晩餐会
晩餐会は共和国が王権政治であった頃の宮殿、その饗応の間で行われている。この宮殿は共和国の革命のおり、腐敗した王権の象徴として破壊されかけたが、諸外国に対する権威付けの意味もあり外交部が管理することになって残されているのだ。
様々な料理が、饗応の間に置かれたたくさんの円卓に運ばれている。
その料理を配膳しているのは、
「マイヤーさん、あの配膳の人たちって……」
マヤが隣のマイヤーに囁く。
「あぁ、ロイナー族の人たちだと思う」
共和国が表向き市民平等を掲げる政策を取っているが、その中で市民として扱われていない少数民族、それが特徴的な白い髪を持つロイナー族だ。半ば公然と人身売買のような奴隷扱いをされている。王国を始め諸外国はこの扱いを止めるよう勧告しているが、一向に共和国は政策を改める姿勢を見せない。
社会構造的に、全国民を革命で一気に平等化したことによる歪みが、ロイナー族へ降り掛かっている。社会全体では劣悪な環境の労働無しでは成り立たないが、平等化によりそういった労働への成り手が消滅してしまったからだ。さらに、現状の共和国政権を担っている、共和国共産党が実質的に一党独裁状態にあることで、社会の不満をかわす方法がロイナー族の奴隷扱いしかなくなっていることも、事態に拍車をかけている。
王国などでは、未だ緩やかな労働内容の世襲が行われており、成り手がいない、という事態にはなっていない。これを指して、共和国は王国を旧弊が残る劣悪な国、とする風潮があった。
よく見ると、配膳に従事しているロイナー族の女性たちには、手首に奴隷であることを示す刺青があった。
「よくもまぁ……」
マヤは怒りの余り絶句するが、マイヤーはもう少し冷静だった。
「共和国の意思表示だろう。王国の話を聞く気は毛頭無いということだ」
「殿下は、どう思われてるのでしょう?」
「激怒されてる」
マヤの疑問に、マイヤーがあっさり答える。
「食事に一切手をつけられていない」
「言われてみれば……」
アドルフィーネは配膳の女性たちを「ご苦労様」と労うだけで、食事には手をつけていなかった。
「どうされました、王女殿下? お食事が口にあいませんかな?」
わざわざ大声でアドルフィーネの様子を晒し上げる、ヴィクトル・ド・レーヌ共和国首相。
「いえ、最近少食なもので、このような豪華な食事は食べ切ることができませんわ」
口調に若干剣呑な響きを含ませつつ、アドルフィーネが答える。
「共和国の誇る郷土料理です。是非、ご賞味願えますかな?」
「もう、共和国の郷土はよく分かりましたわ。お腹いっぱいです」
アドルフィーネが言外に、これ以上やったらただじゃ置かねぇ、との凄みを見せながら嫌味を返す。
一瞬気圧されたレーヌ首相は、それでもなんとか言葉を続けた。
「まだ、メインの料理が残っておりますよ」
「……腹ぁ、一杯だ、つってんだろがぃ」
アドルフィーネが、誰にも聞こえないほどの小声で漏らす。
「何か仰いましたかな?」
「いえ、何も」
おほほほは~と誤魔化すアドルフィーネ。
その様子を眺めていたマヤは、マイヤーにぼやく。
「早く終わってくれないですかね、晩餐会。胃が痛くなりそうです」
「同感だ」
マイヤーも実感のこもった返事をした。
「あー!お腹減った」
晩餐会からの帰りの馬車で、アドルフィーネが無遠慮に呟く。
「仕方ありません」
マイヤーが、懐から軍用携行食料を取り出した。
「飲み物無しだと喉が乾きますけど、召し上がられます?」
「頂くわ」
躊躇なく受けとると、パクパクと食べ始めるアドルフィーネ。
「皆は食べたの?」
アドルフィーネが食べながら、その場の近習たちに聞く。
「殿下が手をつけてらっしゃらないのに、食べられるわけ無いじゃないですか」
マヤが当然と言わんばかりに答えた。マイヤーも頷く。
「そう。ありがとう。付き合ってくれて」
アドルフィーネが嬉しそうに礼を言う。
「私たちは臣下ですから、当然です」
マイヤーも堂々としていた。例え喧嘩を売ることになっても、あの場であの食事には手をつけられない。王国人の、というよりは、アドルフィーネの臣下としての矜持である。
「で、明日のパレードなんだけど」
携行食料を食べ終わったアドルフィーネが、話題を変えた。
「あたしは先行して、この後プリンセスアドルフィーネ号に戻ります」
王女の意を汲んで、マヤが応じる。
「パレード中は、アインで待機する予定です」
「警護は我々で行います」
マイヤーも、予定を答える。
「迎賓館を出て、港まで近習と海軍陸戦隊が護衛に付きます」
「魔導結晶に護衛用の魔法をかけておきますので、パレード中はお持ちください」
マヤは準備しておいた魔導結晶を見せ、少し微笑む。
「分かったわ。明日は期待してる」
アドルフィーネは満足気に頷いた。




