれてないみたいだけど」
現場の様子をマヤに写し出して貰いながら、アドルフィーネが答えた。
「着艦します」
「任せるわ」
アインが着艦するかしないかの辺りで、プリンセスアドルフィーネ号の司令室から通信が入る。
『殿下、共和国防衛軍が、無許可での魔導騎兵の領内飛行について抗議をしてきています』
艦隊司令のフィリップは、至極真面目な声でそう報告する。
「はぁ? 何言ってんのあのハゲ頭」
デュクドレーのことをあからさまに莫迦にした物言いで、アドルフィーネは口に出す。
「王女座乗騎だから、外交特権があるわボケ! っつといて」
他国の王族について、その移動を妨げないという国際協定がある。アドルフィーネはそのことを言っていた。
「あと、この落とし前、キチンと付けろハゲ! と付け足しといて」
「殿下言葉づかいが……」
マヤが思わず口を挟むが、アドルフィーネは意に介さない。
『殿下のお怒りが伝わる文面にして、叩きつけておきます』
フィリップも静かな怒りを微かに覗かせて、アドルフィーネの暴言を受けとる。
「フィリップ司令、艦隊に下命して。全艦直ちに出港準備!」
『はッ!』
「陸に上がってる全員を収容後、直ちに出港するわ」
『了解しました』
「多分、このまま素直に帰してはくれないわ」
アドルフィーネの皮肉めいた言葉に、マヤは背筋を微かに震わせた。




